第431話 交戦開始

「ベアリー」

 何発もの砲弾を飛ばすベアリーに、ダイは声をかけた。砲弾の半分程には、ダイの魔力が使われている。あまり使いすぎると後々影響が出かねない。

 ダイの魔力は、希少な三属性だ。つまり、火と水と雷の三つの属性を一つの体に閉じ込めている。それら全てを同様に使いこなすことで、ダイは大佐までのし上がった。

「おい、そろそろ良いんじゃないか? 流石にこれだけ魔力を帯びた弾を撃てば、ある程度の被害は……」

「……い」

「は?」

 青ざめるベアリーの様子がおかしいと思い、問い返す。するとベアリーはギリギリと歯を食い縛り、悔しげに言った。

「被害が、ほとんどない」

「は?! 何言ってんだ、そんなこと……」

 急いで双眼鏡を覗いたダイは、ぶるりと体が震えるのを自覚した。

 彼の目に見えたのは何本もの木が倒れ、穴ぼこのあいた地面。そして、こちらを睨み付ける黒髪の青年の姿だ。

 青年の顔に何処か見覚えがある気がしたが、その予感は泡となって消えていく。残ったのは、青年の表情から嫌でも感じる強い意志に対する戦慄。

 青年の紅い瞳は、こちらを凝視している。そして双眼鏡が捉えたのは、彼の周りを囲む青年少女、少年たちの存在だった。

「……ベアリー」

「ダイ、私たちはもう後戻りなど出来ない」

 怖気付くダイに、ベアリーはピシャリと言いすえた。そうすることで、彼女自身をも奮い立たせることにもなる。

 記憶の扉が、数ミリだけこじ開けられたのだろうか。ベアリーの中に、知りもしないはずの青年たちとの戦いの記憶が湧き上がったのだ。

 特にあの白髪の青年は、ベアリーに恐怖に近い感情を抱かせる。

(もしや、失った記憶の中にあの者との記憶があるのか?)

