急襲

第387話 美女の訪問

 リンたちがリドアスを発って数日が経過しようとしていた。

 留守を任された文里ふみさとは、食堂の隅で書類整理に没頭している。その横にはリンたちと入れ替わるように戻って来たテッカがおり、彼の仕事を手伝っていた。

「文里さん、これはこちらで?」

「ああ、お願いします。……よし、こんなものかな」

 いつの間にか、背丈を超えそうな書類の塔が出来上がっていた。今からこれをリンの執務室に移動させなければならない。骨が折れると腰を回して準備運動をする文里に、テッカは苦笑した。

「準備運動が必要なくらいなら、リンくんの部屋を借りればよかったんじゃないですか?」

「そうしたいのは山々だが……年頃の男の子の部屋に勝手に上がり込むのみならず、しばらく滞在するなど出来ませんよ」

 テッカは文里よりも頭一つ分背が高い。どうしても見上げる形になってしまうために首が痛くならないか、文里は冗談のように思っていた。

 紙とはいえ、それも束になれば重量が増す。一気に移動させることは困難だと判断した文里が半分を抱えて歩き出すと、隣にテッカがやって来た。その手には残り半分がある。

「助かりました、テッカさん」

「手伝っていましたしね、当たり前ですよ」

 二人して片付けも済ませ、食堂で一服する。緑茶と練り菓子を前にして、二人の壮年男性の話題は息子たちのことだった。

「唯文くんも今は向こうですよね」

「ええ。ユーギくんと、団長たちと一緒ですよ」

 文里は唯文の父であり、テッカはユーギの父親だ。同じ父という立場ではあるものの、以前は剣術の師範を務めたが今は事務方を専門とする文里と、遠方調査員として世界中を回るテッカは余り接点がなかった。

 それでも穏やかに話すことが出来るのは、同じ場所に立つ息子たちのお蔭だろう。

 緑茶をすすり、テッカはにやりと笑う。

「それにしても、唯文くんが団長たちと行動を共にするようになるとは思いませんでしたよ」

「それは、私も驚きました。ですが、彼はもともと団長に憧れていましたからね」

 唯文はリンの背中を追い、日本の高校に通っていた。また、剣術を指南してほしいと文里に頼んだのも彼の影響あってのものだろう。

「テッカさんこそ、ユーギくんが心配ではないんですか?」

「オレは……嫌われていましたからね。驚きはしましたが、これも親離れかと諦めみたいなものを感じていました」

 ユーギが幼い頃から旅に出ていたテッカは、父子関係を構築する暇を持たなかった。与えられなかったわけではなく、幼い我が子とどのように接すれば良いかわからずに遠ざけていたのだ。その結果、長い間息子との間に距離を生んでしまったのである。

「でも、今では関係を修復したのでしょう? この前は二人で市場に行っていたじゃないですか」

「ああ、知っていたんですか。お恥ずかしい」

 照れて頭をかいたテッカは、ユーギが楽しそうに市場を見て回っていたことを思い出す。なかなか二人で出かける機会はないが、またあれば出かけたいものだ。

 男二人の茶会は、穏やかに時間を経過させようとしていた。しかし、そこに大波を立てる知らせが舞い込む。

「たっ、たいへんだよ!」

 食堂に飛び込んできたのは、竜のシンだ。幼竜の姿の彼は、大きな目を一杯に開いて二人に迫った。

「どうしたんだい、そんなに慌てて?」

「盗み食いでも一香いちかに見つかったか?」

「なんでしって……ってちがうよ!」

 シンはパタパタと羽を羽ばたかせながら叫んだ。

「リドアスのまえに、しらないおんなのひとがいるんだ! むこうのほうにはおおきなふねとせんしみたいなひとたちもいるし……おねがい、きて!」

 一香が対応している。それを聞き、文里とテッカは顔を見合わせた。『知らない女の人』『大きな船と戦士』それらの言葉だけで、のっぴきならない状況だと理解出来る。

「シン、案内してくれ」

「こっち!」

 飛び去るシンを追い、文里とテッカは玄関ホールへ向かった。

 二人が到着すると、一香の細い背中が見えた。彼女は戸の前に立ち、訪問者の立ち入りを防いでいるらしい。

「―――ですから、団長たちを出すわけにはまいりません。お引き取りを!」

「そう言って、本当はここにいないのではないかしら? いなくても良いのですよ。ここを爆破してしまえば良いのですから」

「一香」

 テッカが呼びかけると、一香はぱっと顔を明るくした。振り向き、泣き出しそうな顔で安堵する。

「テッカさん、文里さん……」

「全く、なんて顔をしているんだ」

 下がるようにと一香に言い、テッカと文里が対応を交代する。

「あら、交代ですか? 誰が相手でも良いのですけれど」

 そう言って微笑んだのは、長身の犬人の女性だった。出るところがしっかりと張り出した世間一般で言えば魅力的な体躯をこれでもかと見せつけて来るが、あいにく男二人は興味がない。

「申し訳ないが、アポなしの訪問は受け付けていないんだ」

 冷ややかな顔で女性を追い返そうとしたテッカの後ろから、一香が現状を説明してくれる。

「あの人、さっきやって来たんです。そして、銀の華の団長に会わせろって聞かなくて。……シンによれば港に戦艦もあるって言いますから、下手に刺激することも出来なくて」

「わかった。助かったよ、一香」

「一香、邸の守りを強化しておいてくれるかい?」

 もしものことを考え、文里が頼んだ。すると意図を察した一香がこくんと頷き、足早に去って行く。

 一香がいなくなったのをテッカの背中越しに見ていた女性は、何かを思いついたのかフフと微笑んだ。

「何が可笑しい?」

「いいえ。ただ、私が一度合図を送ればこの邸は木っ端みじんになるのに、抗うなと思っただけですわ」

「それは、港に停泊している戦艦からの大砲か?」

「ご名答。ですから、さっさと質問に答えて下さいますか? ここに、銀の華の団長がいるのかいないのか」

 女性の問いに、テッカはため息をついた。そして、不思議そうな顔をする女性に尋ねる。

「―――はぁ。その質問、どっちにしろやることは一緒なんだろ?」

「どちらにしろ、銀の華を潰す。そういう風にしか聞こえないな」

 文里も苦笑いを堪え切れず、顔に出していた。テッカと文里にしてみれば、目の前の女性の脅し文句など、子どもの戯言たわごとと同じことだ。

 建物が無くなろうと、自分たちが死のうと、銀の華は咲き続ける。リンたちがいる限り、花が散ることはない。

 二人の男相手に分が悪いと思ったのか、女性は「仕方ありませんね」と引き下がる姿勢を見せた。その代わりに、と微笑みと共に伝言を置いて行く。

「お会い出来ませんでしたので、団長さんに伝言をお願いします。『神庭の宝物は、我々スカドゥラ王国が頂く。お前たちに勝ち目などない』と」

「……お前、スカドゥラ王国の者だったのか」

「ええ。女王の秘書をしております、ベアリーです。以後、お見知り置き下さいませ」

 女性は品よく微笑むと、踵を返した。その背に塩でもまこうかと文里は半ば本気で考えたが、流石に実行はしない。やったのは別のことだ。

「テッカさん、団長たちに連絡を入れましょう」

「ええ、そうですね」

 リンたちがアルジャにいるということは、数日前に連絡が来て知っている。二人は水鏡の前に立つと、リンの端末に急いでつなげた。

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