見えない世界と見えない心
第416話 見付けた境界
レオラが去った翌朝、晶穂は目覚めると伸びをした。何となく、昨日よりも体が軽い気がする。
「気のせい、かな」
「そうでもない」
「え……!」
声のした方を振り向くと、リンがテントの隅で胡座をかいていた。少し照れくさそうに小さく手を挙げる。
「おはよ、晶穂」
「お、おはよう。リン」
リンと晶穂がいるのは、晶穂のテントの中だ。
「───っ」
ぶわっと顔に熱が集まり、晶穂は慌てた。何故リンが自分のテントの中で座っているのかわからない。
(間抜けな寝顔見られた!?)
今更感も拭えないが、晶穂にとっては重要なことだ。早朝で頭も働いていないためにおろおろする晶穂に、リンは説明を試みた。
「と、とりあえず落ち着け。説明するから」
「あ、うん……」
深呼吸をして、晶穂はまだ赤みの残る顔で微笑んだ。
「ごめんね、取り乱して」
「問題ない。……俺も同じようなものだしな」
「何か言った?」
「いや」
小首を傾げる晶穂に軽く首を横に振り、リンは昨夜の出来事を話した。レオラと話し、彼が晶穂に魔力を分けてくれたことをだ。
「そっか。だから、体が少し軽いんだ」
リンの話を聞いて納得した晶穂は、のそのそと起き出した。寝袋を畳み、小さな毛布も一緒に仕舞う。この毛布はもう必要ないだろう。
晶穂が起きたのを確かめ、リンは席を外すことにした。
「じゃあ俺は、みんな起こしてくる。後でな、晶穂」
「うん、後でね」
「…………はぁ」
晶穂のテントを出て数歩、リンはようやく胸を撫で下ろした。彼が進む先には、火の後始末をするジェイスの姿がある。
「お姫様は起きたかい、リン」
「姫って……。はい、晶穂は起きてますよ」
「ふふっ。やっぱりお姫様を起こすのは王子様じゃなきゃね」
「……そのネタ、そろそろやめてくれませんか」
うんざりとしつつ顔を赤くするリンに、ジェイスは悪びれる様子もなく「ごめんごめん」と笑いながら謝る。
「リンをからかうのが楽しくてつい、ね」
「つい、じゃないですよ。……夜も、まさか後ろにいるなんて思いもしなかったんですから」
ジェイスの後始末を手伝って土をいじりながら、リンは文句を言う。
昨晩深夜、リンが晶穂の穏やかな寝顔を見詰めていると、背後で何かが動く気配がした。レオラが戻って来たのかと振り返ると、ジェイスが楽しそうな顔をして立っていたのだ。
「ジェイス、さんっ!?」
「おや、わたしがいたら迷惑だったかい?」
驚きつつも声量を抑えるリンに感心しつつ、ジェイスは彼の隣に膝をつく。そして、晶穂の顔色が戻ってきていることに気付いた。
「何かあった?」
「……レオラが来て、晶穂に魔力を分けてくれました。そういうことを俺は出来ませんから、こいつが落ち着いてほっとしてたところです」
「そうか」
ジェイスとしても晶穂の不調は最も気になることの一つだったため、良い方向に向かってほっとした。そして、少し複雑な顔をする弟分の頭を軽く撫でてやった。
「……子どもじゃないですよ、俺」
「人にはそれぞれ役割があり、出来ることと出来ないことがある。それを補い合うのが銀の華だろう? 気に病むなよ、リン」
「大丈夫ですよ」
「そう。……火の番、代わるよ。リンはここでそのまま寝てしまえば良い。誰にもここを襲わせはしないから」
「は……い……」
ジェイスが来て安堵したのか、リンの瞼が重くなっていった。そのまま朝を迎えて、場面は冒頭へと戻るのだ。
「さあ、みんなを起こしてくれるか? リン」
「はい」
火の後始末を終え、リンはジェイスに促されて仲間たちのテントへと向かって歩き出した。
準備が整い、リンたちは再び山道を行く。その道すがら、リンは仲間たちに昨夜のことを話し伝えた。
