第390話 秘された思い
リンたちが発った数時間後。同じ宿の前に、ワンピースを来た清楚に見える女性が立っていた。その横には、
女性は迷わず宿屋の戸を開けると、受付にいた娘に尋ねた。
「忙しいところ、ごめんなさい。ここに、銀の華という組織の人が泊まっていませんか?」
「銀の華、ですか」
娘は首を傾げると、マジマジと女性の顔を見た。女性はその辺のアイドルよりも美しいが、その中に氷の刃を隠し持っていそうな雰囲気を
正直に答えた方が、身のためかも。そんな気持ちを娘に思わせるくらいの迫力は充分にあった。
娘は宿帳を取り出し、ページをめくる。そして「ああ」という声を上げると、女性に頷いて見せた。
「泊まっていました。今朝までは」
「今朝、か。……惜しかったようね」
「あの、何か?」
後半、女性が何を言ったのか聞き取れなかった娘が問うものの、女性はにこりと微笑んだだけで答えない。質問には答えず、女性は再び尋ねた。
「では、これから何処へ行くかということは?」
「受付では何も。ただ、装備を整えて向かわなければ、と誰かが口にしていましたかね」
わたしが知っているのはこれくらいです。そう言い切った娘の目は、ここから立ち去って欲しがっている。気付きながらも、女性は知らぬふりをして「有り難う」と微笑んだ。
「彼らに用があったのだけど……仕方ないわ。受付さん、助かりました」
「いいえ」
娘は女性と無言で会釈し去った男性とを見送り、ふうっと息をつく。少し早めに休憩を貰おう。そう思う程度には、対応だけで疲れてしまった。
「どう思った? ベアリー」
「まず、ほぼ確実に神庭へと向かったのでしょうね」
宿を出て数分後。公園のベンチに座った二人の男女は、この先の行動計画を立てていた。時刻は昼前であるが、遊ぶ子どもたちの姿はない。学校か、もしくはこの二人の雰囲気に呑まれ近付けないか。そのどちらかである。
屋台で買ったコーヒーを片手に、ダイは北の大陸の地図を広げた。ダイとベアリーはスカドゥラ王国の出身であるから、この辺りの地理には全く詳しくない。
「ベアリー殿、ここから更に北には山脈があり、幾つか越えると更に深い森が広がっているらしいな。そこまで行く地元の人間はおらず、まさに未開の地だと言うが?」
「ええ。でも未開であろうとなかろうと、私たちは女王様の命令をただ遂行するのみよ。そうでしょう、ダイ大佐」
「あの方の無茶ぶりはいるものことだ。まさか無収穫で帰るなんてことはない」
ダイが思い出すのは、メイデアが女王として即位してからの日々だ。若くして王となった女性は武力の向上を第一とし、部下にも戦闘力の強化を命じてきた。無茶ぶりでしかない命令だったが、彼女自身が女傑とも言われる戦いの天才であったために、誰一人として背く者はいなかった。
鍛錬の日々の辛さを思い出し、ダイは乾いた笑いを浮かべるしかない。そんな彼を横から見ていたベアリーは、くすりと微笑んだ。
「……それにしても、こちらに来てからあなたの話し方が軟化したわね」
「そうか?」
「ええ。王国では堅苦しい話し方が主だったもの」
「それを言うならきみもだろう。王国内ではきみの方が立場が上だからな、同期とはいえ軽々しい口などきけるはずもない」
「それでも、今は嬉しく思うわ」
「……そうか」
眼鏡の奥の目が柔らかく和む。普段女王第一で硬い表情しか見せないベアリーだが、時折女性らしい顔を覗かせる。ダイはふっと視線を外し、己の胸の内に蓋をした。
互いに王国のために命を賭す者。それ以上でも以下でもないのだ。そんな気持ちをコーヒーの残りと共に飲み下し、ダイはベンチを立った。
「そろそろ向かおう。部下たちも待たせているからな」
「そうね。……森には、何人連れて行くのかしら?」
「船の番に五人。後の十五人は三つに分ける。その内一隊を同行させよう」
「承知したわ」
二人は一度戦艦に戻るため、颯爽と公園から姿を消した。
女神ヴィルは、鏡の中の外の世界を覗き込んでいた。
「ふぅん……。面白くなってきたわね」
まさか、スカドゥラ王国までもが動き出すとは想定外、でもない。何せ、メイデア女王を
より強固な国、無敵の国を目指し邁進する女王がその夢―欲望ともいう―を叶えるために情報を集め続けていることは以前から知っていた。メイデアは各地の伝説や言い伝えにも手を伸ばし、やがて神庭の宝物の存在も知った。
しかし、その神庭が何処にあるのかはスカドゥラ王国にある書籍からはわからない。途方に暮れていた彼女に、夢という形で接触したヴィルは言ったのだ。
――ソディリスラの北、未踏の森の果てに神庭はある。
その言葉のみを口にして、夢を去った。
後、メイデアが各地に散らばらせた諜報員から得た情報をまとめてソディリスラへと侵攻する未来はわかっていた。そして、その時期を『今』に調整したのも意図的だ。
「……精々、困り苦しめばいいのよ。レオラさま」
ちくり。胸の奥が痛み、ヴィルは両手を祈るように握り締めた。
ソディールの創造主であるレオラを苦しめることが、今回最大の目的だ。正直、その他のことはどうでもいい。ただ、レオラがこちらを向いてくれればそれでいいのだ。
鏡の映像を遮断し、息をつく。
神庭奥地であるこの場所に、誰が最初にたどり着くのか。女神は楽しげに微笑む。
その時だった。
「見つけた、ヴィル!」
「―――レオラ、さま」
神庭には強固な結界を張っていたはずだ。それこそ、結界を張っていることすら気付かれないほど強い力で。
しかし、目の前に息を切らせたレオラがいる。白銀の瞳がこちら必死に見つめ、白い髪からは汗が滴る。そして、体は血で汚れていた。
「どうして……」
ぐらりと体が揺らぐ。ヴィルはそれを意地で修正し、ポーカーフェイスを維持して問う。
「どうして、ここに入れたのですか? この場は、わたくしが結界を張って入れるはずが……」
「強行突破したからだよ、ばか」
「ばっ―――」
ヴィルは激高しかけてレオラの言葉を反芻する。「強行突破」したと言った。成程、だからレオラの体は傷だらけなのか。
レオラは魔力で結界を突破したのだ。見上げれば、結界の壁に亀裂が走っている。後で直さなければ。
ヴィルは深呼吸をして心を落ち着かせると、真っ直ぐにレオラを射抜く。
「何故、ここがお分かりに?」
「世界中、散々探し回った。だが、見つからない。そして思いついたんだ。――お前が最も思い出を残しているのはこの神庭奥地だとな」
「……だとしても、彼女はもういません」
胸が痛い。激痛が走る。それでも、もう後戻りなど出来はしない。
全ては――全ては、彼女との約束から始まったのだから。
ヴィルは唇を弓なりにし、愛する夫に微笑みかける。そこには悲壮感すら漂う。
「例え、単純で自分勝手な理由から始まろうとも、この宿命の流れを止めることなど出来ないのです」
「――待て、ヴィル!」
ヴィルの姿が掻き消え、代わりに何の変哲もない森がレオラを包む。どうやらヴィルが新たな結界を築いたらしい。
レオラは拳を握り締め、小さく呻くことしか出来ない。
「……何故だ、ヴィル」
お前を愛している。その心に嘘偽りなどあろうはずもない。それでも、何かが足りないのか?
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