第396話 タブー
炎をまとった剣と光を抱いた剣が、何度目かの逢瀬を交わす。それは決して友好的なものではなく、互いの正義をぶつけ合うそれだ。
何度目か、既に数えることは諦めた。高らかな金属音を響かせ、剣を振るったダイが問う。
「オレの誘いを断ったこと、後悔するぞ?」
「悪いが、それはあり得ない。……例え超大国だろうがこの世界の神が相手だろうが、俺は仲間と共に歩むだけだ」
実際、既に軍事大国であるスカドゥラ王国を敵に回し、創造の女神の対極に居る。リンは現実を分析したに過ぎないのだ。
冷静さを失わずに剣を振るうリンを面白く思ったのか、ダイは「へぇ」と感嘆の声を上げた。
「なかなか、切り崩すことは出来ないようだな。……だが、これならどうだ」
「何をす……」
何をするつもりだ。リンの言葉は、途中で消滅した。ダイが空中に水で膜を作り、何かを映し出したからだ。
その膜に映し出されたのは、二つの映像。
一つは、行方を絶っていたジェイスのもの。そしてもう一つは、甘音と共にいるはずの晶穂のものだ。
ジェイスは斜め後ろからのアングルだ。しかし腕から血を流し、青白い顔をして何かと対峙しているのが見て取れた。
晶穂の方はもっと見ていられない。何かに手を伸ばし、そのまま倒れ伏している。表情はわからないが、リンの胸は締め付けられた。
どちらにも衝撃を受け、リンは思わず声を荒げた。
「貴様ッ」
地を蹴りつけ、跳び上がると急降下してダイを斬りつける。ダイは予想通りだったのか、余裕のある笑みを浮かべてそれを迎え撃った。
「──……どうした? 激昂するなどらしくもない」
「らしいだ? そんなもん、貴様などにわかられてたまるかよ」
撃ち払われ、それでもリンは靴で地面を引っ掻くようにしてスピードを殺す。ズササッという音と共に土煙を上げ、険しい表情でダイを睨み付けた。
「ジェイスさんは何処だ。答えろ」
「それは良いが……お姫様は良いのか?」
意地悪く、ダイが問う。リンはわずかに眉間のしわを深くした。良いわけがない。本当は、こんな所に居ずに飛んで行きたい。安全な場所に連れて行きたい。
(外傷は見えない。恐らく、力の使い過ぎで倒れたんだ。──くそ、障壁構築には攻撃以上に魔力を消費する。わかっていたはずなのに、回復間もない晶穂を……)
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。唯一の救いは、彼女を囲む障壁の維持が行われ続けていることだろう。あれがある限り、外撃から晶穂は守られる。
その守りがいつまでもつか、は不明だが。
何故甘音がいないのか、晶穂だけでなく克臣やユキたちは無事か。幾つもの思いが胸の中を荒らし回るが、リンは今すべき事に己の全てを切り換えた。
大きく息を吸い、吐き出す。そして、もう一度ダイに尋ねた。
「……もう一度だけ訊く、ジェイスさんは何処だ」
「……っ。ベアリーと共に、離れた場所にいる」
リンの声色は、焦りよりも静かで激しい怒りと悲哀に満ちていた。悲哀は押し隠され、ダイには静かで深い怒りを湛えた瞳しか見えなかったかもしれない。
ダイはリンの声にゾッとし、半歩後退せざるを得なかった。その少し青い顔のまま、内心ほくそ笑んでいるのだ。
(そのまま、怒りに呑まれてしまえ。怒りに囚われた奴など、全ての行動が単純化するから殺しやすい)
しかし、ダイの思う通りに事は進まない。リンは、ただ怒りに震えているだけではないのだ。
「なら、お前を倒せば会えるわけだ。丁度いい。ジェイスさんと約束したからな」
「お前……っ。わかっているだろう、簡単にはここを通ることが出来ないことくらいは」
「わかってるさ。だが、それだけで俺は止まれない。……必ず共に帰ろうと誓ったから」
誰と約束したか、は明言しない。約束相手も知らないことだ。
リンは駆け出し、一気に加速した。目にも止まらぬ速さで剣を振り回し、ダイに襲い掛かる。
ダイは大佐を務めるくらいには、戦場を駆け回ってきた。しかし、これ程の強い感情をぶつけられた経験はない。魔力をまとい、爆発させながら斬りつけるリンの動きに、徐々に圧されていく。
「つっ───」
遂に、リンの剣がダイを捉えた。辛うじて剣で防いではいたが、リンの刃全てを防ぐには遅かった。
リンの剣先はダイの左肩に食い込み、そのすぐ後にダイが刃を合わせたために袈裟斬りにならずに済んでいる。しかし、少し力を抜けば命はない。ダイは脂汗が背を伝うのを自覚し、自嘲気味の笑みを浮かべた。
「なかなか、やるな」
「そりゃあ、どうも。でも、俺があんたを殺すと思ったら大間違いだ」
そう言うが早いか、リンはスッと腕の力を抜くと、刃を引いた。ダイの肩は血で染まるが、それ以上の深傷は与えられなかった。
どくどく、と血が広がっていく。今止血すべきであるはずだが、ダイは呆然とリンを見つめた。
「何故、好機に殺さん? お前はオレを憎んでいないのか!」
「会って間もない人相手に、憎むも好むもない。お前らは敵に違いないが、例え敵であろうと俺たち銀の華に殺人の文字はない。……そもそも、殺して何になる? 俺は、誰かを殺した手であいつに触れることは出来ない」
護りたいものを奪い傷付ける者が相手であれば、その者と戦い傷つけ合って来た。しかし、殺すことはタブーである。
何故なら人を殺した手で、リンは晶穂に触れられない。理由はそれだけだ。
「止血しろよ。そして、俺をさっさと通せ」
「……ふっ、甘いな」
ダイはシャツの端を歯で破ると、傷口を覆うように巻き付けた。そして、きつく縛り付ける。そうすることで、少しだけ出血を押さえることに成功した。
手を握り、開くのを繰り返す。若干の痺れは残るが、動かすことに支障はない。
ダイはリンに背を向け、鼻で笑った。
「敵に対して、甘過ぎる。……オレたちは、王の統べる国のためにここにいる。何度でもお前らを邪魔するだろうが、それでも絶とうとは思わないか」
「思わない。甘いと言われようと、俺は貫き通すだけだ」
全てが終わった時、仲間たちと心から笑い合えるように。大切な者の顔を曇らせないように。そのために出来ることならば、リンは全てやり遂げたいのだ。
殺すことに嫌悪を抱きつつも、決してダイの前から逃げないリン。ダイはその姿勢に感嘆しつつも、己と相容れない考え方を一蹴してやりたかった。
「ならば、その決意を揺らがせてやろう」
右手に握った剣を天へとかざし、その切っ先をリンの心臓へ向かって突き付ける。
「殺してやるよ。甘ったれのリンとやら」
軍人として戦場を駆けた自分を甘く見るな。それを目の前の青年に刻み付けてやりたくて、ダイは剣撃を放とうとした。まさにその時。
「――兄さん!」
「……ユキ?」
遠くで、リンを呼ぶユキの声が響いた。
「息を止めて!」
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