第393話 混戦

「くっ」

「なかなかやるわね」

 リンの剣の刃を靴底で受け止めたベアリーは、余裕の笑みを浮かべた。軽く跳んで足を入れ替えると、剣を蹴り飛ばす。

「ッ――」

 リンは剣につられてバランスを崩しかけるが、何とか踏ん張って体を真正面に戻した。しかし、目の前にベアリーの姿はない。

「何処に……」

「リン、危ないっ」

「!」

 晶穂の悲鳴を聞き顔を上げたリンの真上から、ベアリーの踵落としが落ちて来る。間一髪でそれを躱したリンは、改めて剣を構え直した。

「あんた、犬人だな」

「あら、わかった?」

 ぴょこん、と黒いふさふさとした耳がベアリーの頭に二つ生える。否、生えるという表現はおかしいかもしれない。彼女の犬耳は以前からそこにあり、術で見えないよう隠していたに過ぎないのだから。

 更に長く柔らかい尻尾も生えた。最早、犬人であることを隠す必要もないのだろう。

「きみの言う通り、私は犬人。そこの坊やと同じよ」

 ちらりと一瞥した先には、二人の兵士の相手をする唯文の姿がある。前後から交互に槍で突かれているが、それらの柄を踏み台にして跳ぶと一回転して地に降り立つ。

「おおっ」

 足を着いた瞬間を狙った一人が足払いをかけるが、瞬時に気付いた唯文がバク転して再び躱した。

「あっぶな」

にい!」

 ユキの叫びに振り向けば、唯文のこめかみすれすれで魔弾が飛んでいく。振り向くために体をずらさなければ、魔弾は顔を直撃していたかもしれない。

「助かった、ユキ!」

「へへっ」

 親指を立てて応じたユキは、飛んできた炎の魔弾を氷柱でガードし弾いた。

 それらの様子を遠目に見ながら、リンは絶え間ないベアリーの蹴りを躱し続けていた。

 シュッシュッと風を切るような音をさせ、ベアリーの鋭い足さばきがリンの片頬をかすった。ツと赤い線が走る。

「つっ」

「まだまだ行くわよ」

 右。左。右。上段。袈裟蹴り。

 躱し損ねることはなく、かといって全て完璧に避けたわけでもない。リンは跳び退いて「はっ」と息を吐いた。

 気付けば、リンの体には打撲らしき傷が散見された。全てベアリーによってつけられた傷、というわけではない。

「外野か」

「勿論、利用出来るものは全て使うわ」

 ベアリーの言う通り、彼女は魔弾飛び交う中にリンを誘導していた。それらがあたって出来た小さな傷も多いのだ。

 敵方が放つ魔弾は、何処かにぶつかったくらいでは消えない。誰かにぶつかって初めて消滅するのだ。

「死ねっ」

「効くか!」

 リンのすぐ傍を、水流の攻撃を斬り破った克臣の竜閃が走り抜ける。竜閃が真面に肩にあたった兵士は、患部を押さえよろめいた。そのまま膝を着き、痛みに耐えている。

「……ふん」

 克臣は深追いすることなく、すぐに目を別のところへ向けた。決して殺さない、それが流儀だ。

「余所見とはいい度胸ね」

「ちっ」

 竜閃の行き先に気を取られたリンの横腹目掛け、ベアリーの足が飛ぶ。しかし、その蹴りは障壁によって跳ね返される。

「……全く、一人で相手するとは無茶だね。リン」

「ジェイスさん!」

 壁を構築したジェイスは首だけ回してリンに微笑むと、すぐに向かって来たベアリーの攻撃を両腕をクロスさせて防御した。その際、靴底から生えた太く鋭い牙のような突起がジェイスの腕を深く傷つける。

「ジェイスさんッ」

「わたしに構うな! お前は、この魔弾の嵐を止めるんだ」

「―――ッ」

 血が噴き出す様を見て、リンが青い顔をして叫ぶ。しかしジェイスは痛みに顔を歪めながらも、リンに別の指示を出した。

 ジェイスの指示を実行するため、リンは魔弾の出所でどころはと瞳を動かし探る。乱戦となった土煙舞う周囲をくまなく見て、目的のものを見つけ出す。

(――いた)

 リンの視線の先には、小銃の形をした魔弾発射のための武器を構える三人の男たちがいた。更にその奥には、ベアリーと共に来た男の姿もある。どうやら、小銃に籠められる魔弾のもとを与えているのはその男らしい。

 氷、水、炎、雷。多くて四つ、少なく見積もっても三つの属性を持つ魔種など見たことがない。

 ジェイスは、リンが何処を見ているのか一瞬で察した。しかし目の前のベアリーをリンのもとへ行かせないように、血だらけの腕をかばうことなく彼女へ向かって気の力を放った。

「わっ」

「ユーギ!」

 リンが魔弾の出所に気付いた、まさにその時だ。吹き荒れるように飛び交っていた魔弾の雨が一瞬止み、次いで超高速で弾き出されるように打ち込まれ始めたのだ。

 その弓矢の如き執拗な攻撃の一つがユーギを襲い、彼は右肩に直撃した氷の魔弾に吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。

「―――ッ。痛ぁ」

 ユーギは受け身を取って転がり起きるが、右肩を左手で押さえて膝をつく。駆け寄ったユキは、その傷の深さに絶句した。

「大丈……っ。血だらけじゃないか、ユーギ」

 魔弾が被弾した肩は皮膚が耐え切れずに裂け、大量の血を流していた。どくどくと流れる血が、ユーギの手の指の間を通っていく。

「あはは。だい、じょうぶだから」

 痛みと血を失うことによる気分の悪さで蒼白になるユーギが無理矢理笑みを浮かべるが、その痛々しさにユキが耐えられなかった。ユーギに背を向けて立ち上がり、魔弾のもとを供給しているらしい男へと駆け出す。

「貴様っ、ユーギに何するんだ!」

「深追いするな、ユキ!」

 リンの忠告も聞かず、ユキは左手を高く上に挙げた。すると、手のひらに水の成分があつまっていく。徐々に大きくなるそれは、やがて巨大な氷の塊となる。

 氷の塊の生成が終了すると、ユキはそれを槍投げの要領で男へ向かって投げつけた。

「いっけえぇぇぇっ」

 ビュンッという重い音が鳴り、男の目前にまでたどり着く。そのままでは倒れていたはずだが、男は炎の魔弾をぶつけてダメージを軽減させた。

「……」

 氷が割れるパリンッという音を耳に聞き流し、男は涼しい顔で次の充填のために小銃に触れる。男に傷一つつけられず、ユキは奥歯を噛み締めた。

「面倒だ」

 男はそれだけ呟くと、兵士たちが操る小銃からあふれんばかりの魔力を更に解き放った。

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