第411話 赤花咲く

 リンとユキが空中戦を戦っていた時、地上ではもう一つの戦いが勃発していた。

 分裂して小さくなったとはいえ、二羽の怪鳥を相手にする必要に迫られたジェイスたち地上組は、二羽による音波の攻撃に苦しめられていた。二羽のうち片方は最初リンたちを警戒していたはずだが、敵の数を見て標的を変えたのだろう。

「ちっ」

 克臣は音による衝撃を大剣で弾き飛ばし、ジェイスは空気の壁で音の刃の力を和らげた。しかし和らげただけで完全に防いだわけではないため、こちらに向かって来るものもある。それはスピードも威力も弱まっているため、ユーギたちでも対処可能だ。

 ――ピイイィィィッ

 ――ピーーーーッ

 二羽同時に鳴き音波を放たれれば、その威力は単純に二倍になる。切り裂く力も重なれば強まり、狙われた春直は封血を閉じ込めた爪を振るって両断した。

 ザシュッと音がして、怪鳥が悲鳴を上げた。春直が音の刃を切り刻んだ勢いのままに走り出し、近くに降りていた怪鳥の片足を切り取ったのだ。

 怪鳥は体の均衡を崩し、苦しげにバサバサと羽ばたく。ドシャッと青い液体と片足が地面に落ち、春直はそこから少し離れた場所に着地した。

 ひゅう。克臣が口笛を吹いて、春直の戦い方を褒めた。

「凄いな、春直。覚醒って感じか」

「そんなに良いものじゃないんですけどね」

 苦笑いし、春直は再び聞こえた怪鳥の声の方を振り返った。

「うわっ」

 怪鳥は思いの外近く、春直は思わず身を固くした。飛び掛かって来る怪鳥は、両足がある。

 万事休すか、と春直が目を瞑る。しかし予感していた衝撃はない。

 恐る恐る瞼を上げた春直の前に、良く知る少年たちの背があった。ユーギがジェイスの空気壁を借りて防御し、唯文は魔刀で弱まった衝撃を斬り落とした。

「ユーギ、唯文兄!」

「諦めるなよ、春直!」

「くっ……。お前が今一番戦えるからな。舞台は用意する、勝てよ」

 二人の激励を受け、春直は両手の爪を伸ばす。

「了解」

 身を屈め、怪鳥の攻撃の隙間をぬって駆け出した。地を捉えた靴が蹴る度に土煙が舞い、春直は片足を失った怪鳥の背後を取った。

 ──ギャッギャッ

 片足の怪鳥が鳴き、ユーギと唯文に気を取られている。二人がめったやたらと怪鳥の攻撃を退けて、反撃しているからだ。

 魔刀に斬られ、怪鳥の腹部が出血する。追い討ちをかけるように、ユーギの回し蹴りが同じ場所目掛けて放たれた。

 ──ギャッ

 追撃に耐え兼ね、怪鳥が空中へと逃げる。そしてその方向は、春直が待ち受ける方向でもあった。

「春直!」

「いっけぇ!」

 ──!?

 急停止して方向転換しても、もう遅い。

 春直の濁した右目が、燃えるように輝く。

「───っ」

 短く息を吸い込み、春直は小さく詠唱した。

「『操血そうけつ』──赤花せっか!」

 春直の両手の爪の色が変わる。血のような赤に変化し、太く大きく変わっていく。

 そのまま地を蹴って跳び上がると、春直は大きく指を広げて振り下ろした。

 ──ビイィィィィィッ

 怪鳥が断末魔を上げ、体が六等分された死体が転がった。その周りには花が咲いたかのように、青い体液か血液が散らばった。これが別の生き物ならば、花は赤く染まっただろう。

 しかしそれも束の間で、サラサラと細かい砂のように分解されて消えていく。

「はぁっ、はぁっ……はっ」

 耳元で聞こえるドクドクという音が外に飛び出すのではないかと恐れながら、春直はゆっくりと立ち上がった。手のひらを見れば、丁度怪鳥の青い液体が消え去るところだ。

 胸に手を当てて息を整え、春直はぐるっと首を巡らせ振り返る。

「……まだ、終わらないよね」

 瞳に映るのは、両足を揃えた怪鳥だ。春直の肩を、両側から唯文とユーギが叩いて駆けて行く。

「あいつで最後だ。今度はおれらの番だな」

「春直だけにはやらせないよ!」

「ぼくだって、まだやれるよ!」

 春直は元の大きさに戻った爪を見下ろし、ぐっと手を握り締めた。

 目を上げれば、ジェイスと克臣を中心に四人が残った怪鳥に向かっている。ジェイスの空気の壁を足場にして、克臣が空を自在に飛び回る怪鳥に近付く。

「危ないっ」

 克臣が、何もない空中に跳んだ。春直は思わず叫んだが、その心配は杞憂に終わる。

「……ハラハラさせないでくれ」

「お前なら出来んだろ? 大丈夫だ」

「それはそうだけど、な!」

 ジェイスが瞬時に足場を構築し、克臣は難なく空中散歩を続ける。ほっと胸を撫で下ろした春直は、自分も参戦するために走り出した。


 仲間たちが怪鳥との激戦を繰り広げていた時、甘音は懸命に晶穂の背をさすっていた。

「晶穂さん、晶穂さん!」

「き、聞こえてるってば。大丈夫、こんな怪我で倒れたりしないから」

「そんなこと言って、ゼーゼーいってるのは誰ですかぁ!」

「だ、誰かなぁ……?」

 胸にあてた手で服を握り締め、晶穂は青い顔をして微笑んだ。その痛々しさに、甘音の胸が締め付けられる。

 泣きべそをかきそうな顔で唇を横一文字に結ぶ甘音を視界に入れながら、晶穂は思考を巡らせる。

 不幸中の幸いか、ユキが背中に冷気をあててくれたお蔭で傷が熱を持つことはない。しかし、ひきつり刻まれるような痛みが薄い背中を襲い続けているのだ。

 痛みに思考を断たれながら、晶穂は現状を脱する術を探していた。

(戦えないわたしたちが戦場にいるのは、リンたちにとって不利になりかねない。だからといって、勝手に離脱するのもあの鳥に見付かったらおしまいだし……どうしたら)

「……晶穂さん。あれ、何だろう?」

「あれ?」

 堂々巡りの思考を中断させ、晶穂は甘音が指差す方向に目をやった。すると、そこには怪鳥とは似ても似つかない小鳥がいた。

 いつの間に入り込んだのか。黒く丸い目と薄水色の羽を持つ鳥は「チチッ」と鳴いて、ピョンッと甘音の頭に乗った。

「かわいい!」

「かわいい、けど……」

 素直に笑顔を見せる甘音に対し、晶穂は違和感を覚える。

 二人がいるのは、ユキが残した氷柱に囲まれた場所だ。簡易的な結界だと言っても良い。そんな場所に、何故小鳥が入り込むのか。

 殺伐とした戦場にあって、一時の癒しを見つけたからだろうか。甘音がそっと頭の上の小鳥に手を伸ばす。

 ふと顔を上げた晶穂と、小鳥の目が合う。小鳥の目が、瞬く間に真っ白に輝いた。

「───! 甘音、駄目!」

「え?」

 突然叫ばれ、甘音がきょとんとする。しかしその指の先が、ちょこんと小鳥の足に触れた。

「チッチッチッチチッ」

 小鳥が鳴き終わると同時に、その体が閃光を放った。

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