第417話 同じ立場のやつだよ
夢の中で、『甘音』は小鳥に触れようとしていた。けれど、それを目の前で見ている甘音は自分自身に手を伸ばした。
「だめっ」
しかし『甘音』は嬉しそうに小鳥に触れ、鳥が変化する。巨大化し、真っ白に輝く大きな鳥が『甘音』の肩を掴んだ。抵抗する間も無く、飛び上がる。
「これ……晶穂さんの視点?」
自分が自分と目を合わせるなどあり得ない。ならば、自分は晶穂の立場で自分に起こったことを見ているのか。
『甘音』が必死にこちらに手を伸ばす。だが、甘音は強烈な背中の痛みに耐えかねてそれに応じることが出来ない。
「あき、ほさん……」
その場に座り込み、甘音はやってきた眠気に身を任せた。この場が夢だということはわかっている。だから、きっと夢から覚めるのだろう。
誰かの手の温かさを感じ、甘音は目を閉じた。
「ん……?」
ぼんやりと目を覚ますと、真っ白な光が射す。視界に映る景色はほとんどが白く、甘音は天国に来たのかと錯覚した。
しかしそこが天国でないことは、ぬっと顔を見せた者によって明かされる。
「あ、起きた」
「だぁ、れ?」
「あんたと同じ立場のやつだよ」
「?」
意味がわからず、甘音は上半身を起こした。寝かせられていたのは大きくて柔らかなベッドの上であり、身を起こせば周囲に幾つかの家具があることも判明した。
そして、目の前には椅子に座ってこちらを窺う年上の少年の姿がある。
甘音はきちんと目を開けて、その大きな瞳で少年を見上げた。リンよりも色の濃い、克臣によく似た髪の色と瞳の黒。そして、誰かによく似た真面目な雰囲気。
じっと少年を観察していた甘音は、小さく声を上げた。
「似てる。唯文さんに」
「唯文に? ……へぇ、あんた面白いこと言うなぁ」
クックと笑った少年は、甘音に水を手渡しながら自己紹介した。
「俺は
「わたしは、甘音。あの、天也さんは唯文さんのお友だち?」
「ああ、そうだよ」
ふっと目元を緩め、天也は笑った。懐かしむような、寂しいようなそんな笑みだ。
「同じ高校に通ってた、クラスメイトだったんだ」
甘音には、天也の笑みの意味はわからない。しかし、何か事情があるのかと突っ込むことはしなかった。
「そっか……。でも、どうしてここに? というか、ここって何処?」
「あんた、忙しいな」
楽しげに呆れ、天也は椅子から立ち上がった。そしてベッドから見える窓際に歩いていくと、窓に手を掛ける。
「見てみるか?」
そう言いつつ天也が窓を開けると、甘音は目を丸くした。
「きれい……」
爽やかな風と共に甘音の目に飛び込んできたのは、存在感のある巨木だった。青々とした葉をこれでもかと繁らせ、日の光が葉を透過してキラキラと輝いている。
その周辺へと目を移せば、巨木に及ばないまでも立派な木々が真っ直ぐに空へ向かってたくさん生えている。その根本には草や小さな花が揺れ、何処までも緑の世界が広がっていた。
何処となく、絵本や物語に出てくる神さまのいる場所のようだと思った甘音は、ふとそれにあたる場所の名を思い出した。
「もしかして、神庭……?」
「そう呼ばれてるらしいな。俺はあっちの世界から連れて来られてからずっとここにいるから、らしいってことしか知らないけど」
「来たんだ、神庭に」
「あんたも誘拐されたようなもんだろうけどな」
正論を言う天也の声は、甘音の耳を素通りする。レオラと約束した場所にようやく来られたのだ。これで興奮しない方が驚きだろう。
甘音はベッドを下りて、窓枠を掴んだ。身を乗り出して、庭の全体を目に焼き付けるように見詰める。
キラキラと目を輝かせ、甘音は見守っていた天也を振り返る。少し天也が引くくらいの勢いで、彼に迫った。
「あのっ、あの木の傍に行きたいです!」
「わかったから、落ち着け」
鼻息荒く巨木を指差す甘音に、天也は苦笑するしかない。それでも何とか深呼吸させると、ポリポリと頭をかいた。
「あの人には、あんたの好きなように過ごさせろって言われてるからな。……まあ、良いだろ」
「あの人?」
甘音の疑問には答えず、天也は甘音の背を軽く叩いた。それから、部屋の戸の前まで歩いていく。
どうしたら良いかわからずに戸惑い立ち止まる甘音を振り返り、天也は戸を開けながら言う。
「ほら、見に行くんだろ? 行くぞ、甘音」
「───はいっ」
ぱっと笑顔を見せ、甘音は天也について行くため駆け出した。
甘音は巨木の前に立つと、そっと幹に手を滑らせる。デコボコとした凹凸は、この木が永遠に近い時間をここで過ごしたことを示すようだ。その決して肌触りの良いとは言えない木の皮を撫で、甘音は額をつけ目を閉じた。
「やっと、来られた。わたしが辿り着くべき、宿命の地に」
「あんた、ここを目指してきたのか。一人で、はないよな?」
瞼を上げ、振り返った甘音は頷く。
「はい、リンさんたちと一緒でした。……唯文さんとも」
「ふぅん。……あいつ、元気?」
「元気です。ユーギくんたちのお兄さんみたいで、みんなに慕われて。すごくかっこよく立ち回るんですよ!」
幾つかの戦いで唯文の動きを見ていた甘音が、興奮した様子で話す。その話には年少組は勿論、リンやジェイスらの話も混じる。
二人は巨木の根もとに座り、日の光を浴びながら過ごす。
天也は「うんうん」と相づちを打って聞いていたが、不意に甘音が黙ってしまったために首を傾げた。見れば、甘音の指が彼女自身の服の裾を握り締めている。
「甘音……?」
「――わたし、戻らなきゃ。みんなに無事だよって、知らせなきゃ」
「あ、おいっ」
天也の制止を振り切り、甘音は跳び出した。真っ直ぐに森へと分け入って、帰り道を探す。天也は突然の行動を見て呆気に取られていたが、すぐさま追い付いて甘音の手を掴んだ。
「待て。ここで闇雲に動いても出られや……っ、おい」
「それでも、探さなきゃ。たくさん迷惑かけたから、ちゃんと着いたよって教えないと……っぐず」
天也を睨む甘音は泣いていた。大粒の涙をボロボロと流し、しゃくりあげる。天也は「まいったな」と困りながらも、甘音の背をぽんぽんと叩いてやった。
「ごめん、なさい。驚かせ、ました、よね」
数分後、ひっくひっくと懸命に涙を止めようとしながら、甘音が天也の服を握った。まだ幼い、小学生くらいの年齢だろうにと推測しつつ、天也は頭を振る。
「構わない。こんなところに突然連れて来られて混乱してるんだろ。俺もそうだったし、出来れば抜け出したいんだけどな。……ここの主が許してくれないんだよ」
「あるじ?」
泣いた影響で赤くなった目元を拭い、甘音が首を傾げる。
果たして『あるじ』とは誰かと考えを巡らせ始めた時、天也が息を呑む音が聞こえた。少し顔を上げ、天也が見ている先を見る。
「あ―――――」
「お久し振りね、甘音。姫神候補の少女よ」
そこにやって来たのは、ヴィルアルト。リンたちが依頼を受けて探している女神だった。
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