第424話 逃がしはしない

 空の上から地面に叩き落とされたことで、ドラゴンの気は相当に立っている。フシューフシューと鼻息も荒く、リンは口の中の唾液を飲み込んだ。

 年少組との連携は、その場任せだ。例え打ち合わせをしていたとしても、戦いの場はいつでも急変する。それに、年少とはいえ彼らに無駄な動きなどあろうはずもない。

「グオオオォォォォォォォッ」

 ドラゴンが空に向かって咆哮し、真っ赤な炎を吐き出す。それは一直線にリンへと向かう。

「くっ」

 リンは跳躍して炎の帯を躱し、着地と同時に一閃を放つ。剣撃は炎の道を両断するように進み、ドラゴンの鼻先にぶつかった。

「ギャウッ」

「畳みかけるよ!」

「うんっ」

 衝撃に顔を逸らせたドラゴンの体に向かって、ユーギと春直が駆ける。二人の蹴りと拳が同時にぶつかり、ドラゴンは蹈鞴たたらを踏んだ。

 しかし、ドラゴンもやられてばかりではない。足を踏ん張りギロッと敵を睨みつけると、唸り声と共に音波に似た衝撃波を放った。

 衝撃波は周囲の岩や樹木を吹き飛ばし、風圧でリンたちはその場に立ち続けることが困難になる。どうにか地面にへばりつくように身を屈めるが、それによって周囲への警戒が疎かになった。

「――――ッ!」

 何かが近付いて来る。そう感じた時には既に、目の前に大きな木の幹が迫っていた。ユキは息を呑む間もなく反射的に吹雪を呼び起こし、間一髪で押し潰されずにその場をしのぐ。

 ユキに襲い掛かった木は、飛ぶ方向を変えて彼の後方にズズンという大きな音をたてて転がった。見れば、根っこから引き千切られたらしいそれの全長は五メートルはあろうか。もしもぶつかっていたらと考えると、ゾッとする。

「―――ぐっ」

にい!」

 そこから少し離れたところでは、唯文が鉄砲玉のように飛んで来る砂利や小石からユーギを守っていた。風が吹き付ける方向に背中を向け、小さな体を抱き締める。

 容赦なく打ち付ける小石のために、きっと背中は青あざだらけだろう。しかし、唯文はその場から動こうとはしない。

 ユーギは力いっぱい唯文の胸を叩いて「離せ」とせっついている。しかし風の勢いが酷すぎて、もし自由になっても飛ばされるのがおちだ。唯文はそれがわかっているから、幾ら叩かれても離さずに留まった。

 リンと春直はといえば、三人よりもドラゴンに近い位置で暴風を受けていた。幸いにも地下深くにまで埋まった岩の露出部に体を隠し、風が止むのを待っているのだ。

 しかし、暴風は止む気配を見せない。それどころか、一層風圧を上げ、リンたちが動く隙を全く与えない。

 飛んで来るものに気を付けながらドラゴンを目視すれば、風を吐き出しながら一歩ずつ後退しているではないか。ここで決着をつけることは諦め、一度戻って体勢を立て直そうというのか。

