第436話 罠

 晶穂に手を伸ばすが、瞬発的に動いた影響か視界がぶれる。血を流しすぎたか、とリンは舌打ちしたくなった。

(くそっ、届かない!)

 足には力が入らず、思うように進まない。一歩先を、ダイによって生み出された雷の塊が飛んでいく。

 ──パチッ……バキッ

 障壁にぶつかった魔弾は、始めに静電気のような音をたて、次いで雷が落ちたような轟きを響かせた。障壁に電気が走り、光る。

「くっ……」

 晶穂は障壁に向かって両手を向け、必死にその維持のために魔力を放っていた。時折音をたてながら、電気の一部が彼女の腕を伝う。

 痛みに顔を歪めながらも、晶穂は耐える。障壁の向こうで、自分を助けようとして進む血だらけの青年の姿があるから。彼に「わたしは大丈夫だよ」と伝えるために。

(それに……っ……作戦はまだ進行中なんだから!)

 障壁全体に、雷が広がっていく。蜘蛛の巣状に駆け巡る電気が、次々と明るく光りながら点在する障壁に移っていく。

「なっ……いつの間にこんなに広がったんだ!」

 ダイが驚くのも無理はない。障壁は晶穂の前だけではなく、晶穂とリン、そしてダイを囲むように配置されていたのだから。

 ドーム状に配された障壁は、それぞれが水と炎と雷をまとっている。今しがたダイが放った雷の魔弾も、やがて一枚に吸い込まれた。

「吸い込ん……っ!?」

「驚いた、か?」

 ダイが機敏に振り返ると、血だらけの左足を引きずるリンがニヤッと笑っていた。血はまだ流れてはいるが、その量は格段に減っている。もうすぐ止まるだろう。

 大怪我を負いながらも歩みを止めないリンに、その気迫に恐怖すら覚え、ダイは一歩下がる。

「お、お前たち、何をした……」

「簡単なことだ。お前の魔弾を一つ残らず障壁に吸収させ、増幅して撃ち直すのを待っていた」

 何処かで弾けたこともなかっただろう、とリンは何でもないことのように言った。

「あなたにバレないよう、障壁を展開するのはさほど難しいことではありませんでした」

 もう大丈夫だと自分の前の障壁の一部を消し、晶穂は痺れる手を握り締めて言う。

「障壁を展開する時、音などありませんから」

「お前は、無尽蔵かと思うほど魔弾を乱れ撃っていたからな。……こちらの負傷という犠牲を払う価値はあったってことだ」

 ちらりと晶穂の様子を見て顔をしかめたリンだったが、今はそちらを気にすべき時ではない。驚きに顔を染めるダイに向かって、人差し指を突き付ける。

「今すぐここを去れ。そして女王に伝えろ。──こちらにはもう手を出すな。出すならば、もう寸止めなどしない」

 いつの間にか、ドーム状の障壁はダイの周りを固めるようにその間を狭める。透明なその向こうにリンと晶穂の姿をそれぞれ見て、ダイは奥歯を噛み締めた。

「こんな、ところでっ」

 ダイは、どちらかといえばエリートコースからは外れた道を歩いてきた。三つの属性を持つという他は平凡で、少々人より人懐っこいくらいだろうか。

 そんな彼だが、たった一度の城内試合で優勝したことから運命が変わった。圧倒的強さで勝つと、軍の上層部に目をかけられるようになった。

 改めて三属性持ちが注目され、その後の努力もあって大佐にまで登り詰めた。

 しかし今、目の前に立つ青年たちによって道は変わりつつある。否、国のあり方事態が変動するかもしれない。

(こんな罠に引っ掛かってたまるかよ)

 ダイは、渾身の一撃を放とうと体の中心に力を籠めた。巡る魔力を一点に集中させ、火と水と雷を合わせていく。

 相殺して消えてしまわないよう、うまいところを見付ける。それは障壁と障壁の隙間であり、晶穂に当てられる唯一の隙間。目の前のリンを怪我させるよりも、ダメージが大きいと考えたのだ。

 決して狙いを悟られぬよう、ダイは全く見当違いの場所に目をやる。天井を破るか、そう思わせるよう目線に気を付ける。

(オレの狙いには、まだ気付くなよ)

 練り上がった魔弾が火を噴く。振り向きざまに小さな隙間へと力を注ぎ込む。

「おらあぁぁぁっ!」

 細い道を見付けた魔弾は、放射状に障壁を破壊しながら進む。リンはダイが最後の足掻きにと力を使ってくることを予測しており、剣を握った。

 魔弾が放たれると同時に、魔力を剣に集めて放つ。

「──やはり来たか!」

「リンっ」

 晶穂を守る剣擊を振るうリンと、彼に引っ張られた手を強く握り締める晶穂。二人の触れ合う部分に、強く明るい光が弾けた。

「うっ……うわぁっ!?」

 リンの剣擊が目映い光を放ち、威力が倍以上に膨れ上がる。そのままダイの魔弾を呑み込み、凌駕して進む。

 ダイは目の前が真っ白な光に覆われたのを最後に、意識を失った。

 ──シュゥゥ……

「な、何だったんだ。今の」

「さあ……」

 目の眩む光をやり過ごし、リンと晶穂は目を開けた。すると目の前には砕けた障壁の残骸と共に伸びてしまったダイが仰向けに寝転び、完全に気を失っていた。

 それを確かめたリンは、ほっと息をつく。思いも寄らない強い攻撃となってしまったが、必要以上にダイを傷付けずに済んだようだ。

「にしても、障壁に取り込ませたダイの魔力を使うこともなかったんだな」

 結果オーライとはいえ、障壁全てから取り込んだ魔力を放出したとしたらどうなっていたのだろうか。結果を知ることは出来ないが、ダイに大怪我を負わせる可能性をはらむこの作戦は、使わなくて良かったのだろう。

(正直、晶穂を狙った時は再起不能な怪我くらいは負わせようと思ったけど……。まあ、いいだろ)

 安堵し剣を収めたリンは、戸惑いと遠慮をない交ぜにした声に呼ばれた。

「あ、あの……リン」

「? 何……ごっ、ごめん!」

 リンは晶穂の声が何を訴えているのかと思い、

 顔を晶穂が見詰める下に向けた。そして、大慌てで手を離す。

「わ、悪かった。無我夢中で気付かなかった……」

「わ、たしも夢中で……。あっ、足の怪我は!?」

 バッとしゃがみ、晶穂はリンの左足を間近に見詰めた。流血は収まり、既にかさぶたになりつつある。

 ほっとしたものの、晶穂は裂かれるような傷を痛々しく思って眉を寄せた。そして、手を触れそうな程近付ける。

「晶穂、何を……」

「……」

 晶穂が手をかざした場所が温かくなり、リンの自己治癒能力が向上した。痛みがなくなり、リンは小声で「ありがとう」と晶穂に礼を言った。

「でも、ようやく終わったね」

 笑みを見せる晶穂に、リンは頷こうとした。しかし、ダイが倒れているその後ろにあるものを見て「いや」と首を横に振った。

「まだだ、晶穂」

 そう言ってリンが指差す先にあったのは、未だ開いたままの『扉』だった。

 扉はリンたちが知るものよりもわずかにいびつな形をしているように思えたが、全体を見れば美しい装飾の施された扉だ。

「あの先に……」

 晶穂の呟きに、リンは「ああ」と頷いた。

「スカドゥラの女王がいる。そして、こちらを見ているはずだ」

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