第425話 女神との邂逅

 リンの刃がドラゴンを二つに引き裂いた。真っ白な二つの眼が驚愕に彩られ、地に倒れ伏す。砂煙を上げ、地響きが鳴った。

「……はぁ、はぁ、はぁ」

 肩で息をするリンは、頬に垂れてきた汗を手の甲で拭った。崩れ落ちそうな体を踏ん張って支え、次に何が出て来るかと警戒する。

 すると、背後から落ち着いた聞き慣れた声がした。

「どうやら、新手はいないみたいだよ」

「よくやったな、お前ら」

「ジェイスさん、克臣さん……」

 ねぎらいを込めて肩や頭を叩かれ、リンは苦笑する。風の音を聞いて振り返れば、ドラゴンだったものはサラサラと砂のように細かい粒となって消えて行こうとしていた。

「終わった、か」

 見れば、年少組もそれぞれの場所で座り込んだり足を投げ出したり伸びをしたり、と緊張感を解いている。ジェイスらと共にいた天也が、唯文のところへ走って行くのが見えた。

「唯文!」

「お、天也。無傷だな、よかった。流石はジェイスさん」

「……お前はボロボロじゃないかよ」

 軽い調子で笑う唯文の全身を見て、天也は痛そうに顔を歪めた。唯文の頬には擦り傷ができ、足や腕にも幾つかの傷が開いている。更に背中は服の生地が破れ、青あざができていた。

「うわっ。唯文兄、それぼくを守ってくれた時のだよね? ごめん、痛くない?」

 近くにいたユーギが近付いてきて、唯文の背中を見て不安げに声を揺らす。唯文は「心配するな」と彼の頭を撫でてやり、魔刀を鞘に仕舞った。

「痛くないわけじゃないけど、おれはユーギに怪我のないことの方が嬉しいから。心配してくれてありがとな」

「……唯文、お前」

「ん?」

 ユーギを励ます唯文を見ていた天也が、ちょっと目を疑うような顔をした。

「いつからそんなに男前になったんだよ」

「―――は? 何言ってんだよお前」

 男前と言われ、唯文の顔がカッと熱くなる。思わず力を入れて刀を仕舞ってしまい、鞘が耐え切れずに崩れる。元々壊れかけていたが、耐久性がもたなかったのだろう。バラバラと、鞘だったものの欠片が足元に散らばる。

「……あ」

「あ~あ」

「やっちゃったな。剥き身のままじゃ危ないけど、仕方ないか」

 連続して戦うのならこのままでもいいが、移動には正直邪魔だ。刃こぼれの危険性もはらむ。リンや克臣のように出し入れ自由になればいいのに、と思うこともある。

 そんな唯文の心の声が聞こえたわけではないが、ジェイスが聞こえた音に反応してやって来た。

「ああ、とうとう壊れたのかい?」

「そうなんです、ジェイスさん。とりあえず、このまま……」

「それは危ないだろ。ちょっと貸して」

 唯文はジェイスの手に素直に自分の魔刀を手渡す。少し刀を見ていたジェイスは「よし」と言って唯文の手に返してくれる。

「唯文、少し目を閉じて」

「え? はい」

「そう。そして、刀の形を感じて。……うん、うまいね。そして、自分と刀が一体になることをイメージするんだ」

「……」

 天也は二人の様子を固唾を呑んで見守っていた。ジェイスが唯文の刀を持った手に触れ、手のひらからオレンジ色の暖かそうな光を発する。

「えっ」

「天也さん、しーっ」

「ご、ごめん」

 ユーギに注意され、天也は慌てて口の前に両手を持って行く。しかし、驚いたのだから声くらい出させて欲しい。

 ジェイスの手が触れていた部分から、刀が唯文の体の中へと溶けるように吸い込まれていったのだから。唯文も痛みはないのか、違和感に眉をひそめる程度だ。

 刀の全身が吸収され、ジェイスは「ふぅ」と息をついた。

「唯文、目を開けて良いよ」

「はい。……わっ」

 素直に驚く唯文が、両手をグーパーして目を見張る。その反応を面白く思いつつ、ジェイスは唯文の手のひらを指差した。

「克臣や晶穂と同じだ。魔刀を出すイメージをして、念じてみてくれるかい?」

「はい―――――っ、おおっ」

 唯文の手に、刀が戻る。自分の手のひらに切っ先をつけると、傷をつけることなく吸い込まれた。

「うん、正常だね。とりあえず、鞘が戻るまではそれでいこうか」

「はい、ありがとうございます!」

 実はこの仕様に憧れてたのだと口には出さない唯文だったが、ジェイスには彼の目の輝きで察せられてしまった。笑いを堪え、微笑に留める。

 ―――どさっ

「リンッ!?」

 晶穂の叫びを聞いてジェイスたちが振り返ると、晶穂に倒れ掛かるリンの姿があった。甘音も心配して傍にいるが、小さな体では手を出しても潰されてしまいかねない。

「どうした、克臣」

「ああ」

 ジェイスが唯文たちと共に駆け足で戻ると、克臣が眉を顰め、次いで苦笑した。

「晶穂の顔見て、ほっとしたんじゃねえの? 顔合わせた途端に倒れやがったからな」

「なら、よかった」

 弟分の素直な面を見られて、ジェイスもほっと肩の力を抜く。そこに、地を這うようなかすれ声が聞こえてきた。

「……気絶はしてませんよ」

 晶穂の肩を借り、リンは顔を上げた。わずかに顔色が悪いが、それを覆い隠すかのように虚勢を張る。しかし、晶穂にはお見通しらしい。

「リン、大丈夫!?」

「だ、大丈夫だから。頼むから顔近付けないでくれ……恥ずい」

「あ……ごめん」

 晶穂はリンを間近で直視していたことに気付き、少し顔を背ける。それでもリンを支える手は離さず、リンも突き放すことなく徐々に自分の力で立ち上がった。

「……さんきゅ、晶穂。もういいぞ」

「無理、し過ぎないでね」

「わかってる」

 心配する晶穂に笑いかけてから、リンはふと何かに気付いて周りを見回した。その顔に険が刻まれているのを見て、ジェイスと克臣も気配を探る。

「……いる、ね」

「ああ。割と前からいたんじゃね? この感じは」

「流石は創造主の妻、と言ったところかな」

 三人が言い合い、ユキたちも新たに緊張感をはらんだ表情で警戒する。

 リンは、剣の切っ先を巨木に向けた。そして、静かに問う。

「いるのでしょう? ……女神、ヴィル」

「……見つかってしまったわね」

 木の裏から姿を現したのは、ブルーサファイアの瞳と白に限りなく近い水色の長い髪を風に遊ばせる女神――ヴィル。その優雅で女性らしい姿と創造主との仲の良さから、古くより女性の守り神としても崇められる女神だ。

 彼女の手に、最後に残ったドラゴンの粒が飛んで行く。それを見詰め、ヴィルは柔らかく握り締めた。

 そして、唇を小さく「ありがとう」と動かした。

 リンはそれらの動作を待って、ヴィルに尋ねた。

「あなたが訊かれたくないであろうことはわかっていますが、あえて単刀直入に問います。女神・ヴィル、あなたは何故レオラと会おうとしないのです?」

「それは……」

 ヴィルが言い淀むのと、新たな声が聞こえるのはほぼ同時だった。

われのせいだろう?」

 青年の声に、その場にいた全ての人物がその声のした方を振り返った。




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