第414話 王国はほくそ笑む

 レイガに紹介された研究者に伴われ、メイデアは『扉』が現れたという場所へやってきた。

 その場所は思いの外城のある首都から近く、馬で一時間程の距離だった。その村里の更に山奥、女王という身分を隠して市井の研究者のような格好をしたメイデアがやって来たのは、清涼な空気が流れる里神さとがみの聖地だった。

 里神とは、その地で古くから細々と信仰が受け継がれる神のことである。その信仰は王国によって否定されることはなく、多種多様な神がこの大陸では信じられているのだ。

「こちらですよ。じょうお……メイさん」

「ええ。ありがとう」

 メイデアという本名ではなく、この場では「メイ」が彼女の名だ。

 メイは研究者にの指差す方を見て、思わず目を見張った。

「あれは───」

 神を祀る祠のすぐ脇に、キラキラと雨上がりの花のように輝く扉があった。日の光を浴びて、透明感のあるそれは存在した。

 誰が彫ったかもわからない装飾は、紋様が幾つも重なったようなデザインで、彼女を魅了する。一歩ずつ近付き、扉に触れようとしたメイの背後で声がした。

「メイさん、それ以上近付いてはなりませんよ」

「!」

 振り返れば、そこには黒淵眼鏡の研究者が緩く首を振って立っている。優男の風貌だが、そこにある意志は強い。

「それ以上近付けば、何かあってもお助けすることが出来ませんので」

「……わかった、わ」

 至極残念そうに渋々扉から離れたメイに頷き、研究者の男は説明を始めた。

「先に説明しました通り、この扉はソディリスラのある場所と繋がっていることがこの度判明致しました。私の助手と共に実験を行い、それを証明しております」

 男と共にいる青年が、こくっと頷いて見せた。彼が助手なのだろう。

 メイは待つことが出来ずに先を乞うた。

「では、その場所とは?」

「はい。こちらでご説明します」

 男は冷静に、助手に地図を持って来させた。彼が地図を広げるのを待ち、指差す。その地図は、この世界の地図であった。

「……ここは、ソディリスラの北側?」

「はい、北の山脈と呼ばれる地域にあります。そこに、ここの里神と同じ神が祀られていた祠が残っているのです。既に住む者もおらず廃墟同然で忘れられた地ではありますが、聖地同士で引き合ったのでしょうね」

「北の地……」

 メイの耳に、研究者の声は断片的にしか聞こえていなかった。何故なら彼女にとって重要なのは、なのだから。

 扉が北の山脈近くに繋がっているということは、メイが求める神庭に近い場所と繋がっていると同義だ。

 永遠と研究成果を並べ立てる研究者の言葉を遮り、メイは身を乗り出した。

「お尋ねしますが、この扉は無生物を運ぶことも可能なのかしら?」

「は……無生物、ですか?」

 困惑顔の研究者たちに、メイは「ええ」と頷いた。それこそが肝要なのだと。

「例えば、武器。弾薬。そんなもの」

「……可能、かと。助手は着たものも身に付けたものも共に転移しましたから」

 メイの思惑がわからず、研究者は慎重に答えを口にした。メイは満足げに「そう」と微笑むと、研究者たちの手に金貨を落とした。その値段は、彼らの月給の軽く十倍。

「こんなに、貰えませんよ!?」

「良いのよ。わたくしの我が儘に付き合ってくれたのだから、当然の報酬。わたくしのお金だから気にしないで」

 国家予算ではないとほのめかし、更に暗に他言無用と釘を刺す。研究者たちもそれに気付き、神妙に頷いた。

 メイは笑みを浮かべると、身を翻した。傍に付き従っていた男に、指示を出す。

「この辺り一帯を、わたくしの土地として。条件があれば、ある程度なら呑むと地権者に伝えなさい」

「御意」

 この国に、女王に逆らおうという人間は存在しない。逆らえばどうなるか、誰もが何年も前に目にしている。

 だから交渉など不要のはずだが、メイデアは形だけであっても契約をきちんと交わす。それが一応の礼儀だと信じているのだ。


 研究者たちを伴って山を降り、居城の自室へと戻る。新たに持ち込まれていた書類や書状に目を通していた時、戸が叩かれた。

「入りなさい」

「失礼致します」

 入室の許可を得て入ってきたのは、国の通信を司る役所の役人だった。真面目で仕事熱心な彼女は、メイデアを前にして深々と頭を下げた。

「挨拶は良いわ。用件を」

「はい。先程スカドゥラ王国近海にて、戦艦からの通信が入りました。女王様に繋いで欲しい、とのことでしたので」

「ありがとう」

 にこりと微笑めば、役人の女性は頬をわずかに赤らめた。そして「お部屋に回線を繋いでおります」と言うやいなや、最敬礼をして退出していく。

「さて、と。ベアリー、ね」

 ベアリーとダイが王命によってスカドゥラを発って、数日が経った。その間何かが起こり、彼女らは王命を忘れてしまったらしい。

 信じられない思いだが、本当ならば仕方がない。原因を糾明し、再び送り出すだけだ。今度は、あの『扉』を使って。

 そんなことを思いながら回線を繋げたメイデアの耳に、既に懐かしいベアリーの静かな声が響く。

『女王様、この度は誠に申し訳ございません』

「何かあったのでしょう、ベアリー? あなたが王命を忘れしくじるなんて、初めてなのだから」

『はっ』

 恐縮しきって萎縮するベアリーに、メイデアは尋ねた。本当に何も覚えていないのか、と。

『はい。残念なことに、ソディリスラに来たことすらも判然としません』

「それは、戦艦に乗る全員か?」

『いえ、森にいた者だけです。ここにいる行真いくまという兵士を含む五人のみ、女王様の命令をきちんと覚えておりました』

「そう、か」

 覚えていた者がいても、それを真実だとすぐに信じないのがベアリーだ。確実な証拠が欲しくて、メイデアのもとへすぐに戻ろうと考えたのだろう。

 メイデアはベアリーの行動を咎めず、別のことを口にした。

「ベアリー、あなたは後どれ位で国に着くの?」

『はっ。夕刻には』

「ならば、着き次第即刻、我が部屋に来なさい。その場にて、あなたの報告を改めて聞く。更に新たなめいを与えることとする」

『承知致しました。では』

「ええ」

 回線を切り、メイデアは手近にあった水の入ったコップに口をつけた。ここから始まる全てのことを思うと、わくわくしてくる。

「銀の華、そして神庭よ。……宝物は、我が国が必ず手に入れてみせる」

 おそらく、ベアリーの報告から見えてくることもあろう。メイデアはそう信じて、水を飲み干した。

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