第423話 ドラゴン戦
天也がジェイスたちと共に障壁の内側にいた時、リンは年少組と共にドラゴンの前に立ち塞がっていた。
炎の照射を躱し、殴りつけるような太い爪の攻撃から身を守る。それを繰り返す中で、このドラゴンが爪と翼、そして口から吐き出す炎を基本としていることがわかってきた。
「くっ。ぼくの氷だと溶かされるな……」
ドラゴンの炎から身を守るための盾に氷を使ったユキは、そう言って歯を噛み締めた。確かに炎に焼かれた氷の盾は、表面がドロドロと溶けて穴も空いている。
盾を氷の粒にして
ユキと交代で出たのはユーギだ。自慢の跳躍力でドラゴンの鼻先まで跳び上がると、そこへ向かってきつい蹴りを放つ。
「ガッ」
「よしっ、効いたか!」
衝撃を受けて身を反らせたドラゴンに、ユーギは小さくガッツポーズをした。手応えも十分だった、と着地する。
しかし、それは早とちりだった。
「ユーギ!」
「なっ……うわっ」
唯文の鋭い声に、ユーギは反射的に身を屈めた。彼の頭上をドラゴンのしっぽが通過する。これに殴られたらひとたまりもなかったな、とユーギは内心冷や汗をかく。
「ありがとう、唯文兄!」
「礼はいい。それより、気を散らすなよ」
「うんっ」
トンッ。ユーギの返事に笑みを返し、唯文は一転して真剣な顔でドラゴンに斬りかかった。魔刀の純粋な魔力が爆発し、ドラゴンに襲い掛かる。
「やぁっ!」
刀がドラゴンの額に届く瞬間、ドラゴンの双眸が赤く輝く。それは光線となって唯文を襲い、吹き飛ばされた唯文は地面に叩きつけられそうになった。
万事休すか、と唯文は両目をぎゅっと瞑って衝撃に備えた。
「───って、寒っ」
「ごめん、我慢して。ぼくの魔力だとどうしても冷風になるんだ」
地面に体が届くより先に、ユキの魔力によって起こされた吹雪が唯文を救った。風と雪の塊がクッションとなり、唯文の怪我を防ぐ。その代償が寒さなのは、この際許してほしいとユキは笑った。
体についた雪の粒を払い落とし、唯文は「許すもなにも」と笑い返す。
「助けてもらって文句は言わないさ」
「よかった!」
ユキはそう言った途端に、クッションにしていた吹雪を解放した。ぶわっと噴き出した雪と風が、ドラゴンの視界を遮り行動を鈍らせる。
ドラゴンの眼が白に戻り、鬱陶しそうに首を振った。その瞬間、隙が生まれる。
「チャンス!」
春直が全速力で駆け、赤く染まった両手の爪を大きく振りかぶる。目の前には、吹雪を吹き飛ばそうと動く一対の翼があった。
「『操血』―――
両手を胸の前で交差させるように振り下ろすと、「✕」の形に赤い衝撃波が生まれた。それは勢いを保ったままでドラゴンの翼にぶつかる。
「ギャアアアアアアァァァァァッ」
壮絶な悲鳴を上げたドラゴンの背中から血飛沫が飛ぶ。見れば、ドラゴンが飛ぶための翼がどちらも千切れ飛んでしまっていた。
空を飛ぶ支えを失ったドラゴンは地響きを起こして地に落ち、リンたちの前でよろよろと立ち上がる。再び雄叫びを上げると、噴き出していた血はおさまって翼があった場所には元から何もなかったかのように傷痕一つなくなった。
ドラゴンは地に足をつけ、四つ足で咆哮を響かせる。
「―――くそっ、空を飛べなく出来ただけか」
「春直、十分過ぎる」
悔しがる春直の肩をぽんっと叩き、リンは笑った。いつの間にか凄まじい戦闘能力を身に着けた弟分の成長に、負けるわけにはいかない。
「後は俺が」
「グルルルルルル……」
怒りに染まった白の瞳が、リンを眼光で圧倒しようとする。しかしリンも、ここで怯むわけにはいかない。
一歩前に出て隙を探しながら駆けようとした、丁度その時。ドラゴンが口を開け、大きな炎の弾を発射した。
「ぐっ」
リンの目の前に炎が迫り、その熱風に肌が焼けるようだ。何処かで「リンッ」と叫ぶ晶穂の声が聞こえた気がしたが、それに応じる余裕はない。
リンは自分のもとに弾が到達するわずかな時間に、剣を振り上げ両断しようとした。しかし、間に合わない。
「させない!」
――パァンッ
黒い塊が横切ったかと思った次の瞬間、炎の弾が横一閃されて弾け飛ぶ。見れば、唯文が大汗をかいて息を切らせて立ち上がるところだった。
「唯文……助かった」
「危なかった、ですよ。……おれも、団長と共に戦います」
顎を手の甲で拭い、唯文は勇ましく笑う。同様に、ユーギと春直という接近戦闘を得意とする二人が競うようにドラゴンへと向かって行く。
「兄さんは、自分が戦っている間にぼくらを逃がそうとしたのかもしれないけど……」
ユキがドラゴンの追撃を破って、リンの傍に着地する。
「それ、逆効果だよ」
「……そうらしいな」
リンはもう苦笑しかない。実際、リンがドラゴンと戦う間にユキたちには晶穂らと共に遠くへ走れと言おうと思っていた。
しかし、それはユキたちにとっては不本意なのだ。リンは当然のことに思い当たり、考えを改める。
「ユキ、ユーギ、春直、唯文。援護を頼む」
「任せて」
「わかった!」
「了解です」
「――はいっ」
年少組の了解を得、リンは四つ足のドラゴンに剣の切っ先を向ける。相手の白い双眸が、少しずつ赤に染まっていく。そしてドラゴンは、空気を震わせる咆哮を放った。
白いドラゴンという使徒と銀の華の攻防が新たな段階を迎えた頃。それらを水晶に映して見守っていたヴィルは、銀の華の戦い方に舌を巻いていた。
氷属性の魔力を持つユキ対策として炎を使えるようにし、後は力業とスピードで圧倒するだろうと思っていた。しかし途中経過を見る限り、ドラゴンの勝つ確率は格段に低い。
「……それでも、わたくしは」
サファイアのような青い目を伏せ、女神は憂う。
その時、彼女の感覚が何者かの侵入を感じ取った。晶穂が見付けた綻びが、少しずつ広がっているのだろうか。
気配を探り、侵入者の姿形をぼんやりと受け止めた後、ヴィルは胸の上で両手を握り締めた。胸の奥で、激しく鼓動するものがある。
「……」
嬉しさと怒りと悲しみと。様々な感情が大波を立てる。
ヴィルは
彼女が向かう先では、飢えた獣のような咆哮と青年たちの声が響いていた。
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