 内心で疑問を呈し、それを顔には出さずにベアリーはその疑問を打ち消した。

「行こう。私たちは、期待に背く訳にはいかないのだから」

「ああ、必ず成し遂げるぞ」

 ダイの体を三色の光が包む。少々頼りない所はあるが、彼が一級の魔種であることに違いはない。その力で、ベアリーは何度も助けられてきた。

「? どうした、ベアリー」

「何でもない」

 見詰めていたことがばれ、ベアリーはすっと顔を背ける。首を傾げたダイだったが、まあいいかと魔力を更に増幅させた。

「扉の向こうの奴らを使うまでもなく、二人で全員殺ししちまっても良いよなぁ?」

「油断禁物。でも、私たちが必ず殺す」

「わかってる」

 バッサリと冗談を叩き切られ、ダイは笑うしかない。そんな彼を一瞥し、ベアリーはあの青年たちを迎え撃つ準備と移動を始めた。




 一方のリンたちは、危険な山道を下りながら警戒を続けていた。相変わらずの悪路だが、レオラたちの助けがあるのか少しだけ進むのが楽だ。

 少なくとも、ぬかるみに足を滑らせて転ぶことはない。

 春直は慎重に足を運びながら、前を行くリンに話しかけた。

「団長。ベアリーたちは、ぼくらのことを忘れてるんですよね?」

「甘音によると、そうらしいな」

「なら……」

「だが再び攻めてきたということは、新たな命令を携えたということだ。あまり、楽観視は出来ない」

「あっ……ですね」

 しゅんっと両耳を垂らす春直の頭に、ポスッとリンの手が乗る。見上げると、不器用に慰めようとするリンがこちらを見ていた。

「『穏やかに忘れたまま帰ってもらうことも可能じゃないか』って言いたかったんだろうが、俺も出来るならそうしたい。……ただ、今回は無理だ、わかるな?」

「はい」

「よし。行こうか」

 リンの背を見詰め、春直は一つ頷いた。

 一行はリンを先頭に、ジェイスと克臣を殿しんがりに置いて進む。何処に敵が潜んでいるかわからなかったため、歩みは慎重にならざるを得ない。

 しかしベアリーたちがいるはずの高台に到着するまで、リンたちは自分たち以外の生き物に会わなかった。つまり、敵はこちらに向かって移動してはいないのだ。

「止まってください」

 不意に足を止めたのは、リンの更に前を歩いていた唯文とユキだ。二人の視線が、近付いてきた高台へと向かう。

 逆光になってよく見えないが、二人の人物の影がある。彼らの間には、何か細長いものも。

「───っ、全員散れ!」

 ──ドンッ

 リンの警告と大砲の攻撃は、ほぼ同時だ。ただ、機動力と瞬発力で勝る銀の華側が一瞬速い。

「ちっ」

 ベアリーの舌打ちがやけに大きく響く。

 木の影や上、草むらに身を隠した一行は、たどってきた獣道の真ん中に大きな穴が空いているのを見た。硝煙が立ち上ぼり、パチパチと弾けるような音がする。

「俺の魔力を帯びた砲撃を躱すなんて、やるなぁ」

「……ダイ」

 ケラケラと笑うダイを見て、リンが呻くように男の名を口にした。幸いにも、遠すぎて声は届いていなかったが。

「まだまだいこうか!」

 ダイの掛け声と同時に、大砲が音をたてる。その空気を振動させる音と共に、火をまとった弾丸が飛び出してくる。

「くっ」

 その弾丸は春直が隠れていた木の幹に当たり、衝撃で木を折ると同時に燃やした。

 春直は瞬時に木から離れたために無事だったが、そのままいれば倒れてきた幹の下敷きになっていたかもしれない。

「逆光がきついな」

 ユキの呟きは、全員の気持ちだ。日の光を背にするベアリーたちには、こちらの姿が丸見えなのだから。

 リンは木陰から顔を出し、ベアリーたちの立ち位置を見る。ベアリーとダイ以外の人影は見えず、まだ仲間は来ていないようだ。

(なら……)

「ユキ」

「何、兄さん」

 リンは近くにいたユキを呼び、ある頼みごとをする。ふんふんと聞いていたユキは、目を瞬かせてから笑みを浮かべた。

「了解、任せて。四人でやり遂げてみせるから」

「こっちは任せろ。頼んだぞ」

「勿論!」

 ユキが砲撃を避けながら年少組三人のもとへ順に行くのを確かめ、リンは各々の居場所を確かめた。

 唯文とユーギ、春直はユキと共に姿を消す。ジェイスは少し離れた木の影に、克臣は最もベアリーたちに近い獣道の岩影に、そして晶穂はリンから手を伸ばせば届く距離に身を潜めていた。

 鳴り止まない砲撃の中、リンは連絡手段を考えていた。晶穂は兎も角、ジェイスと克臣とは離れすぎて声をかけようとすれば大声を出さざるを得ない。そうすれば、流石に敵に感付かれる。

 しかし、リンの心配はある意味杞憂に終わる。

「リン」

「どうした、晶穂」

 リンの服の裾を引いた晶穂が、そっと指差す。

「ベアリーの姿が、ない」

「えっ」

 見れば、大砲の側にいるのはダイだけだ。ベアリーは何処に行ったのかと探せば、離れた所で大きな物音がした。

「ちょっとこっち来てくれるかしら?」

「なっ、お前!」

「ジェイスさん!?」

 ジェイスの襟首を掴んで引っ張ろうとしているのは、姿が見えなかったベアリーだ。いつの間に移動したのか。

「離してもらおうか」

「くっ」

 思い切り振り返ってベアリーを振り払ったジェイスは、彼女と対峙する。そして、険しい表情のままでリンを呼んだ。

「リン、向こうは任せた」

「わかりました」

 それだけの会話で、意思は疎通する。ジェイスはふっと目を細めると、克臣の肩を叩いて森の奥へと駆け出した。

 彼らの後を追おうとしたベアリーが、ダイに向かって叫ぶ。

「ダイ、あなたはあいつらを!」

「承知した!」

 ベアリーは振り返らず、俊敏な動きで姿を消す。

 残ったのはリンと晶穂、そしてダイのみだ。思いがけない理由で作戦通りに事が運び、リンは内心少し驚く。

 しかしそれを顔には出さず、氷華ひかと名付けた矛を握り締める晶穂に言う。

「倒すぞ、晶穂」

「うん」

「ひ弱そうな嬢ちゃんを連れて、俺に勝てるとでも?」

 大砲に片手をあて、ダイは余裕の笑みを見せる。その顔は、太陽が動いたことで鮮明となった。

 そして、一際大きな爆音が響く。

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