第400話 集合

 リンたちが主戦場へと戻る頃。克臣と甘音は、晶穂がいるはずのエリアまでやって来ていた。

 辺りには魔弾が飛び交いぶつかった跡と思われる穴ぼこが点在し、割れた岩や地割れが目立つ。木々は打ち倒され、無惨な様子だ。

 そんな中、甘音を背負った克臣の声が響く。

「晶穂、何処だ!?」

「晶穂さーん!」

 背中の甘音も精一杯の声で叫んでいる。何度か二人して晶穂を呼んだが、応じる声は届いて来ない。

「こっちじゃないのか?」

「ううん、こっちであってるはずです! だって、わたしはこの景色に見覚えがあるから」

 肩から甘音に身を乗り出され、克臣は体のバランスを取るために「おっと」と足に力を入れた。そして、ぐるっと見渡す。

「とはいえ、俺には魔力がないから気配が……」

 克臣の両目が見開かれる。そして、甘音が「どうしたんですか?」と訪ねる前に駆け出した。甘音は急に体を引っ張られて悲鳴を上げた。

「かっ、克臣さん?!」

「……たぶんいた、晶穂」

「あれ、が……?」

 崩れずに残った大きな岩の傍に、何かが這いずったような跡が残っている。その痕跡は岩の裏側まで続いており、生き物の気配がする。

 克臣が慎重な足取りで岩の裏側を覗くと、そこには土埃で汚れた灰色の髪の持ち主がいた。苦しげに目を閉じ、肩で息をしている。背を岩に預け、力なく座り込んでいる。

「晶穂っ」

「晶穂さん……っ」

 甘音を地面に下ろした克臣が晶穂に駆け寄り、甘音も慌ててその後を追う。

 青白い顔のまま呼び掛けに答えない晶穂に触れることを躊躇うが、克臣は彼女の呼吸を確かめた。手を唇に近付けると、確かに息をしている。

「……ごめんな、晶穂」

 克臣は一言謝ると、晶穂に背を向けて膝をつく。そして、彼女を背負って立ち上がった。目を丸くして自分を見つめる甘音に気付き、克臣は人差しう指を自分の口元に持っていった。静かに、という合図である。

 コクコクと甘音が頷くのを確かめ、来た道を歩き出す。彼の後を甘音が追った。


 しばらく行くと、主戦場が見えてくる。まだ兵士たちが倒れたままだが、起きる気配はない。

「こっからさっさと離れた方が良さそうだな」

「……」

 きゅっと克臣の服の裾を握る甘音が、キョロキョロと視線を彷徨わせる。何を探しているのかと克臣が尋ねる前に、彼女は腕を上げて人差し指を伸ばした。

「あそこ……」

「ん?」

 片手を目の上まで挙げ、遠くを見る。すると、こちらへとやってくる一団の影が見えた。

「おお、ジェイスたちじゃねぇか。無事だったか」

「はいっ」

 嬉しそうな顔をした甘音が、向こうに大きく手を振る。こちらに気付いたのか、ユーギとユキが手を振り返した。

 その一行の中、リンと克臣の目が合った。リンは克臣が晶穂を背負っていることに気付くと、ジェイスの横からこちらへ駆けてくる。

 克臣の前で急ブレーキをかけ、リンは心なしか焦燥した顔で息巻く。

「克臣さん、晶穂は!」

「寝てるだけだ。青い顔しなくても良いぞ、リン」

「べ、別にそんなことは……」

「ない、とは言わんだろ」

 ククク。克臣が声を抑えて笑えば、リンはばつの悪そうな顔をして横を向いた。

 弟分の素直でない態度を微笑ましく見下ろしていた克臣は、ふと思い付いてニヤリと笑った。

「あ、そうだ。……ほれ」

「はい?」

「お前に預けるわ」

「は? ……はっ!?」

 器用に晶穂を抱えた克臣が、リンの目の前に彼女を落とす。まさか渡されるのではなく落とすとは思わず、リンは大慌てで両手を差し出した。

 ふわっとリンの腕の中に収まった晶穂は、わずかに身動ぎした。目覚めるかとびくついたリンだったが、規則正しい寝息が聞こえてきたために安堵の息を吐く。

 それから、突拍子もないことをしでかしかけた克臣に対しジト目で見つめる。

「……克臣さん」

「本気で落としはしなかっただろ? リンの腕に下ろしたはずだ」

「そうでしたけど……本当に怖いんでやめてください」

「ははっ。わかったよ」

 すまんすまん、と悪びれない様子で謝ると、克臣は小声でリンに耳打ちした。

「でも、お前に触れた途端に呼吸が落ち着いた。わかるんだろうな、無意識でも」

「なっ……」

 今度こそ赤面したリンをからかって満足したのか、克臣はヒラヒラと手を振ってジェイスたちの傍へと歩いていく。そして、春直の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。

「お帰り、春直」

「た、ただいまです。克臣さん……やめてくださいぃっ」

「やだね」

 余計に激しくわしゃわしゃと撫でくり回され、春直が悲鳴を上げる。しかし克臣を止める者はおらず、ジェイスでさえ苦笑いで傍観を決め込んでいた。

 みんな、わかっているのだ。克臣は春直をおちょくりおもちゃにしてはいるが、本気で心配していたからこその行為であると。

「……ふふっ」

 春直もまた、克臣が本気で嫌がることをしないと知っている。スキンシップ過多は少々困るが、自分が確かに受け入れられたのだと実感した。

 だから、自然と笑みが溢れる。

「よかったな、春直」

 再び春直が戻ってきたことにほっとしつつ、リンは自分に寄り掛かって眠る晶穂を見下ろした。鼻にかかった前髪を払ってやると、少し青白い顔があらわになる。

(体温、少し低いか……?)

 魔力は、それを持つ者の体の中のバランスを補完する役割も果たす。そのため魔力が枯渇するほど使い切ると、体が動きにくくなったり体温が下がったりするのだ。

「……」

 リンは晶穂をそっと下ろすと、自分の上着を脱いだ。紺色のそれを、晶穂の肩にかける。それから前をとめてやり、再びお姫様抱っこで抱き上げた。

 見れば、少し離れた場所ではいつものじゃれあいが展開されている。リンは晶穂が目覚めないことを祈りつつ、声のボリュームを上げた。

「そろそろ移動しましょう。彼らが目覚めたら大変です」

「ああ。報告会しないとね」

 ジェイスの同意を合図に、一行は更に山の奥へと歩き出した。

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