第389話 待つよりも進もう

 晶穂の傍にリンがやって来たのと同じ頃。甘音は年少組と共に彼らの部屋にお邪魔していた。

 何やら会議を開くのだと笑うユーギに、甘音は首を傾げた。

「会議?」

「そう、会議。だけど、今後の戦いに関することじゃないんだ。この戦いが終わった後、ちょっとしたサプライズプレゼントを贈ろうと思ってさ」

「プレゼント? 誰に……」

「兄さんと晶穂さんにだよ、甘音」

 甘音に水の入ったコップを手渡しながら、ユキが笑う。宿提供の水は、わずかな甘味を含んでいる。果物の風味が追加されているようだ。

「あの二人、優しいから。ぼくらにもジェイスさんたちにも文句も不満も言わないだろ? だからぼくらも好きにやらせてもらえるんだけどさ」

「別に気を遣ってるわけじゃないと思う。だけど、無意識なんだろうな」

 ユキに同意した唯文が苦笑する。

 普通に考えて、年少者を戦いのど真ん中に投入するなど考えられない。それを実行してしまうのは、何よりも唯文たちが望んだからだ。

「その代わり、責任は負えって言われてる感じもするよ。……絶対に助けてくれるし、信じてくれるけど」

「だね、ユーギ。今だって、春直が帰ってくるって誰も疑ってないし。春直がただ逃げたわけじゃないって、みんな信じてる」

 その裏が取れた現在神庭への道筋のみならず、スカドゥラ王国への対抗策も必要になってきた。休む暇などないのである。

 唯文はユーギたちが書いた乱雑な予定表を読みながら、一点を指差す。

「だから、全て終わったらプレゼントするんだろ? もうに連絡は入れたのか」

「これから。でも絶対、協力してくれるよ」

「そこに疑いもないな」

「でしょ?」

 ユーギが歯を見せて笑い、明るい雰囲気が辺りを包み込む。

 彼らに計画の概要を聞かされた甘音は、目を輝かせた。

「すてきだね! きっと……ううん。絶対びっくりする!」

 きっとその場に、自分はいない。いられない。だから、と甘音はとあることを申し出た。

 彼女の申し出を断る理由など、ユキたちには存在しない。




 翌日。朝食に集まった面々に、リンは昨夜文里から聞かされた話をした。今日の朝食は、ジェイスと克臣が探索がてら町を走って見付けてきたベーカリーの焼きたてパンとサラダだ。

「いよいよって感じだね」

 まだ暖かいカレーパンをかじり、ユーギが呟く。じゅわっとカレーの香りが広がった。わずかにユーギに興奮の色が見え、克臣が注意する。

「ユーギ、あんまり興奮するなよ? 調子に乗るとやらかすぞ」

「わかってる。克臣さんにそのままお返しするよ!」

「そんだけ口が回りゃ、大丈夫か」

 ククッと笑い、克臣は表情を改めた。

「だが、そう悠長にしてもいられないだろ? そいつが今、何処にいるかなんてわからないしな」

「ええ。ですが、彼女らも神庭を狙っていると言うのなら、必ずアルジャ、またはあの森の中に現れます。個々に撃破していく位しか策が立てられていませんが」

 リンが眉を寄せると、克臣は軽い調子で首肯した。

「それだけわかれば、充分だろ。な、ジェイス」

「ああ。わたしたちが目指すべきは、まず神庭。そして、レオラとヴィルが仲直りしてくれることだからね」

 ホットドッグを飲み込んで、ジェイスは笑う。彼の言葉を聞き、克臣が「あ」と声を上げた。その手にはバケットサンドがある。

「どうした、克臣?」

「最近、女神の存在忘れてたな」

「……忘れるなよ。確証はないけど汽車でわたしたちを襲ってきた蛇も、狼も女神の眷属である可能性はとても高いんだから」

 どちらも撃破したとはいえ、油断などもっての外だ。ジェイスが苦言を呈すると、克臣は素直に「そうだな」と同意した。

「そういや昨日は調子悪そうだったけど、今日は大丈夫なのか? 晶穂」

「えっ!?」

 思わず食べていた餡パンを取り落としかけた晶穂の顔をじっと見て、克臣は何かを納得した。うんうんと頷き、カラリと笑う。

「うん、大丈夫そうだな。やっぱ、で休むのが一番だ」

「克臣」

「これくらい、良いだろ?」

 明確には言っていない。そう言って悪戯な笑みを見せる克臣に、ジェイスは仕方ないなと微苦笑を浮かべた。

 彼らの様子を見て、晶穂は「あのっ」と声を上げる。

「克臣さんもジェイスさんも、心配して下さったんですね。ご心配おかけしました」

「気にすることはないよ。晶穂の力は諸刃の剣だと、失念していたのはこっちなんだから。……こんな時だからこそ、甘えられる時は甘えたら良いよ。ね、克臣」

「ああ。大丈夫、何があっても俺たちは崩れないからな! 休む時は休んで、それから動き出せば良い」

「はいっ」

 ほっと肩の力を抜き、晶穂は微笑んだ。ぱくりと食べたパンのあんこが、優しい甘さを口の中に広げてくれる。

 リンは晶穂が嬉しそうにする様を横目に、わずかに目元を和ませた。

 昨晩、リンは晶穂の隣で寝てしまった。目覚めたのは晶穂とほぼ同時で、お互いテンパって照れて通常通りに戻すのが大変だった。

 座ったまま寝ていたはずだが、体が軽くなっているのは晶穂の力によるところかもしれない。また無意識に力を使わせてしまった。少し、リンの心が痛んだ。

「どうかしましたか、リン団長?」

「え? あ、いや。何でもない」

 晶穂に気を取られていたリンは、唯文の問いで現実に引き戻された。取り繕っているのは丸わかりだったが、誰もそこには突っ込まない。

 こほん。咳払いをしたリンは、改めて今後の方針へと話題を戻した。

「ここで立ち止まっていてもどうにもなりません。俺は森へ進むべきじゃないかと思います。ここで集められる情報は集めましたから、神庭を目指さなくては」

「春直を待たなくても良いのか」

 克臣に問われたが、リンの答えは決まっている。ええ、と首肯した。

「あの子なら、追いついて来ますよ。だから俺たちは、先に進まなければ」

 待てば、躊躇ためらわせる。臆病で気遣う春直のことだ。自分が待たせているとわかれば、申し訳なさで余計に帰って来づらくなりかねない。

 反対に進んでいれば、少しでも気を遣わないのではないか。また、これから行くのは春直が滞在する古来種の里へもつながる森の中だ。途中立ち寄って、再会しても良いだろう。

 リンの答えを聞き、克臣は「そうか」と微笑んだ。

「じゃあ、行こうか」

 ジェイスが立ち上がり、リンも「はい」と頷く。

「行きましょう。目指すは、神庭です」



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