第422話 守りたい者

 白く輝くドラゴンは、リンたちを睥睨すると咆哮を上げた。

「―――……!」

 空気を振動させるような声を聞き、甘音がより一層晶穂に寄り添った。幼い彼女を引き寄せ、晶穂はドラゴンを見上げる。

「やっぱり、これも女神の?」

「ここで俺たちの所に来た、それが答えだろ」

 リンは剣を取り出し、晶穂と甘音の前に出た。

 唯文が天也を庇うように魔刀を構え、首だけ回して親友を見る。

「天也、お前はそこにいてくれ」

「唯文……」

 不安げに顔色を変える天也に頷き、唯文はドラゴンに向かい合った。彼の傍には、ユキたち年少組が集まる。

「ぼくらも忘れてもらっちゃ、困るからね」

「そうそう。唯文兄だけ良いカッコはさせないよ!」

「ユキ、ユーギ」

 若干の呆れを表情に出しながらも、唯文が彼らを邪険にすることはない。自分よりも戦闘経験が多いのは彼らだとわかっているし、信頼している。

「必ず、ヴィルさんに会わなきゃですね」

 春直が『操血』を用いて爪を武器に変えた。両手の爪は魔女の爪のように伸び、赤く変色する。

「グオオオオォォォォッ」

 唸り声を上げ、ドラゴンが首を左右に振った。そして、ピッチャーがボールを投げる時のように首を振りかぶる。

「―――来る」

 春直の一言が、全員の緊張を一気に引き上げた。

 ドラゴンは炎を噛み砕くようにして口に含むと、一気に吐き出した。視界がオレンジや赤の炎に染まり、天也は死を感じてきゅっと身を固くした。

「……?」

 しかし、想定した熱さも痛みも襲って来ない。どうしたのかと恐る恐る目を開ければ、ジェイスが目に見えない何かで炎を全て跳ね返していた。

「すご……」

「凄いだろ? ジェイスは銀の華最強だからな」

「えっと、克臣さん?」

 いつの間に近付いてきたのか、天也の隣には大剣を肩に担ぐ克臣が立っていた。唯文は何処かと探せば、ジェイスの壁の前へと飛び出して行くではないか。

「あいつっ」

「おっと」

 天也の襟を掴まえ、克臣は彼を元の位置に戻す。「何するんですか!」と目くじら立てられても何処吹く風だ。

「行ってもいいが、お前戦えるのか? あれと」

「え……」

「多少厳しいことも言うかも知れないが、聞いてくれ」

 克臣は変わらず障壁を張り続けるジェイスをチラ見し、彼の頷きを得ると天也に目を戻す。当然ながら、天也をこの障壁の先に送り出すわけにはいかないのだ。

 天也は険しい顔で見下ろしてくる克臣の目に、居心地の悪さを感じずにはいられなかった。そんな彼の両肩に手を置き、克臣はくるりとその体を反対向きにする。

 二人の前には透明な障壁があり、その先にはドラゴンと戦うリンや唯文たちの姿があった。

「……俺たちは、銀の華。この世界に住む人々の笑顔を護るために活動する、自分勝手な自警団だ。これまで色々な戦場に立って、あんなふうに戦って来た。だから、ある程度の危険は承知でいる。だが天也、お前は違う」

「……」

「天也は唯文が護りたい親友だ。そして、今回に置いては女神に攫われた被害者でもある。更に言っちゃなんだが、剣や魔法という戦う武器を持たない、違うか?」

「違いません」

 素直に返答し、天也は俯く。自分がただの学生であることを、こんなに悔やむ日が来ようとは思わなかった。

 目に見えて肩を落としている天也が可哀そうになり、ジェイスは障壁を創る手を緩めることなく、正面を向いたままで口を出す。

 ジェイスの両手のひらを起点にして、透明な壁が戦場とこちら側を隔絶するように創り出されている。何度か炎の塊や氷がぶつかっているのだが、びくともしない。

「克臣、ちょっと言い過ぎだ。天也も気にすることはないよ。日本に生まれて、普通にモンスター相手に戦闘を演じられる克臣が特殊事例なんだから」

「ジェイス、お前も口が減らねぇな」

「克臣に言われたくないな」

 ジェイスと克臣の気の置けないやり取りを見て、天也は軽く吹き出した。そして、高校で最後に唯文と会った時のことを思い出す。

 あの時、唯文は自分と同じ高校生にしか見えなかった。確かに耳や尻尾がある時点で日本人ではないのだが、そんなことは全く気にならなかった。

 最後の日、唯文は泣いていた。天也自身も泣いていたと思う。それくらい、近い存在だった。神だと名乗る者に「唯文を忘れるか?」と問われた時も、天也は「覚えている」選択をした。

「……でも、やっぱりんだな」

 刀を振りかざし、振り下ろす親友の姿は、高校生活ではまず見ることの出来ない面だ。ドラゴンの吐く炎に立ち向かい、撫で斬る。その必死な表情を、天也は見たことがない。

だとも言えるよ、天也」

「ジェイス、さん?」

 天也が目を瞬かせると、ジェイスは横顔で笑う。

「わたしはこちらの世界の生まれだが、克臣は天也と同じ世界の生まれだ。そこにいる晶穂もそうだね。そして、リンや唯文、甘音はこちらの人だよ。でも、そんなことは小さなことだと思うけどな」

「そう、でしょうか。見た目もスペックも、違い過ぎます」

 天也の訴えに、ジェイスは苦笑いする。克臣はあえて口を挟まず、彼が何を言うのか見つめている。時折降りかかる火の粉を真っ二つにしているくらいのものだ。

 克臣の早業を見て、甘音が目を丸くしている。

 ジェイスはそれらに気付きながらも、スルーする。そして、天也にのみ意識を向けた。

「育ちも生まれも違えば、多少の違いが生じるのは当たり前だね。でもそれ以上に、きみにはその人自身を見てほしい。本質、というのかな」

「本質……」

「難しい言葉は抜きにしても、例えば……。晶穂は日本生まれだけど、異世界人のリンの恋人だ。その関係性は、世界の違いを超えていると思うんだけど、どうかな?」

 突然ジェイスに名指しされ、晶穂は顔を真っ赤にした。更に注目を集め、アワアワとしている。

「じぇ、ジェイスさん!」

「ふふっ、蚊帳の外だったからこちらに引っ張り込んでみたんだ。ごめんね」

 ジェイスが笑いながら謝ると、晶穂は「仕方ないですね」と肩をすくめる。その短いやり取りを見ていた天也は、小さく呟いた。

「……俺も、唯文とは親友だと思ってる。確かに、ですね」

「そう。だから、きみは今まで通りに唯文と親友でいてあげて欲しいな。彼がこの先も、真っ直ぐに立ち向かえるように。あの子が今護りたいと思っているのは、天也なんだからね」

「―――はい」

 隣で戦うことは出来なくても、待つことは出来る。それは正直しんどいが、信じて見守ることも一つの戦い方やりかたなのだ。

 その時、天也の腰に何かがぶつかった。見下ろせば、甘音がくっついている。

「甘音?」

「天也さんは、もう仲間だよ。一緒に、ここで戦ってるから」

「……ありがとう」

 甘音の頭を撫でてやり、天也は顔を上げた。障壁の向こうで、ドラゴンと渡り合う親友の姿を探す。

「唯文……」

「わたしたちもここにいる。絶対に大丈夫」

「だな」

「はい。信じてますから」

 ジェイスと克臣、更に晶穂の言葉を受け、天也は手を握り締めた。

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