第432話 魔弾の嵐

 砲撃が止み、レオラとヴィルは防御壁を緩和した。傍には、甘音と彼女にしがみつかれている天也がいる。

「止んだ……」

「もう、こちらを攻撃する余裕がないんだろ。リンたちが向かってしばらく経ったからな」

 思わず息を吐く天也に、レオラが冷静な分析を披露した。

 天也からはよく見えなかったが、レオラの目にはリンと晶穂がダイと交戦を開始した様子が見えている。ジェイスと克臣の姿はない。より森の深い場所へ向かったのか。

「唯文は」

 見えたままを伝えると、天也に問われる。しかしそれに対する答えを、レオラは持たない。

「わからん。ただ、年少組は固まっていなくなった。団長の指示だろう」

 レオラの答えは当てずっぽうだったが、間違っていない。リンの指示により、四人は動いていた。

 そうとは知らず、天也は唯文たちが向かった方向を凝視する。

「……帰って来いよ、必ず」

「大丈夫だよ、天也さん」

「甘音」

 見下ろせば、幼い少女の目に強い光が宿っていた。ああ、この子は彼らを信頼しているのだと一目でわかる。

「……」

 天也は再び唯文たちの消えた方を見て、拳を握り締めた。

「信じて待つのも戦い、か」

 呟きは、温かさを増してきた風の中へと溶けていく。




 ──ドンッ

 硝煙が昇り、ダイは被弾状況を確認する。しかし、弾が落ちた場所に人の姿はない。

「何処へ……」

 気配が消え、ダイは二人の動きを探る。すると、一人が射程内にうずくまっていることに気付く。

「そこだな?」

 再び大砲に手をつき、魔力を籠める。この大砲は、ダイが魔力を籠めることで半永久的に砲弾を発射し続けることが出来る。単に鉄球を籠めれば普通の大砲として機能し、鉄球と魔力を入れれば鉄球に魔力をまとわせる。そして鉄球が尽きれば、魔弾を撃ち続けるのだ。

 現在、火と水と雷の魔弾が無尽蔵に発射されている。この中を掻い潜ってダイのもとへたどり着くなど不可能ではないか、と思われるほどだ。

 ニヤリと歯を見せ、ダイは別々の属性の魔弾を三発発射した。その弾が屈みうずくまる気配に被弾した、そう思った。

 ───キンッ

「は?」

 何かが魔弾を弾き返した。弾かれた魔弾は一度バウンドしてから消滅する。

 ダイが視線を走らせると、うずくまってこちらを見ていなかったはずの晶穂がこちらを真っ直ぐ見詰めていることに気付いた。彼女の手のひらがダイの方を向いている。

「お前っ」

 カッとしたダイが砲台を晶穂に向けるが、晶穂はあくまでも冷静に対処した。徐々に力をためていく大砲を見ながら、更なる障壁を創り出す。

 冷や汗が頬を伝うが、晶穂は口端をわずかに引き上げた。

「余所見してる場合ですか?」

「余所見? ───なっ」

「遅い」

 気配を消して近付いていたリンが、今更気付いたダイの傍に飛び降りる。剣が閃き、真っ直ぐに振り下ろされた。

 剣の刃が大砲に触れ、二つに断つ。硬さに手間取ることすらなく、綺麗に両断されてしまった。

「は!?」

 分厚い鉄で造られた大砲が斬られて転がっている。その非現実的な光景に、ダイは驚きの声を上げるしかない。

 ダイが硬直しているのを横目に、晶穂は立ち上って息をついたリンの名を呼んだ。

「リン」

「晶穂、ナイスアシスト」

 鉄粉のついた刃を払い、リンは微笑する。

 細かい打ち合わせをしたわけではない。しかし、リンが不意を突いて鉄砲を再起不能にしたいと言った時、晶穂は自ら囮になろうと決めていた。

 リンに褒められ、晶穂は嬉しさに頬を染める。

「わたしが弱そうってダイが言ってたから、それを逆手に取ろうと思って」

「ああ、助けられたな」

 リンは晶穂を戦闘に積極的に巻き込みたくはないのだが、彼女の力が必要だと判断した。己の判断が間違いではなかった、と安堵する。

「おいおいおい? 忘れてもらっちゃ困るぜ?」

 二人の間を、何かが高速で通り抜ける。リンと晶穂は左右に分かれて跳ぶと、ダイは小さく舌打ちをした。

「ちっ、外したか」

「大砲がなくても撃てる、か。まあ、予想の範囲内だな」

 右の拳を突き出した格好のダイを見て、リンは呟く。三つの属性のどれが発射されるかはわからないが、少なくとも大砲で撃たれるよりは威力が落ちる。

 ただし、人体に損害は免れない。背後の木が一本倒れた。

「晶穂、結界で身を守れ。こいつは俺が倒す」

「……わかった。だけど、独りじゃ戦わせないから」

 晶穂はそう言うと、否を言わせないといった真剣な表情でリンに近付く。

 二人の周りには幾つもの防御壁が構築され、ダイの魔弾をことごとく遮断する。悔しげに地団駄を踏むダイを無視し、晶穂はそっと手を伸ばした。

「───っ」

 リンは後ずさることも出来ず、晶穂がするに任せる。すると晶穂はリンの右手を取り、両手で包み込む。

「あきっ……」

「リンを守ってくれるように」

 晶穂が呟くと同時に、二人の手が合わさった場所が淡いオレンジ色に光る。そこから何かがリンの体に入ってきて、温かくなる。

「これは……」

「神庭の木がくれた神子の魔力の一部だよ。絶対、リンを守るから」

「……頼もしいな、晶穂。ありがとう」

 礼を言うと同時に背を向けたリンに、晶穂は耐えきれなかった言葉を口にする。

「ふたりで、帰ろ」

「ああ」

 自ら結界を割り、リンは魔弾を乱射するダイの前に立った。リンが壊した結界は、すぐに晶穂が修復する。

「待たせたな」

 リンが言うと、ダイは忌々しげに顔を歪めた。

「敵を前にしていちゃつくとか、舐めてんのか?」

「舐めれば不味そうだ。それに、いちゃついてなんかない」

 リンが剣を構えると、剣が晶穂から受け取った力を帯びる。温かな力を得た剣は、リンに自信を与えてくれた。

 普段は銀の華の中でも魔力の少ない部類に入るリンだが、現在は違う。ぐんと力が強まり、光の力は体から溢れんばかりだ。

 それを感じ取ったのは、リンだけではない。ダイもまた、先程までとは比べ物にならない強い魔力に圧されそうになる。

 一つ息を吸って吐き、ダイは改めて拳をリンに向けた。

「不思議だ。お前とは会ったことがないはずなのに、体がお前との戦いを知っている。……恐怖心で、苦しいくらいだ」

「……」

「黙ってないで教えろよ。何故、オレたちは女王様の命令を忘れた? 何故、お前らと戦った記憶がない? 知っているんだろう」

「……悪いが、答えるつもりはない」

 リンの回答は、ダイを駆り立てた。こいつを痛めつけ、真実を吐かせるのだと。

「……言わなかったこと、後悔させてやる」

 呻くように言うと、ダイの背後に魔法陣が出現した。火・水・雷を示す文様が重なり、陣の真ん中から巨大な魔弾が生成された。

「死ねぇぇぇっ!」

 ドンッという爆発音と共に撃たれた魔弾は、揺らぐことなくリンに向かって放たれた。


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