守り通す意志
第427話 新たな火蓋
強固な結界が崩れ、神庭は本来の美しさを取り戻した。大洋の光を浴び、木々の葉が、草が、花がキラキラと今まで以上に輝いて見える。
「……わたくしは、愚かですね」
自嘲気味に微笑み、ヴィルは何度目かになる言葉を呟いた。
こんなにも後悔するのなら、最初からしなければよかったのだ。しかし、嫉妬に駆られ寂しさに閉じ籠った彼女には、これ以外の方法を思い付く余裕などなかった。
「……」
彼女の傍にはレオラが寄り添い、甘音がリンたちと最後の語らいをしているのを見守っている。小さな姫神は現在の姫神の全てを受け継ぎ、新たにこの庭の主となるのだ。
少女のことを見守りながら、ヴィルは天歌との約束を思い出していた。どちらともなく交わした、破るとも守るともわからない誓い。
それは、天歌の末裔をいつか庭に連れてくること。そして、先祖の話をしてやるのだ。
途方もない時間がかかるでしょうね、と天歌は笑った。きっとヴィルと自分の喧嘩が終止符を打つのがその時だ、と彼女は知っていたのかもしれない。
「あなたを盗られたと憎しみながら、一方であの
姫神は、その特異性から一定の年齢に差し掛かると体の時間を止める。それは最も快活で何事にも耐え得る時期、つまり娘時代であることがほとんどなのだ。
「我も天歌は娘のような、それでいて専有のような、そんな感情を持っていた。……誤解がないように言っておくが、ヴィル以上に特別な感情を抱いてはいない。勘違いするなよ?」
レオラが言い含めるように言うと、ヴィルはくすくすと耐え切れない笑みを
「もう、わかっています。わたくしも、あなたにたくさん伝えなければなりませんからね。覚悟しておいて下さいませ?」
創造主に嫁いで幾星霜。いつの間にやら、ただの人であった頃の何倍かわからない程に生きてきた。それでも今回のように学ぶことはあるし、レオラに対するヴィルの気持ちが浅くなることはない。
「楽しみにしておこうか」
そう言い、目を細めるレオラ。しかし次の瞬間、顔色を変えた。
「レオラ様?」
「……ヴィル、気付かないか?」
レオラに問われ、ヴィルは周囲の気配を探る。すると遠過ぎてかすかだが、戦意を感じ取ることが出来た。
「この庭を狙っている……?」
わずかに顔色を変えたヴィルの肩を、レオラが抱く。体の震えを止め、ヴィルは深呼吸をした。
「この庭は、世界の
「ああ。……我々が人に手を下すことは、禁忌。人の世への干渉は、最低限としなければならない」
「既に過干渉ですけれどね」
「お互いにな」
レオラは銀の華に肩入れし、ヴィルは銀の華を敵視した。これが世界の創造主の行為でなければ、とっくに上位の神によって粛清されていただろう。
幸か不幸か、二人は唯一無二のこの世界の神だ。だから、誰かの指図を受けることもない。
時空を超えた目でこちらを狙うのが誰かを把握した二人の神は、新たな防御壁を造り出した。
レオラとヴィルに見守られながら、リンたちは甘音との最後の語らいの最中だった。
甘音はユーギたちとのお喋りを終えると、短い旅路の仲間たちを見回して微笑んだ。
「本当に、ありがとうございました。ここまで凝来られたのは、皆さんのお蔭です」
「最後は俺たちは関係なかったけどな。でも、甘音が無事でいてくれて、ほっとした」
リンが苦笑いを浮かべて言うと、晶穂も頷いて同意を示した。
「一時はどうなるかと。でも、あなたの笑顔が見れたから良いよ」
「ありがとう、皆さん。……あ、そうだ」
「ん?」
甘音に手を引かれ、晶穂は首を傾げた。彼女が自分を何処へ連れて行こうとしているのか、わからなかったのだ。
「甘音?」
「晶穂さん、魔力の回復させないと」
「あ、そうか。枯渇してたの、忘れてた」
あははと乾いた笑みを浮かべる晶穂に、甘音は呆れて両手を腰に当てた。
「もうっ! わたしと一緒に巨木に力を分けてもらいましょう」
「巨木って、あれ?」
晶穂が思い浮かべるのは、この神庭に来て最初に目にした樹齢のわからないほど太く高い木である。甘音は頷くと、リンたちも誘った。
「行きましょう? それで、もう少し話したいです」
甘音の可愛い我が儘に、メンバーたちは顔を見合わせた。最初に同意を示したのはユーギだ。
「行こうよ! ぼくも見てみたいし」
「そう、だな。天也も来いよ」
「俺は一応知ってるけど……唯文たちといつまで一緒にいられるかわからないもんな」
ユーギに同調した唯文と天也、更に春直とユキも頷く。
リンとジェイス、克臣も共に行こうかと同意しかけ、レオラのように気配に気付いた。
「リン……?」
突然険しい顔をするリンを心配し、晶穂が声をかける。するとリンは少しだけ表情を緩め、何でもないと
「俺たちは、もう少しここで警戒を続ける。晶穂たちは魔力回復に努めて、終わったら戻ってきてくれるか?」
「……わかった。怪我、しないでね」
「努力する」
それは、怪我をしないという約束は出来ないと言う意味だ、晶穂は瞠目し、しかし何も言い返さなかった。
魔力を枯渇させた自分では、足手まといになるだけだ。自分の手を握る晶穂の力がわずかに強まり、甘音はそっと晶穂の顔を見上げた。
「晶穂さ……」
「行こう、甘音。ユーギたちはどうする?」
「ぼくらは……」
顔を見合わせた年少組は、無言の内にどう動くかを決めた。ユーギが代表して晶穂に応じる。
「ぼくらは残るよ。たぶん、戦える人数がいる方が良いから」
とはいえ、ユーギたちも万全ではない。女神の使徒たるドラゴンとの戦いの前にも、ベアリーたちとの戦闘を戦い抜いた。疲労が残っていないと言えば嘘だが、相手は待ってくれない、
返答を聞き、晶穂は強く首肯した。
「わかった、わたしも早く戻るね。──甘音、走るよ」
「はいっ」
上京を瞬時に理解し、甘音は素直に晶穂と共に巨木へと駆け出す。
二人が去った後、レオラとヴィルが新たな防御壁を構築した。神庭全体が二重の膜に覆われる。
「何が……起ころうとしているんだ」
「考えられる相手は、一つだよね」
やれやれといった顔で言うジェイスに、リンは同意を示した。
──リリンッ
その時、リンの端末が通信を告げた。
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