第388話 無理し過ぎだ
春直の無事をリンたちが知ったその晩、晶穂はベッドの上で一人倒れていた。
「はは……。ちょっと力行使し過ぎたかな」
ユーギとリンに連続で治癒の力を使い、その後の治療にも使用した。今日の昼過ぎまでは何ともなかったのだが、春直が無事だとわかって気が抜けてしまったのかもしれない。
(バレて、ないよね)
先程までリンたちと夕食を共にしたが、普段通りにしていたと思われた。背中を冷汗が伝ったり眩暈を感じたりすることがあったが、表面上は取り繕えていたはずだ。
同室の甘音は、年少組の部屋の遊びに行っていてまだ戻って来ない。彼女が戻ってくる前に、少しでも体力を回復させておきたかった。
ふらつく足でベッドから這い出し、机に置いてある水を飲み干す。それでも冷汗が止まらない額に手の甲をあて、ベッドの端に腰を下ろした。
「こんな時に倒れてたら、駄目なのに」
創造主の依頼。姫神。女神の思惑。神庭の宝。スカドゥラ王国。ふと思い付くだけでも、この戦いに絡む事項は多い。
それら全てに対応することを迫られている現在、晶穂は足手まといになることは出来ないのだ。否、足手まといになどなりたくない。
ツユたちと別れた後、晶穂たちは再び町で聞き込みをおこなった。今度はスカドゥラ王国に関することに絞り、国の動向を知るためのものだった。
しかし得られた情報はといえば、既に耳に入っているものが大半だ。幻の宝物を探しているらしいこと、アルジャにおいて時折見られる兵士らしき姿くらいのものだ。
──コンコンッ
「えっ。甘音、帰ってきた?」
晶穂は深呼吸してわずかにふらつきを抑えると、ゆっくりとした足取りで部屋の戸の前へと向かう。そして、「はい」と答えながら戸を開けようとした時だった。
戸が自動で開き、晶穂の手は
「あ、れ?」
「大丈夫じゃなさそうだな、晶穂」
「リン……?」
おかしい。リンの部屋はここではない。ぼんやりと霞む頭でそんなことを考えた晶穂の背を押してベッドに座らせたリンが隣に腰を下ろし、事情を説明してくれた。
「昼過ぎから様子がおかしいなとは思ってたんだ。だけど、確証はなかった」
甘音も晶穂の異変に気付いていて、リンに様子を見に行ってほしいと頼んできたのだ。
「じゃあ、甘音は……」
「甘音はユキたちに任せた。お前、少し休んでろ」
晶穂の額に手のひらをあてたリンは、微熱を感じ取って息をついた。神子の力を酷使すれば、晶穂は倒れる可能性が高い。わかっていたはずなのに、制御させなかったことを悔いる。
とりあえず水を。そう思って腰を上げたリンの服が、何かに引き寄せられる。晶穂がリンの服を掴んだためだと気付いた時には、既に遅かった。
「うわっ」
「きゃっ」
晶穂の引く力が強かったのか、リンが驚いた拍子にか。二人してバランスを崩し、ボスンッと音をたてた。
「……っ」
「……ぁ」
リンは晶穂に覆い被さるようにして、ベッドに倒れていた。間近に互いの顔が迫り、二人とも赤面する。
互いを見つめ合って数秒か数十秒か。晶穂の青が宿る瞳にリンの赤い顔が映り、リンの紅い瞳に恥じらう晶穂の顔が映る。
────リリリリリッ
「「!!?」」
二人の心臓が同時に跳ねた。バッと勢いよく晶穂から離れたリンは、ズボンのポケットに入っている端末が音を鳴らしたのに気付いた。誰かと思えば、リドアスで留守を預かってくれている文里の名が表示されていた。
(危なかった……)
あのままでいたら、間違いを起こしたかもしれない。それを止めてくれたと思えば、この連絡は天の助けだろう。
端末はまだ鳴り続けている。見れば、晶穂が連絡の邪魔をしないためにと部屋を出て行こうとしていた。そのふらつく足では余計に心配だ。
「晶穂」
「? わわっ」
リンは晶穂を抱き上げ、再びベッドの上に横たわらせた。そして上布団を被せて一言「寝てろ」と呟いた。
「でもっ」
「良いから。な?」
リンは端末に表示された「通話」をタップした。そして、ベッドに腰かけたまま喋りだす。
「すみません、出るの遅くなりました。リンです。……はい。はい……」
晶穂は仕方なく天井を見上げていたが、不意にリンの端末を持たない方の手が自分の体をリズムよく軽くたたいていることに気が付いた。
それは、親が子どもを寝かしつける時に行うものと同じリズムだ。
とん、とん、とん。
とろん、とまどろみがやって来る。隣にいるのはリンだ。これ以上安心する相手などいない。
晶穂はまどろみに身を任せ、リンの傍で眠りについた。
(……眠った、か)
通話先の文里と話しながら、リンはわずかに笑みを浮かべた。無防備な顔で眠る晶穂の右手は、しっかりとリンの服の裾を掴んでいて離さない。
『どうかしたかい? リン』
「あ、いえ」
端末の先にいる文里が、首を傾げる気配がした。向こうは水鏡を使っているようだが、こちらには携帯端末しかない。その場合、水鏡には何も映らず、声のみが届く。
リンはリズムを刻む左手をそのままに、意識を通話へと向ける。
「それで、女は何処へ?」
『何処に向かったかはわからない。だけど、君たちを追っていった可能性が高いだろう。ここに来たのは牽制のためだ、と私とテッカさんは睨んでいるよ』
テッカも傍にいるのだろう。聞けば、リンたちが発ったのと交代で戻ってきていると言う。
『兎に角、こちらのことは気にしないで良い。君たちのことだから心配はないと思うけど、全員無事に帰ってくるんだよ?』
「ええ。約束します」
通話を切り、リンは息をつく。
どうやら、スカドゥラ王国が本格的に動き出したらしい。出来れば動き出す前に神庭へとたどり着きたかったが、仕方がない。
リンは眉間にしわを寄せ、明日の朝一番に仲間たちへ伝えるべき内容を頭の中でまとめた。そして、何時来るともわからない謎の女への対抗策を練る。
「……くそっ。何だって幾つも重なるんだ」
苛立っても仕方のないことくらい、リンはわかっていた。それでもたまには言わせてほしい。
「う……」
晶穂が寝返りをうち、リンにくっつきそうなほど近付く。決して離さないという意志でもあるのか、リンの服を掴む手の力は衰えない。
「大丈夫。必ず、全員無事に帰るから」
リンは晶穂の前髪に触れ、すいてやった。さらりと流れた髪の隙間から、晶穂のあどけなさを残す寝顔が覗く。
「全て終わらせて、帰るぞ。晶穂」
それは、これから訪れるであろう危機に対する決意。リンはしばし、晶穂の頭に触れて愛しげに口元を緩ませていた。
これからやって来るのは、激しい戦闘に違いない。しかし、今だけはこのまま。
晶穂以外の誰にも見せたことのない、リンのそれは優しい時間の中にある。彼がこの後眠ってしまったのは、言うまでもない。
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