第433話 戦況の変化

 ダイの渾身の一撃は、空を斬った。数枚の木の葉が、枝との接続部を斬られてはらりと落ちる。

「まだまだぁ!」

「くっ」

 魔弾が連続して発射され、リンは躱そうと木々の間を縫って走る。ある程度の大きさがあるとはいえ、動く標的を狙うのは難しい。

 ダイは炎を固めた魔弾を呼び出すと、リンが次に現れる場所を予想した。

(あいつが今隠れているのは、あの木の陰。なら)

「死ね!」

 ドシュッという音と共に飛んで行く魔弾。次いで、ダイの思った通りの場所にリンが姿を見せた。

(ヒット)

 青年の右腕が跳ね飛ぶ未来を予想してニヤッと笑みを見せたダイだったが、その予想は簡単に裏切られる。

 光の速さで剣が炎を両断し、破片が彼の両側を飛んで行ったからだ。燃えることすらなく消えた魔弾の行方を見る暇もなく、ダイは唖然と目の前の敵を凝視する。

 紅い瞳をすがめ、青年が光り輝く剣の切っ先をダイへと向ける。

「……、まだ名乗っていなかったな。ダイ」

「やはり、お前はオレを知って……」

 リンはダイに最後まで言わせず、斬撃を放つ。それはダイのこめかみスレスレを通り抜け、爆音と共に背後の岩を破壊した。

「俺は、銀の華の団長リン。―――お前らを倒し、必ず神庭を守り抜く」

「オレも改めて名乗ろうか」

 冷汗が背を伝うが、ダイはそれに反して気持ちが高揚するのを押さえられなくなっていた。何せ、相手は見たこともないはずの敵だ。そして、かなり強いときている。

 本当は互いに顔を知っていて刃を交えたこともあるのだが、ダイにとってはないのも同然だ。ならば、きちんと名乗って、尚且つ倒すのが礼儀だろう。

「オレはダイ。スカドゥラ王国軍大佐にして、三つの属性を持つ奇跡の男だ」

 更に。ダイは右腕を突き出して、不敵に笑う。

「リンと言ったな。お前を殺すのは、このオレだ」

 ダイはそう言うと同時に、三つの異なる属性の魔弾を放つ。それぞれが独立して動き、リンは炎の魔弾を破壊したが水の魔弾を浴びて、痛みに呻いた。

「―――っ」

「リンッ!」

 晶穂の悲痛な叫びが聞こえるが、絶対に来るなとリンは首を横に振る。晶穂が来てしまえば、今進行中の作戦が水の泡になる。それだけは避けなければ。

「お前は自分のすべきことに集中してくれ!」

「っ……わかった」

 青い顔をして、必死に思い留まる透明な壁の向こう側の晶穂。その姿は痛々しいが、今は近くに行けない。

 リンは怪我の状況を確かめる。幸い、足が飛ぶような事態にはなっていない。しかし左足の表皮がえぐれ、大量の血が溢れ出している。

(これを治すには、少し時間がかかるか)

 魔種であるリンには、人間の何倍もの自己治癒力がある。しかしそれも万能ではなく、勿論のこと死ねば終わりだ。そして、大怪我もある程度の時間がかかる。

 血の大量喪失によってぐらつく意識に叱咤し、リンは力の入らない左足から軸を右に移す。思いの外息が上がり、自分が所謂満身創痍に近い状況だと自覚する。

「はっはっ。その様子じゃ、あと一発が限界じゃないか?」

 リンが動かないことを良いことに、ダイは余裕の顔で笑う。そして、歪みのある顔で通告した。

「リン、きみに尋ねたい」

「何だ? 記憶に関しては、何も……」

「そっちじゃない」

 クスッと嗤い、ダイは首を傾げた。

「さっきオレが放った魔弾は三つ。一つはきみに破壊され、もう一つはきみの足に。……なら、最後の一つは?」

「まさか―――」

 破壊したのは炎、被弾したのは水。ならば、雷は何処へ行った。

 リンが振り返ると、残り一つの魔弾が晶穂の障壁を破らんと向かっている所だった。あれを止めなければ。焦ったリンが右足に力を入れるのと、魔弾が壁に突撃するのはほぼ同時。




 一方その頃、ジェイスと克臣はベアリーと対峙していた。二対一の戦闘ではこちらが有利だが、と尋ねると、ベアリーはふふんっと鼻で笑う。

「上等。私は、スカドゥラ王国女王付きメイド、ベアリー。名乗っていなかったはずだが?」

「上等、ね」

 ジェイスはベアリーの姿を改めて見た。華奢な体の何処に、ジェイスを引きずる力が備わっているのかと考えるだけで恐ろしい。ただのメイドでないことは、前回の戦いの際に知った。

 美女であり、現在のように戦闘向きの格好をしていなければ、誰も彼女が戦士だということに気付くまい。きっと、メイドという仕事にも遺憾なく能力を発揮しているのだろう。

 ベアリーはジェイスたちの視線を気にも留めず、好戦的な瞳で睨みつけてきた。

「忘れているのか知らないのか、それすら私にはわからない。けれど、名乗る名くらいはあるのだろう?」

 メイドとしてではなく、戦士としての顔でこの場に立つベアリー。その声色と表情には、メイドの色は一切ない。

「……銀の華のジェイスだ」

「同じく克臣。悪いけど、女だからって容赦はしないぜ?」

「それはこちらとて同じこと。―――必ず殺す!」

 ベアリーはタンッと地を蹴ると、高く跳躍する。そのまま右足を突き出して落下してくる。

「克臣!」

「任せろ」

 克臣は召喚した大剣を構えると、ベアリーの蹴りを受け止めた。思わぬ動きをされ、ベアリーの目が疑念に染まり、次いで驚愕を宿した。

「!?」

「おらぁっ」

 野球のバットでフルスイングする要領で、克臣は大剣を振り切った。

 大剣に足を乗せていたベアリーは吹き飛ばされ、危うく木に激突しそうになる。しかし寸でのところで体の向きを変え、両足で幹を蹴った。着地し、再び走り出す。

 ベアリーのかけている眼鏡は小動こゆるぎもしない。ゴーグルに似た形のそれは、戦闘に特化したものなのだろうか。

「はあっ!」

「ちっ」

 大剣を持つ克臣に臆することなく、ベアリーは回し蹴りを繰り出した。殺すことを目的としていない克臣は、ベアリーの足を斬って致命傷を与えないよう、若干動きが鈍くなる。

 チッとベアリーの足先が頬を掠った。それだけで、わずかに血が飛ぶ。切り傷ができたようだ。

 手の甲で拭うと、わずかな痛みと共に手に赤いものがつく。克臣は眉を顰め、次いで追撃してきたベアリーにカウンターを見舞った。蹴りは腹にヒットし、ベアリーはズササッと靴でブレーキをかけた。

「ふふっ、少しはる気になったか?」

「残念だが、俺らとお前らの目的は違うんでね」

 克臣は言うと、ベアリーは表情を変えた。冷えた声色で、見下すように言う。

「戦い方を見ていたらわかる。あなたたちは、殺す気がない」

 だから、こちらが勝つ。確信を持った言い方をし、ベアリーは指笛を吹いた。



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