第429話 あちら側の事情

 持ち込んだ大砲が火を吹いた後、その先を見ていたダイが「おおっ」と歓声を上げる。

「届いた、届いた。なかなかの威力だな、これは」

「ええ。大砲なんて戦艦に置いてあるものだと思っていたけれど、地上であってもやはり威力のある武器であることは変わらないのね」

 未だに硝煙立ち昇る大砲を撫で、ベアリーは品良く微笑んだ。

 彼女らがいるのは、神庭をはっきりと見ることの出来る高台。幾らか距離はあり、接近戦に持ち込むことは出来ないが、代わりに飛ぶ重火器による戦法を取っている。

 神庭という未知の場所にも弾丸を届かせられるのかについては疑問もあったが、結界などは簡単に通り抜けて攻撃をあてることが出来た。ベアリーたちは知らないが、砲弾は結界の一部を破壊して被弾している。

 ダイは双眼鏡をあてて被害状況を確認していたが、すぐに外して頭を掻いた。

「流石にはっきりとは見えないな。これじゃ、女王様の命令を遂行しているかわからなくないか?」

「……メイデア様の作戦実行は義務。私たちは神庭に被害を与えた上で、銀の華の殲滅と宝物の奪取が出来ればそれでいい」

「まあ、これから攻め込むわけだし、同じことか」

 メイデアがベアリーとダイに与えた命令は、至極単純なものだった。

 曰く、銀の華という自警団の殲滅。理由は、メイデアの邪魔だから。

 曰く、宝物を持って帰ること。理由は、この世界の掌握のため。

 曰く、神庭に楔を打ち込むこと。理由は、神すらもひれ伏すこの世の王となるため。

 メイデアは腹立ちまぎれに、これらのことをほぼ一息で命じた。珍しくいきり立った彼女は、子どもっぽい理屈をつけて大人のやり方で願いを実行しつつある。

 ベアリーとしても、スカドゥラ王国が覇権を取るのなら願ってもないことだ。

 しかし、自分たちが何かの理由で最初の命令を忘れ去った事が悔やまれる。何があの時あったのか、その事実を知りたいとも思っていた。

「私たちは、敵の顔も能力も知らない。……いや、忘れている。だから、戦場で相まみえれば思い出すかもしれない」

「そういう意味でも、オレはこの作戦に乗り気だぜ?」

「勿論、私も」

 あと数発被弾させた後、ベアリーたちは未知の領域へと足を踏み入れるのだ。神のみが入ることを許されたという神聖な庭へ。

 ベアリーはちらりと背後を振り返る。そこには、美しい文様が浮かび上がる幻のような扉が開いていた。発現した扉の片方が、そこにある。

「まさか、こんな不思議なものを使って私たちと武器一式を運ぶことが出来るとはね」

「ああ。行真いくまたちは戦艦で後から来ると言っていたな? 宝物を運ぶためだけに戦艦を使うなんて、うちの女王さまは豪勢だな」

 笑うダイに、ベアリーは肩をすくめた。

「戦艦を使う理由は、それだけではないわ。……軍事国家であるスカドゥラ王国の動向は、ノイリシア王国や竜化国も注視している。彼らの目を欺く狙いもあるのよ」

 国家の存在しないソディリスラの他、この世界に存在する三つの国家。それら全ての関係性は良好とは言い難い。それぞれが別々の方向を向いていると言っても過言ではない。

 しかし、最近何故かノイリシア王国と竜化国が頻繁に使者を交わしているという噂もある。そのきっかけが、とある自警団にあるという付加情報も。

 真偽は定かでないが、メイデアが気にしていることも事実だ。たった三つしかない国の内、二つが連携を取れば、スカドゥラ王国の危機にも繋がる。

 神庭を遠くに見ながら、ベアリーは再び大砲に火を入れた。




「リン、みんなッ!」

 晶穂と甘音が戻って来た時、辺り一面はもうもうとした焦げ臭い煙に包まれていた。咳き込む甘音の体を支えながら、晶穂は痛む喉を圧して叫ぶ。

 何処かで誰かの呻き声でも聞こえないかと耳を澄ませるが、木の枝が耐え切れずに落ちる音くらいしか拾えない。そして、足音は自分たち二人のものだけだ。

「そんな……」

 悪い予感が的中したのかと、晶穂は絶望に駆られる。しかし、無音が現実を嫌でもはっきりと確かなものにさせていく。

 信じたくないことを信じなければならないのか、と晶穂が悲鳴を噛み殺した時のことだ。近くで、ガサッという何かが動く音がした。

「誰か、いる……?」

「―――けほっ。その声、晶穂か?」

 次第に煙が晴れ、あたりの様子がはっきりとする。幾つもの木が折れ、焦げている。地面には弾丸が埋まり、荒らされてしまった。

 そして晶穂たちから数メートル先の所に、煙に巻かれて咳き込むリンの姿があった。彼の周りには青白く光る透明な膜のようなものがあり、それが敵の攻撃から彼の身を守っていた。

「おや、お帰り。二人共」

「先制攻撃だな、腕が鳴るぜ」

「ジェイスさん、克臣さん……」

 リンの更に向こうには、二人の兄貴分の姿もある。どうやら、あの膜はジェイスが創り出した個別の障壁らしい。ジェイスを中心とした幾つもの小さな魔法陣が浮かんでいる。

「うわっ」

 そして、煙が完全に晴れる。岩の上や木の上、地上など色んな場所で砲撃に耐えていた銀の華のメンバーたちが最初に見たのは、リンの胸にすがりつく晶穂の姿だった。

 突然の行為に狼狽えたリンの顔は真っ赤で、晶穂を引き剥がすわけにもいかずに手を彷徨わせている。晶穂はリンの心臓の鼓動を聴きながら、溢れる涙を止められずにいる。

「お、おい。晶穂、どうしたんだ……?」

「あ、あんな衝撃と音がしたから、みんなに何かあったらって思って、怖くて。……でもみんな無事で、ほっとしちゃって。ごめん、少しだけ貸してて」

 泣き虫でごめん。そう謝りながら、晶穂は肩で息をして少しでも早く涙を止めようと必死になっていた。

 リンはようやく晶穂の背中をなだめるように撫でながら、苦笑気味に言葉を漏らす。

「……全く、俺たちが簡単にどうにかなるわけないだろう?」

「し、知ってるから。でも不安で、怖かったよ」

「心配してくれたんだな、ありがとう」

「うん……」

 リンの温かさでようやく落ち着いた晶穂は、注目を集めていることに気付いて慌ててリンから体を離した。リンもまた、照れ隠しでそっぽを向く。

「いやぁ、飽きねぇわ。お前ら見てると」

 快活に笑った克臣は、ジェイスに同意を求める。それに応じたジェイスは微笑むと、新たに魔法陣を描き出した。

「もう一度来るみたいだ。……全員、衝撃に備えて」

 全員がハッと表情を改めると、空気をつんざくような爆音が迫っていた。


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