第394話 氷と無茶
三つの小銃から放たれたのは三色の魔弾。それが断続的な列となって発射された。
「っぁ!」
最も至近距離からその魔弾を浴びたユキは、間一髪で直撃を免れる。それでも突発的に召喚し防御に使用した氷の盾にはひびが入り、急な魔力行使による息切れに見舞われた。
その隙は潜んでいた下っ端兵に見破られ、大振りの剣が襲い掛かって来る。すぐに気付いて体を捻り回避するが、切っ先が太股を掠った。黒いズボンの生地が破れ、内側の肌が覗く。
「―――ッ、やったな!」
既にボロボロになりつつあるローブをはためかせ、ユキは地を蹴り跳び上がった。そして剣の刃に向かって魔力を放つ。
ユキを襲う下っ端は彼が何を目的にしているのかわからず、ただ凍り付いた剣を振り回した。
「そんなことをしても無駄……ああっ!?」
「これで、打撲武器にしかならないだろ」
鋭い切れ味を誇っていたはずのそれは、氷をまとうことでその特性を失っていた。ものを斬ることは出来ず、氷をはがすことも出来ない。腐食させる、又は炎で溶かすことが出来れば尚良いが、ない物ねだりをしても仕方がない。
勿論、打撃武器としての能力は相当なものとなるはずだが、下っ端にはそれを許すプライドはなかったらしい。
顔を真っ赤にして、怒りに手が震えている。
「このガキ……」
「ガキじゃない。ぼくはユキだ」
ユキは静かな声でそう言うと、人差し指を男に向けた。
カッとユキの指先が発光したかと思うと、その光が終息した時、下っ端は顔だけ出して氷の花に囚われていた。手や足を動かそうにも、冷たい氷に閉ざされて身動きは取れない。
「これで少し、大人しくしておいてよ」
それまでの勢いをなくし、青白い顔で自分に助けを乞う顔をする男を一瞥すると、ユキは背を向けた。
「ユキ!」
「兄さん……」
リンに呼ばれ、ようやく安堵の表情を浮かべるユキ。弟の無事を確かめたリンは、彼が対峙していた兵ではなく、その先へ目を向ける。
未だ、魔弾の発射は止まらない。何処かにぶつかった魔弾が弾かれ、別の方向へと飛び掛かるという状況である。
「どうにか、あそこへ近付かないと」
「! 兄さん
思考に沈む隙さえ与えられない。リンはユキと左右に分かれて背後から飛んで来た魔弾を躱すと、身を翻してジェイスを探した。
克臣は竜閃を放つ大声が聞こえるし、唯文とユーギも負傷しているが元気に走っている。晶穂は甘音を守る防御壁を展開し続けて敵を寄せ付けず、ユキは再び氷柱を伴い魔弾を躱している。
しかし、ベアリーと対峙しているはずのジェイスの姿がない。リンは魔弾を躱しつつジェイスを探すために翼を開きかけた。
「―――……」
しかし、それを途中でやめる。ジェイスに命じられた言葉が頭の中を掠めた。『わたしに構うな! お前は、この魔弾の嵐を止めるんだ』というジェイスの命だ。
「構うな、か。今探せば、あの人に確実に叱られるな」
苦笑し、リンは再び魔弾の出所を見つめる。そこには、ベアリーと共に現れた男が陣取っていることに変わりはない。
まずあの男を倒さなければ、魔弾が飛び交うこの状況も好転することはない。リンの視線に気付いたのか、男がニヤリと嗤った。
まるで、
「ユキ!」
「何、兄さん」
離れたところで魔弾を振り払っていたユキが、リンの方を向いて首を傾げる。
「こっちはお前らに頼んだ。俺は、あいつを倒す!」
「わかった!」
リンの言う『あいつ』が指す者を問い返すことなく、ユキは首肯した。その察しの良さが有り難い。見れば克臣も目で頷いているし、唯文とユーギも同様だ。
ユーギの肩の傷は、ようやく血が止まっている。この戦いが終わったら、ジェイスと共にすぐ治療しなくては。
リンはその場を全て任せ、一直線に謎の男に向かって翼を広げた。
「あと、十人」
防御壁の中にあり全ての攻撃から身を守る晶穂は、甘音を抱き締めながら戦況を見守っていた。激しい戦闘を目の前にして、腕の中で甘音が震えている。
