思惑の交錯

第409話 白き空の主

 春直とユーギの悲鳴を聞きつけ、リンたちは更に山の奥へと向かう。

 犬人の脚力で最初にその場へと走り着いた唯文は、その光景を見て目を見張った。春直とユーギは無事だが、崖を登った時にはなかった切り傷を幾つも抱えている。

「なっ……」

「唯文兄!」

「気を付けて。!」

 何が、と問う暇もない。唯文はユーギの喚起に応じて身をかがめた。屈んだ彼の上すれすれを何かが飛んでいく。

「無事か?!」

 そこに轟いたのは、リンの怒声のような叫び。そこに籠められたのは怒りではなく、不安や心配といった他人への想いなのだが。

 振り返った三人は、心からほっとした。リンの後からジェイスと克臣、晶穂、甘音そしてユキが新たな戦場へと姿を見せる。

「これは───」

「行くぜ、みんな!」

 ジェイスと克臣が、即座に臨戦態勢を取る。ジェイスは前衛を克臣に任せ、振り返った。

「リン、ユキ!」

「はい!」

「はい!!」

 剣を抜くリンと、氷の塊を呼び出したユキ。その二人に、ジェイスは指示を飛ばす。

「こっちは任せて。二人は晶穂と甘音を」

「了解!」

「必ず」

 ユキは冷気をまとい、気合十分な顔で頷く。リンはと言えば、剣を構えて晶穂たちの前に立ちはだかって見せた。その言葉からは、決して通さないという固い決意が窺える。

 ジェイスはふっと息で笑うと、前方を向いた。

 彼らの前に陣取るのは、端から端までで八メートルはあろうかという巨大な翼を持つ怪鳥だ。ご丁寧に白銀に輝く体を持ち、水からが女神ヴィルの手の者だと主張している。

 リンたちが辿り着いたのは、木々がほとんど生えていない奇跡的な開放地。遠くには鬱蒼と繁る森が見えるが、こちらは怪鳥のために用意された化のように開けている。

 ──ピーーーッ

 ホイッスルのような甲高い声を上げ、鳥はこちらを威嚇した。声に応じて空気は振動し、春直の耳がピクリと動く。

「つっ」

「大丈夫? 春直」

「うん。……あ」

 ユーギに笑いかけた春直の頬が切れる。次いで、頬と同じ右側の腕に二本の切り傷が走った。

 パッと散る少量の鮮血に、甘音が悲鳴をあげた。

「春直くんっ、その傷……!」

「……っ、大丈夫。あの鳥の攻撃だから」

「攻撃? そんな素振り……」

 ──ピーーーッ

 そんな素振りはなかった。そう言い終わる前に、ジェイスの肩から鮮血が飛ぶ。

 傷口を押さえ奥歯を噛み締める幼馴染みを振り返り、克臣はチッと舌打ちした。

「成る程。『鳴き声』か!」

 そうだと言うように、怪鳥が鳴く。声と同時に克臣の横腹に痛みが走る。

 克臣は、腹を押さえる時間さえ惜しいとばかりに鳥に飛び掛かる。しかし空を飛ぶ相手には軌道が丸見えだったらしく、難なく躱された。

「くっ」

 着地の振動が傷口を刺激し、克臣は悲鳴を飲み込んだ。じわりと地味に広がる血の感触を嫌に感じながら、克臣はより前衛へと目を向けた。

 前衛には先走ったユーギと春直、そして唯文が立つ。前者二人の体が傷だらけなのは、怪鳥による音の攻撃を受けたからに相違ない。

 ユーギと春直は音による攻撃だと学んだのか、怪鳥の口が開く瞬間に飛び退いている。唯文はと見れば、何か衝撃のようなものを魔刀で弾き返していた。

「唯文、それは!?」

「わかりませんっ。でも、これがきっと鎌鼬かまいたちの正体です!」

 唯文は、怪鳥の音による攻撃を『鎌鼬』と称した。日本の妖怪として認知されているモノによる被害と、怪我の状況が似ているからだろう。

 唯文は新たな衝撃に備えて怪鳥から距離を取り、鳥の目は克臣とジェイスに向いた。

「へえ……」

 くるり、と大剣を回して肩に担ぐと、克臣は腰を落とした。その隣では、ジェイスが伸ばした左手の先に陣を出現させる。

「とりあえず、鳴く前に仕留めればいい、ということだろ」

「簡単じゃないよ、克臣」

「そりゃあな。……だけど、諦める必要もないんじゃね?」

 ニヤリと笑い、克臣はジェイスを横目で見る。その顔には「いけるよな?」という気持ちがもろに出ていた。

 ジェイスは軽く息を吐き、仕方ないなと苦笑した。

「音をかき消す術は持たない。それでもいいか?」

「勿論」

 克臣は『竜閃』を発動させるため、剣に力を籠める。魔力を持たない克臣だが、彼の気の力が剣技へと発展するのだ。

 助走をつけ、地を蹴る。そのまま剣を振り下ろした克臣に向かって、怪鳥が鳴こうとした、まさにその瞬間。

 ――ピッ……ガッ

「命中」

 怪鳥は大きく長い嘴を開けたまま、口の奥から血のようなものを吐き出した。ベチャリ、と粘着質な青い液体が地面に飛び散る。それらを空気の壁で避け、ジェイスは怪鳥を睨みつけた。

「苦しいだろう? 当然だよね、わたしのナイフが突き刺さっているんだから」

「さっすがだな、ジェイス」

 口笛を吹き、克臣がはやす。彼は怪鳥に襲い掛かると見せかけて、ジェイスのナイフが飛ぶと同時に軌道を変えて着地したのだ。最早、離れ業である。

「遊んでないで、さっさと仕留めるぞ。克臣」

「わかってる」

 鳴き声を発しない怪鳥は、もう敵ではない。そう考えた二人が未だにバタバタと飛んでいる怪鳥に向かって、一撃を加えるためにナイフと大剣を構え直した。

 しかし、怪鳥は思わぬ動きを見せる。

 ――グッ……ガアアアァァァァァッ

「「!!」」

 突然怪物めいた声を上げたかと思うと、怪鳥の真っ白な目が太陽のように輝いた。その口から何かが高速で吐き出され、ジェイスと克臣は跳び退く。

 二人の足下に突き刺さったのは、ジェイスが投じたナイフだった。その柄が地面に突き刺さり、刃の方は天を向いている。

 ジェイスはナイフを空気の中に返し、喉を鳴らした。

「あれは……ッ、リン逃げろ!」

「ジェイスさん、克臣さんッ!」

 逃げる隙などありはしない。上空では表情があればほくそ笑むであろう怪鳥が、再びけたたましく鳴き声を上げたのだから。

「クッ」

「ちっ」

「きゃっ」

「いったいなぁ、もう!」

 怪鳥を中心に音波が吐き出され、それは水面に投じられた小石が描く模様のように広がっていく。その場にいる全てが負傷対象となり、鋭い衝撃が全員を襲う。

「晶穂さんッ」

「だい、じょうぶだから」

 甘音を庇って二重に負傷した晶穂は、彼女を抱き締めて怪鳥を見上げた。背中に痛みがあるが、服が汚れる心配をする暇はない。流れる血を感じるが、痛いと泣き叫ぶわけにもいかない。

 彼女が見詰める前で、怪鳥が分裂したのだから。

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