第421話 友との再会
何処までも続く清涼な森の道は、唐突に終わりを迎えた。生き物の気配もなく、心細さを感じるか感じないか、というギリギリの境界線だった。
「うっ」
突然
青々とした葉が日の光に
「でっかい」
近くまで寄ったユーギが呟く。彼の隣に立った唯文も、素直に頷いた。
「ああ。こんなに大きな木、見たことない」
幹に触れると、呼吸するかのように脈打つのが感じられた。その感触におっかなびっくりしながらも、唯文はくるりとリンたちの方を向いた。
「この辺りに、甘音はいるんでしょうか?」
「正直、わからない。だけど、可能性はとても高いと思っているんだ」
リンは木を見上げ、それから周囲に目を光らせた。ここには自分たち以外誰もいないようだが、油断は出来ない。
その時だった。彼らの後方で、ガサリと音がしたのは。
「誰だ」
「……!」
リンの誰何に、草むら鋭く問いかける。するとビクッと動いた後に、何者かが姿を見せた。
「え……」
現れた者の姿を見た瞬間、唯文は虚を突かれた。相手もこちらを見て目を見開いている。彼の隣には甘音がいて、ぱっと顔を輝かせた。
「甘音!」
「みんなだ! 来てくれた!」
タタタッと飛ぶように走って、甘音は晶穂の胸に飛び込んだ。晶穂は勢いに押されて少しよろけたものの、持ちこたえる。
「よかった、無事で」
「甘音、元気そうだね」
「晶穂さん、ユーギくん!」
ひょこっと顔を覗かせたユーギも微笑み、甘音は目を潤ませて目一杯の笑顔を見せた。
リンたちもその様子に目を細めたが、唯文の様子が尋常ではない。
「おい、どうした? 彼が……」
「あいつは、
絞り出された答えに、リンは「えっ」と声を上げた。
「天也って、まさか」
「そのまさかです」
頷き、唯文は奥歯を噛み締めた。油断すると喜びが勝って、泣き出してしまいそうだったからだ。
それは天也も同じらしく、大きく目を見開いて硬直している。それでも何度か瞬きをすると、よろりと一歩前に出た。
「お前、唯文……?」
「ああ。久し振りだな、天也」
「何だよ、お前。泣きそうな顔してんじゃん」
「そっちこそ」
互いが目の前にいて、くしゃりと顔を歪める。泣き出しそうな表情で、笑い合った。
天也は握手をしようと右手を出したが、ふと立ち止まる。唯文は不思議そうに彼を見た。
「元気そうでよかっ……あーダメだ! すっげぇ嬉しい!」
「え? あ、ちょい待て! 天也!?」
唯文が止めるのも聞かず、天也は唯文に抱きついた。思いもよらない展開に、唯文は混乱して顔を真っ赤に染めた。
「離れろ、バカ天也!」
「喜んでるだけじゃないかよー。ちぇっ」
「ちぇっ、じゃねぇ」
渋々といった様子で唯文から離れた天也は、それでも心底嬉しそうに唯文を見た。
唯文は若干乱れた服を整えて、ため息をつく。ようやく冷静さを取り戻した。
リンたちは普段あまり取り乱さない唯文の一面を見て、二人の様子を優しく見守っている。
「でも、本当にここで会えるとは思ってなかったんだ。あの女神様は、俺を切り札だって言ってたしな」
「女神様って、もしかして……」
思わず話に首を突っ込んだ春直に、嫌がる様子もなく天也は「ああ」と答えた。
「ヴィルっていう女神様だよ。……やっぱり、あんたらも知ってるんだな」
「ああ。俺たちは、そのヴィルに会わなきゃいけないんだ」
リンが言うと、天也は彼をしげしげと見詰めた。まさか見詰められるとは思ってもおらず、リンは困惑を顔に浮かべる。
「何だよ……?」
「ああ、いや。唯文がよく話してくれた人たちが目の前にいるんだと思ったら、ちょっとびっくりして」
「おいっ、天也!」
唯文が止めようとするが、天也は止まらない。リンを少し見上げて笑う。
「あなたが団長のリンさんだ。そして、そっちがリンさんの彼女の晶穂さん。で、兄貴分の克臣さんとジェイスさん」
名指しされた面々は、顔を見合わせ軽くそうだと示すために頷く。晶穂は「リンさんの彼女」と言われて淡く頬を染めた。
更に天也は、年少組へと目を向けた。
「そっちはユキ、ユーギ、春直だろう?」
「おおっ、正解だよ! でもよく知ってるね?」
ぱちぱちと手を叩いたユーギが首を傾げると、天也は笑って答えを教えてくれた。
「こいつが」
そう言って、唯文に親指を向ける。
「こいつが全部教えてくれたんだ。本当に楽しそうにあなた方のことを話すから、本当に親しく大切な人たちなんだなって思ってたよ」
「おい、天也」
「照れるなって。あんなに楽しそうに学校の屋上で話して……ふがっ」
「頼むからもう黙れ……」
唯文は天也の口を背後から塞ぎ、開いた方の腕で軽く絞める。彼の顔が赤くなったのは、天也に色々なことをばらされて恥ずかしくなったからに他ならない。
天也がギブアップだと腕を叩いたため、唯文は彼を許し自由にしてやった。
「はぁ、苦しかった」
「自業自得だろ」
唯文に睨まれ、天也は肩をすくめる。そして、晶穂にくっつく甘音の前に膝を折った。
「甘音、仲間が来てくれてよかったな」
「うん。天也さん、ありがとう!」
満点の笑みを浮かべる甘音に、天也はほっとした顔で笑顔を返した。ぽんぽんと頭を軽く撫でるように叩き、天也は立ち上がった。くるっと体ごと振り向くと、リンたちを見る。
「ここは、女神の統べる地です。きっと、俺と甘音が皆さんと出逢ったことも彼女は把握済みでしょう。もうすぐここへ来ることも考えられますが……」
「勿論、迎え撃つ……はおかしいか。ここでヴィルの訪れを待つよ」
リンはそう言って、仲間たちを見回した。誰もここを離れようなどと言う者はいない。何のためにここに来たかと言えば、甘音を送り届けるためともう一つ。
「俺たちは、ヴィルにも用があるんだ。心配してくれてありがとな、天也」
ニカッと笑った克臣は、何かに気付いて「ん?」と顔を上げた。彼と同様の反応を示した唯文と春直、そしてユーギが辺りを見回す。
「何か」
「来るね」
「これは……大きな羽ばたきの音?」
「―――あっ、見て!」
晶穂が指差す方に目を向けた一行は、太陽を背にして大きな翼を羽ばたかせる何かを見付けた。逆光で真っ黒な影にしか見えないそれは、次第に色を帯びていく。
「ドラ、ゴン!?」
リンたちの頭上を覆うように飛ぶのは、白銀に光り輝くドラゴンだった。
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