第412話 唯文の鞘
たった一羽残った怪鳥は、懸命にジェイスたちの攻撃を躱していた。ジェイスの魔弾を受けて片翼の羽根が幾つも舞うが、構いはしない。
──ピイィィィィィッ
波紋を描いて広がる音波は克臣の肌を裂き、ユーギの頬に傷をつける。
唯文が頭上を見上げれば、リンとユキ対怪鳥による空中戦が激しく繰り広げられていた。兄弟が押しているのを感じ、唯文は己を鼓舞した。
「負けて、いられないよな」
カチリと
閉じた瞼の裏で、仲間の位置を把握する。それぞれ特有の気配があるために、間違えることはない。数ある気配の中、たった一つ動き回るものに狙いを定めた。
「―――っ、たあっ!」
フッと短く息を吐き、唯文は気合いと共に真っ直ぐに刀を振り下ろした。その刃が、何か硬いものを捉えて切り裂く。手応えがあり、唯文は瞼を上げた。
――ギィ、ギイィ
懸命に片翼で羽ばたく怪鳥は、その白く輝く目でぎろりと唯文を睨みつけた。唯文の魔刀には、白い羽根や青い液体が貼りついている。魔刀が怪鳥の翼を斬ったのだ。
「よし」
血振りをし、鞘に刀を収める唯文を隙があると見た怪鳥は、飛ぶことを止めて足を地につけた。そのまま駆け出すと、即トップスピードを叩き出す。
「唯文兄!」
「―――くっ」
気付いた春直が手を伸ばすが、それよりも先に唯文が鞘に入ったままの魔刀で防御を図った。ぎりぎりと鞘を握り潰そうとする怪鳥の足と、その力に抗う唯文の一騎打ちとなる。
ズルズルと少しずつ後退させられる唯文は、鈍い音をたてる鞘が壊れるまでの時間を考えていた。小さなビキッという音が連続する。
(鞘がなくなれば、そこにあるのは刀身だ。掴んでいれば斬れるから、必ず離す)
それまで耐えれば勝機はあると踏むが、体重をかけ押してくる相手に手がブルブルと震えた。少しずつ握る力が失われていく。
「ふっ……くぅっ」
残った力で押し返そうにも、相手も死に物狂いなために一手にもならない。真っ赤な顔をして耐える唯文だったが、視界の端で何かが動くのを見付けてそれを目で追った。
「……?」
そちらに顔を向けそうになるが、集中するよう合図されて視線を戻す。少しだけ、唯文の心に余裕が生まれた。
(──さて、と)
トントントンッという音もなく空気の階段を上っていた克臣は、気配を消して怪鳥の背後に立った。怪鳥は唯文との力比べに夢中だ。
わずかな時間克臣と唯文の目が合ったが、怪鳥は気付きもしていないらしい。好都合だ。
大剣を背負うように構え、克臣は足場を蹴った。落下による力と速度を利用して、怪鳥の背中に叩き込む。
刃が触れる一秒前、克臣はその場で初めて声を出した。
「唯文、耐えろよ!」
「はいっ」
──!? ギァァァァッ
怪鳥が逃げる間も与えず、克臣の刃がその真っ白な体を両断した。そのまま怪鳥が唯文に倒れ込んで来たが、のし掛かる衝撃はない。
「……あ、ジェイスさん」
「間に合った。怪我はないかい、唯文」
唯文は衝撃を恐れ目を閉じた際にバランスを崩したが、ジェイスに手を引かれ支えられていた。またジェイスが創り出した障壁によって、青い液体からも守られる。
ドシャッと障壁にぶつかった怪鳥は、徐々に欠片となって消えていった。
「お、終わった……」
脱力して座り込んだ唯文に「お疲れ」と言って
「直すか、新しいものにした方が良さそうだね」
「はい。帰ったら、父さんに相談します」
もともと、唯文の魔刀は彼の父親から貰ったものだ。そちらの知識や伝手は、
「それが良い」
刀を唯文に返しながらそう言ったジェイスの前に、克臣が飛び下りる。彼もまたジェイスが創った足場に着地して、更に地上へと下りた。
「終わったか?」
「この場では、ね」
「……だな」
ふっと息を吐いた克臣の後ろで、何かが地面にぶつかる音がした。同時に「うわっ」というユーギと春直の声が聞こえる。
「なんっ……なるほど」
驚き振り返ると、そこには事切れて魔もない怪鳥が落ちていた。見上げれば、こちらを見下ろすリンとユキが見える。
(二人とも、若干気配が鋭いんだが……)
わずかな怒気を隠しきれていない二人に苦笑し、克臣は彼らに下りてくるよう合図した。素直に従った二人が、かすかな足音のみをさせて着地する。
「こちらも終わったみたいですね」
「ああ、どうにかって感じだけどな」
サラサラと消えていく最後の怪鳥を見送り、克臣は伸びをした。
「手荒な出迎えだったけど、こっちも適度な対応が出来ただろ。よし、後は……」
「克臣、リン、見てくれ!」
克臣の言葉を遮り、ジェイスが慌てた様子で一点を指差す。二人が振り返れば、丁度空へと伸びた光の柱が太くなるところだった。
「あそこは、何が……?」
克臣の呟きを耳にしながら、リンは何も聞いてはいなかった。顔は蒼白になり、握り締めた拳が震える。
リンの胸が、不自然に跳ねた。嫌な汗が頬を、そして背を伝っていく。
あそこには、何がいる。誰が身を隠している。
「……には」
「リン? おい、リンどうした!」
「あそこには、晶穂と甘音がいるんです!」
「──っあ、おい。待て!」
克臣の手を振り切り、リンは傷付いたまま翼を広げて飛び立った。ギュンッという風を切る音を聞いた頃には、リンの姿はその場から消えていた。
「速い……」
振り切られた手を見詰めて呟く克臣の背を、ジェイスが叩く。
「克臣、呆けている場合じゃない。わたしたちも行くぞ」
「あ、ああっ」
ジェイスの前を、ユーギと唯文、春直、ユキが駆けて行く。いや、ユキは兄と同様に空を飛んで一歩先を進んでいた。
克臣は手を握り締め、ジェイスに続いて走り出した。嫌な予感がしていたが、それはおそらく全員の心に堕ちてきていた感覚だろう。
彼らの進む先に見えていた光の柱は、徐々に細く姿を変えていく。それがプツンと消えた時、小さな何かが山の先へと消えていった。
それら全てを見詰めていた影は、一つ頷いて身を翻す。その影を背に乗せた真っ白なドラゴンが、小さな何かと同じ方向へと飛び去った。
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