レオラのことを思い、克臣が目を伏せる。
「会えたのに拒否られた、か。レオラも辛いな」
「ええ。もう一度会うための道を見つけると言って消えていきましたが」
リンが空を見上げる。進むごとに薄暗さを増すが、丁度木々の枝の間から青空が見えたのだ。
数秒間ぼんやりとしていたリンは、傍で聞こえたジェイスの呟きに目を瞬かせる。
「あのひとは言葉足らずなことがしばしばあるようだから、何処までヴィルにきちんと伝えられているのかな」
「何の話です?」
「杞憂、かな」
ジェイスは言葉をはぐらかし、先を行く年少組に足元への注意を促した。
「岩が多い。転ばないように気を付けてくれよ!」
「わかった。ありがとう、ジェイスさん!」
年少組を代表して、ユーギがこちらに手を振った。若干の疲労が見られるものの、彼らはまだまだ元気らしい。
彼らの元気に安心したリンだったが、ふと傍にいたはずの晶穂の姿がないことに気付いた。辺りを見回せば、十数メートル後方で
「晶穂、どうかしたのか?」
「あ、あのっ」
きゅっと両手を握り締め、晶穂が訴える。
「お願いします。みんな、ここまで戻ってきてください!」
「何か見つけたのか?」
「えー、ここまで来たのに?」
リンが首を傾げ、ユキがロッククライミングをしながら不平を言う。それでも年少組は顔を見合わせると、素直にこちらへ駆けてくる。晶穂がただの思い付きで全員を制するなどあるはずがない、と誰もが信じて疑わない。
「何かあったんですか?」
「晶穂、ゆっくりで良いから話してくれよ」
唯文と克臣に問われ、晶穂は仲間の顔を順番に見てから空中を指差した。
「……ここに、結界の壁があるんです」
「結界の……って、もしかして!」
晶穂が言う結界の意味がわかり、リンは声量を上げた。その声に驚いたユキたちが、今目を覚ましたかのような顔をした。
「『もしかして』って、兄さん何か知ってるの?」
「知ってると言うか、レオラが言ったんだ。神と特殊な繋がりを持つ者でないと神庭は見付けられないってな」
兄弟の会話を聞き、春直がポンッと手を叩く。
「確かに、さっき団長が教えてくれた中にありましたね」
「あったっけ、春直?」
かくんと大きく首を傾げたユーギに、春直は若干呆れた顔を向けた。
「……あったよ。それこそさっきのことだったじゃないか」
「へへっ、そうだったね」
悪気の全くないユーギに言い返すのを諦めた春直は、真っ直ぐにリンを見上げた。
「晶穂さんの言った通りここに結界があるのなら」
「ああ。……いるんだろうな、女神さまが」
「触ってみるね」
全員の視線を受け止め、晶穂は一歩二歩と前へ進む。そして何もない空間の前に立ち止まると、ゆっくり恐る恐る両手を挙げた。
「やっぱり、ある。ここに」
晶穂の手のひらが、パントマイムのように何かに触れている。そして触れる時間が長いほど、少しずつ透明が半透明になりかけていく。その白く輝く網の目のような模様を描き出す壁は、数分後には晶穂たち全員の目に届いていた。
「大きい……」
ユキの口から零れ出た感想は、全員が一瞬は思ったものだ。
先程ユキたちがロッククライミングの要領で登っていた崖の姿は揺らぎ、巨大なドーム状の結界がその辺り一帯を覆い尽くしている。
「……」
晶穂は目を閉じ、結界の綻びを探す。少しでも弱いところを見付けて、侵入経路とするためだ。
「……見付けた」
そっとしゃがみ、晶穂は結界の一部に手をかざす。すると彼女の魔力と反応し、結界にひびが入った。
「ここから入れる。──行こう」
「ああ」
晶穂が開けた境界を通り、リンたちはようやく神庭への鍵を掴んだ。
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