第391話 独りじゃない
ゴーダたちと再会した森を抜けたのは、翌日の昼前だった。これは、その前の夜の話である。
あの巨木の前まではユーギと唯文の獣人コンビのお蔭で難なくたどり着くことが出来たのだが、その後が問題だったのだ。
「……うーん、こっちに行ったら古来種の里だと思う。だから、違うなぁ」
「とはいえ、こっちだとアルジャに戻りそうだぞ、ユーギ」
「だよね、唯文兄」
古来種の気配を遮断し、行くべき道のりを探す。獣道すら探すことも困難な深い森の中、一時的にではあったがリンたちは道に迷っていたのだ。
ついでに雨も降り出し、一行は一晩の宿を大きな木の下で過ごした。
持って来ていた地図を広げ、ジェイスが苦笑する。
「地図はあるけど、この辺りのことは描かれていないんだよね。全部木の地図記号で占められて。失敗したな」
「失敗も何も。そもそも未踏の地に地図があったらおかしいだろうよ」
「確かに。そうだね、克臣さん。地図があったら未踏って言葉が成立しなくなっちゃうよ!」
「……克臣、ユーギ。わたしをおちょくりたいのか励ましたいのか、どっちなんだい?」
コントの真似事を始めた二人に肩をすくめ、ジェイスは夜の雨空を見上げた。相変わらずサーサーと静かな雨が降り注ぎ、周囲の音を消していく。土砂降りでないだけましだが、かなりの雨量を記録しそうだ。
「ジェイスさん、寝ないんですか?」
「ああ、リン」
雨音に耳を澄ませてぼおっとしていたジェイスは、リンの声で我に返った。いつの間にやら克臣もユーギも彼の傍で眠っており、その他のメンバーも身を寄せ合って夢の中だ。
今起きているのは、ジェイスとリンだけらしい。リンはジェイスと背合わせになる位置にいたはずだが、移動してきたのだろう。
木の幹に背を預けたまま、ジェイスは悪戯心を起こして尋ねた。
「晶穂と一緒にいなくて良いのかい?」
「―――っ。ジェイスさんまでそんなこと言うんですか?」
一瞬で顔を真っ赤に染めた青年が文句を言う。弟分の
「ごめんよ。でも、あの子は体調を崩して間もない。リンの傍が一番安心するだろうから、許される限りは一緒にいてあげた方が良いよ」
これは、真面目な話だ。一行の生命線とも言える回復役を担う晶穂が再び倒れた時、彼女の代わりを務められる者がいない。何よりも大切な仲間であることと
それをわかっているから、リンも真面目な顔で頷く。しかし、少し視線を外してしまう。
「ええ。……俺も、あいつが倒れるのは嫌ですから」
「言葉が尻すぼみになっているよ、リン。全く、素直に本人に言えば良いのに」
「~~~っ。ジェイスさんのようにはなれません!」
「わたしとて、本人を前にしたら変わるのだけどね」
初々しい弟分の反応を楽しみながら、ジェイスは遠く
竜化国の有力者の陰謀によって故郷を追われた彼女だが、今は故郷の復興のために尽力している。時折報告をくれるが、この度に出てからは連絡を取っていない。
(元気でいる……か。竜人だからね、彼女は)
人間や魔種よりも遥かに長い時を生きる竜人の末裔であるアルシナは、既に年齢だけで数えればジェイスを上回る時を生きている。しかし、その容姿と中身は同年代の女性であり、ジェイスと心を通わせる障害にはなりようもなかった。
「何か、可笑しいですか? ジェイスさん」
「え? あ、ああ……ごめんね、何でもないよ」
無意識に口端を上げていたらしい。リンに指摘され、ジェイスは咳払いをして誤魔化す。リンもそれ以上の追及はせず、ジェイスの前に腰を下ろした。
雨が小降りになっている。雨音が小さくなり、森の音が徐々に耳を
「何か、気になることでもあるのかい。リン」
「気になるというか。目が冴えてしまいました」
「……それは、スカドゥラ王国の手がいつ伸びて来るかわからないから?」
「そう、です」
リンは険しい顔をして、
否、長になろうともがく姿、か。
「リンの話を聞く限りの想像だけど、文里さんたちが会った女性は、なかなかの腕を持っている人かもしれないね。しかも、戦艦までも動かせる」
「ええ。スカドゥラ王国の上級官であることは間違いないと思います。……ノイリシア王国とは共闘し、竜化国では一有力者との戦いでした。それらと比べて、敵があまりにも大きい。無意識に、動揺していたんだとさっき気付きました」
リンは胸元を掴み、握り締める。服に深いしわが寄った。惑う瞳は、彼の不安の表れか。
ジェイスは嘆息し、リンは呆れられたかと硬直する。しかしジェイスは立ち上がってリンの目の前に腰を落とすと、小さな少年にするように頭を撫で始めた。
「えっ……?」
「神の依頼、スカドゥラ王国との敵対、そして小さな少女の護衛。わたしたちがすべきことの筆頭はこの三つだけど……リン、独りではないことを忘れてはいけないよ?」
「何言ってるんですか? 忘れてなんか――」
「ああ、そうだね。だけどわたしには、リンが無理をしているようにも見える。……克臣もそう思うだろう?」
「えっ」
リンが顔を上げると、傍で眠っていたはずの克臣が頭をかきながら起き上がる所だった。「ばれたか」と欠伸をしながらこちらにやって来る。
「いつから気付いてた、ジェイス」
「十分くらい前かな」
「……それ、ほぼ最初からじゃねえか」
「だって、克臣がリンを放っておくとは思えないからね」
くすくすと笑う幼馴染の慧眼に白旗を振り、克臣は驚くリンの背を叩いた。周りの仲間たちを起こさないようにという配慮はあったものの、それでもパンッという音が夜空に響く。その痛みに、リンは息が詰まった。
「いっ―――」
「そういう時はな、頼れ。頼れよ、リン」
叩いた後は頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でられ、リンは「やめて下さい」と小声で叫ぶ。それでも克臣の悪ふざけはしばらく続き、ようやく解放された時にはリンの息が上がっていた。
「本当に、克臣さんは」
「悪かった。だけど、これでお前一人で抱え込むのが馬鹿らしくなっただろ?」
「え……?」
呆然と目を見開き固まるリンに、兄貴分二人は諭すように静かな声で言う。
「幸いにも、俺たちがお前にはいる。頼れ、お前は孤独じゃない。お前が俺たちを支えたいと思うのと同じように、俺たちもそれぞれがリンを支えて共に歩みたいと願ってるんだ。だから、不安な時は不安だって言えば良い。怖いなら怖いって言えば良い。違うか?」
「克臣の言う通り。これから出会うのは、厳しい戦いかも知れない。自分を否定したくなるほど辛いものかもしれない。だけど、傍にわたしたちがいることだけは何があっても忘れないで欲しい。いいね?」
今までも、リンは二人を頼らなかったわけではない。頼りにして、二人を背に感じて歩いてきた。それでも二人はまだ足りないと言う。
「……二人共、俺の何なんですかっ」
「「兄貴かな」」
異口同音。リンは目を瞬かせ、それから「くっ」と吹き出した。二人共過保護なのだ、と思わずにはいられない。
笑い声を極力抑え、それでも時折漏れる声は楽しげで。ジェイスと克臣は顔を見合わせ、笑い合った。
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