第437話 説得しよう

 リンと晶穂が扉に近付くと、そこに立っていた少年がこちらに気付いて手を振る。

「兄さん、晶穂さん」

「ユキ、どうだ?」

 兄に問われ、ユキはかぶりを振った。春直たちも同様だ。

「まだ何も動きはないよ。兄さんには兵士が現れるようなら足止めをって頼まれたけど……向こうは、動く気がないのかな?」

「まだこちらの状況を把握出来ていないだけだと思うがな。兎に角、助かった」

 ユキたちが扉を注視していてくれたお蔭で、リンたちはそれぞれの戦闘に集中することが出来たのだ。スカドゥラ王国側も、もしかしたら見張りがいるために動かなかった可能性もなくはない。

「そういえば、ダイって人はどうしたんですか?」

 体を扉の方に向けたまま、首を捻ってこちらを見た唯文が問う。それに「ああ、あいつか」と応じると、リンは親指を立ててくいっと後ろを指した。

「向こうの木に縛ってきた。気を失ってるから逃げはしないけど、念のためにな。魔弾を乱れ撃たれると厄介だ」

「兄さんがそう言うくらいだから、強かったんだね」

 渋い顔をするリンに、ユキが言う。その声色に気遣う気配が乗って、リンは弟の頭を軽く撫でた。

 いつの間にかまた少し背が伸びている。まだ自分と十センチ以上差があるものの、あと数年もしたら同じくらいの背丈になるかもしれないな、とリンは漠然と思った。

「ジェイスさんと克臣さんは?」

「わたしたちは会わなかったよ。まだ戻って来てないのかな」

 ユーギに問われ、晶穂が首を傾げる。すると噂をすれば影とはよく言ったもので、ジェイスと克臣がふっと現れた。

 克臣が右手を軽く挙げる。

「よっ」

「リンも晶穂も……無傷ではないようだが、無事なようだね」

「それはお二人もですよね」

「否定出来ないな」

 リンに突っ込まれ、ジェイスは苦笑いするしかない。実際ジェイスも傷や打撲を受けているし、克臣は腕を魔犬に噛ませていたのだから。

 ジェイスと克臣は狼と魔犬を相手にし、リンと晶穂は飛び交う魔弾を相手取ってきた。それぞれに負傷していたが、致命傷には至らずにいたって元気だ。

 二人の会話を聞いていた克臣が、ふと視線を動かす。そして扉に目を止め、近付いた。

「これが、今回現れた『扉』か。以前のとは少し雰囲気が違うな」

「あ、克臣さんもそう思いました? おれもなんです」

「唯文は、何処が違うと思う?」

「え? えっと……」

 突然克臣に問われ、唯文は困惑しつつも腕を組む。まさか質問されるとは思っていなかったのだ。

 腕を組み、半開きの扉を見詰める。美しい装飾が施され、神秘的な雰囲気を醸し出す点は変わらない。しかし、何処か歪に感じられた。その『何処か』を探す。

「……あ」

 そうだ、と唯文は気付いた。聖域にて守られていた扉と目の前にある扉の違う点は、わりと当然のものだ。

「目の前にあるのは、この世界によって創られたものではない。副産物みたいなものです。だから、異世界へは繋がらない。……言わば、物語に出てくるワープホール、とか?」

「大まかには正解か。合格だな」

 空中に丸を描く仕草をして、克臣は笑った。

「更に付け加えるなら、装飾の左右非対称。更には歪み。そして……このままにしていたらいけない、ということくらいか」

「最後の重要度の増し方は何なんですか……」

 思わず春直が「跳ね上がってません?」と尋ねると、唯文も頷く。克臣は若干困った顔をした。

「そう、なんだよな。実はこっちに向かう途中で、ヴィルが追って来たんだ」

 な。克臣が同意を求めると、ジェイスも頷いた。


 克臣とジェイスがベアリーとの戦闘を終えてジョギング程度のスピードで駆けていた時、後ろから彼らを呼ぶ声がした。

「そこの二人、待ってください!」

「おや、ヴィルさんではないですか」

 急ブレーキをかけて振り向いたジェイスに、ヴィルはぶつかりそうになって軽くつんのめった。肩を支えてやると、礼を言って上半身を起こす。

「ごめんなさい、ありがとう。──ところで、少し良いかしら?」

「これからリンたちと合流するんだ。短めに頼む」

「ええ、わかっています」

 克臣の注文に頷くと、ヴィルは話す内容を頭の中で整理すると口を開いた。

「お願いばかりで申し訳ないのですが、皆さんにあの『扉』を閉じて欲しいのです」

「『扉』を閉じる? ただバンッでやれば良いのか?」

 克臣が戸を閉める仕草をするが、ヴィルは首を横に振る。

「いいえ。あの『扉』は、日本とこちらを再び結んだことによる副産物。ですが女王メイデアによって、軍事目的で使用されています。ただ閉じても、あの人ならこじ開けるでしょう。ですから全てを向こうに追い返し、その上で破壊して欲しいのです」

「破壊、ね」

 少し考えるように腕を組むジェイスと、軽く指を鳴らす克臣。一見躊躇する側と積極的な側とで別れているように見えるが、実際は違う。

「……それは、思い切り攻撃すれば?」

「ええ。破壊すれば空間の歪みは落ち着いて、中途半端なものが再び創られることはないはず。……頼めますか?」

「どうする? 克臣」

 ジェイスはもう決まっている回答を、親友に求めた。その意図に苦笑し、克臣は明快に応じる。

「無論、やろうぜ。あんなワープホールみたいなもんがあったら、いつ軍事攻撃を受けるかわかったもんじゃないからな」

「流石、言ってくれるね」

「どうせ、お前も同じこと思ってたくせによ」

 面倒な奴だ。克臣にそう評され、ジェイスは声もなく笑った。


「……というわけだね」

 ジェイスに一通り説明され、リンは微苦笑を浮かべた。二人は、誰もそれに反対しないと知っている。スカドゥラ王国を諦めさせなければ、銀の華にも平穏はないのだから。

「やることは同じです。……こちらから攻めるか、向こうがやって来るかの違いですね」

「十分、こっちは被害を被ったからな。軍なんて出された日にゃ、面倒だ。女王の所に乗り込んで説得しようぜ」

「異論はないです」

 克臣の提案に、リンは即答した。おや、と意外そうな顔を向けられ、リンは憮然と応じる。

「これ以上、俺たちの大切なものを踏みにじられてはたまりません。……それに、んですから」

「それもそうだね」

 ジェイスが頷き、年少組と晶穂も首肯する。彼らとて、国を相手にする戦いなど不本意だ。だからこそ、終わらせる。

「レオラ、ヴィル……甘音、天也。ここを頼む」

 何処かで聞いているであろう彼らに言葉を残すと、『扉』を開け放つ。

 リンは扉の枠を掴み、身を躍らせた。次々に、仲間たちが続く。

 最後になった晶穂が気配を感じて振り返ると、いつの間に来たのかレオラたちが見守ってくれていた。

「行ってくるね」

 晶穂は手を振り、リンたちの後を追った。視界が光に満ち、景色を変えた。

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