「……くそ。こんなのをもう一戦やる前に倒したいんだが」

 次にと先送りにすれば、今度はうまく戦いの流れに乗れるかわからない。今度こそ仲間たちを今以上に危険な目に会わせるかもしれないし、そうはならないかもしれない。

 もしもを考えればきりがない。今すべきは、ヴィルに会う最後の障害であろうあの白いドラゴンを倒すことだけだ。

「……春直」

「何ですか、リン団長?」

 リンは傍でドラゴンの様子を見詰める春直の肩を叩き、すっとドラゴンを指差した。

「これから、この風の中であいつを倒す。出来ると思うか?」

「……出来る出来ないじゃないですよね」

 春直は爪を伸ばし、ふっと息だけで微笑んだ。

「やらなきゃ。ぼくらはそのためにここまで来たんですから」

「だな」

 リンも口元をわずかに緩ませると、剣を杖に持ち換えた。不思議そうに見詰める春直の前で、リンは人一人分くらいの大きさの三つの障壁を創り出した。

 彼の魔力属性は、光。障壁もそれぞれが淡く輝いている。

「それをどうするんですか?」

「ん? こうするんだ」

 リンが両手を掲げると、障壁はそれぞれ別の方向に飛んで行く。一つはユーギと唯文のもとへ、一つはユキのもとへ、そして最後の一枚は春直の前へ。

「団ちょ……」

「これで、少しは風圧もましだろ?」

 そう言いながらも、リンは少し顔をしかめた。元々魔力量の少ないリンは、一度の戦いで魔力の連投が出来ない。いや、出来ることは出来るが、威力が下がってしまう可能性が高いのだ。

 だから、後は物理で戦うしかない。

 決して綺麗とは言えない空気で深呼吸し、決意を改める。

「ユキ、唯文、ユーギ、春直!」

「「「「!?」」」」

 三か所で、リンの声に耳を傾ける気配があった。傍で見上げてくる春直に微笑み、リンは声を張り上げる。

「次で終わらせる。……いいな?」

「「「「はいっ」」」」

 四人同時の勢いの良い返事に、リンは思わず笑い出しそうになった。しかし、それを飲み込んで剣を構える。

 ドラゴンは、一歩ずつ後退している。既に何メートルか下がってしまったが、飛べない分もう少し逃走するまで時間があるはずだ。

 風に抗うように立ち上がったリンは、ゆっくりと暴風の中で剣を振り上げる。そして、わずかな魔力を乗せて振り下ろした。

 ――ゴオッ

 剣撃は風を斬り裂き、風の中で身を守っていたドラゴンの顔面に突き刺さった。

「ギャッ……」

 思いも寄らない反撃だったのか、ドラゴンがまとう風が止む。

 動きを封じる風さえなくなれば、こっちのものだ。リンに続いて春直、ユキ、唯文、ユーギがそれぞれの場所から飛び出して来る。

 ドラゴンの顔には、剣撃で負った大きな切り傷が右目の上に斜めに走る。相当に痛いのか、魔力の放出量が段違いになった。

「くそっ」

 闘気に似た魔力の波動がリンたちを襲う。更に、暴れたドラゴンが何処とも知れずに当たり散らし始めた。暴風によって散らばった木や岩が跳ね飛ばされ、ものによってはこちらへと飛んで来る。

「あっぶないなぁ、もう!」

 文句を言いながらも、ユーギは器用にそれらを避けていく。唯文は魔刀で両断し、春直も爪で斬り裂いた。ユキはといえば、氷漬けにした上でドラゴンに叩きつける。

 確実に距離を詰め、五人はドラゴンを取り囲む配置になった。岩場に立つユーギとその反対側の葉を失った木の上に陣取る春直。それら二人の他は、全員地上でドラゴンの動きを警戒する。

「グオォ……」

「暴れ回って疲れて、今頃気付いたの? 遅いよ」

 ユキは冷酷に微笑むと、右手を伸ばして手のひらをドラゴンへと向けた。そこから絶対零度の風が巻き起こり、ドラゴンの足元を凍らせていく。

 再び暴れようとするドラゴンだったが、ユキの本気の魔力の前では一ミリも動くことなど出来ない。

「ありがとな、ユキ!」

 唯文が魔刀を構えて走り、ドラゴンに斬りかかる。

「はあっ!」

「グオッ」

 リンがつけたのと反対側、つまりは左目に傷を刻む。両目を失ったドラゴンは、それでも気配を頼りにして正確に炎を放った。

「負けないっ」

 春直が落下の勢いを利用して、操血の力で炎を刻んだ。更にユーギが跳び下りると同時に踵落としを決め、ドラゴンの呼吸が遮断される。

「団長!」

「ああっ」

 リンの剣が光を帯び、仲間たちの気持ちを乗せる。貰った力を糧に、リンはドラゴンに向かって剣撃を放った。

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