「晶穂さん……」
「怖くないよ、怖くない。……リンなら、みんななら絶対に大丈夫」
それは、自分自身への鼓舞。自分を揺るがせる恐怖への盾。
晶穂は素人ではない。幾つもの戦いをリンと共にくぐり抜けてきた自負がある。
しかし、今すべきことは神庭の宝物である甘音の死守。小さな彼女の恐怖を取り除くことが、少しでも和らげ共にいることが晶穂のすべきことなのだ。
仲間たちが倒し、再起不能としたスカドゥラ王国の兵士は五人。よく訓練されているのか、下っ端と言えども戦闘能力は並み以上だ。
躱し、防御し、前に出る。魔弾の助けがあるとはいえ、銀の華主要メンバーにこれだけの傷を与えるその技量は高い。
(何を、怖気付いているの? わたしは)
晶穂は己の築いた壁の中にいて、見ていることしか出来ない。そして、もう一つ出来ることがあるとするのなら。
(わたしが出来るのは、みんなを信じること)
―――ズキン
甘音を一人にすることは出来ない。まだ幼い彼女をこんな戦いの場で放置することは出来ない。しかし、晶穂は無意識に己の無力さに打ちひしがれていた。
わたしもみんなの傍で戦いたい。そんな我儘な思いが湧き出す。
「……」
「晶穂、さん?」
自分を抱き締める晶穂の腕の力が強まったことを不思議に思い、甘音が顔を上げる。そのあどけない表情を見て、晶穂は自分の我儘な感情を無理矢理心の奥へと押しやった。
晶穂は自分を律して笑顔を作り、甘音に微笑む。
「わたしが絶対守るから。守らせて、あなたを」
「晶穂さん……」
甘音は晶穂が無理をして笑っていることに気付いていたが、同時に彼女自身が気付いていないことにも勘づいていた。
甘音の小さな手が伸びて、晶穂の頬に触れる。そこに流れてきた汗を受け止め、甘音は真剣な顔で晶穂を見上げた。
「甘音? どうし……」
「どうしてそんな無茶するんですか?」
「え……」
何を言われているかわからないという困惑顔の晶穂に、甘音は更に言い募る。
「晶穂さんの魔力、枯渇しかけてます。あれだけユーギくんたちの治療に使ったんだから、短期間に回復するはずもないのに。……どうして、甘音なんかのために無茶するんですか!」
「甘音……」
そうか、と晶穂はようやく気が付いた。
感情が不安定なのは、甘音の言う通り魔力切れが原因なのだ。リンが甘やかしてくれたお陰で一晩熟睡したとはいえ、それだけでは十分な回復量ではなかったのだろう。
もう一度添い寝してもらうかと尋ねられれば、晶穂は間違いなく首を横に振る。短期間に何度も同じようなことが起きれば、心臓がもたない。それはきっと、リンも同じだろう。
同時に、甘音の言葉が引っ掛かった。どうして「甘音なんかのために」と言うのだろうか。この
「……甘音、あなたはわたしが守りたい人なんだよ?」
「?」
症状を自覚すると、途端に体が重くなる。この戦場にて、晶穂は絶えず障壁を張り続けている。何度も魔弾が被弾するが、ひびすら入らない強固な壁だ。守りには相応の魔力が必要になるため、消費も著しい。
それでも、この戦闘が終わるまでは倒れるわけにはいかない。倒れれば、晶穂と甘音は敵にとって格好の人質となろう。
戦っている仲間たちの荷物にはならない。晶穂はその決意を胸に甘音の頬を両手で包んだ。真っ直ぐに甘音の水色の瞳を見つめる。
「甘音は神庭の宝物であり、姫神候補。同時に、わたしたちの仲間でもある。……仲間を見捨てるなんてこと、銀の華は絶対にしない」
だから、そんなこと言わないで。晶穂に諭され、甘音は小さく頷いた。
甘音は、その小さな手で晶穂を押す。体を晶穂から離し、甘音は背を向けて立った。
「甘音?」
晶穂の困惑に彩られた声を聞きながら、甘音は呟く。
「晶穂さん、ごめんなさい」
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