第381話 互いが持つ物を見せ合って

 アルジャのとある個室のある飲食店。そこに入ったリンたちは、全員が入ることの出来るように個室を二部屋借りた。そして、ふすまを開けて一部屋にしてしまう。

 店員が水を置いていき、注文も終わった。とはいえ、午後のお茶程度の簡単な注文のみだったのだが。

「さて、まずは僕たちからというのが筋でしょうね」

 ゴーダはそう言うと、隣に座るツユが「そうね」と同意した。

「春直のことは、先に言うべきでしょ。とりあえず無事、それだけじゃ足りないもの」

「わかってる」

 頷いて、ゴーダは水を一口喉に流し入れた。カタン、と机にコップを置く。

「先程お話しした通り、封血を操ることが出来れば、春直の暴走は二度と起こらないでしょう。それがこの世のためであり、本人のためでもあります」

「待ってください。この世のため? そんなに大がかりなことなんですか?」

 ゴーダの話の腰を折り、晶穂が口を挟んだ。折るべきではないのだろうが、聞き捨てならない。

 晶穂の指摘に嫌な顔一つせず、ゴーダは「確かに、説明不足でした」と謝った。そして、表情を改める。

「暴走を止めるのがこの世のため。それは決して、大袈裟に言ったつもりはありません。……封血の力を無制限に暴走させれば、あの血は己以外の全てのものを殺し尽くすでしょう」

「なっ」

「そんな……」

 ゴーダの言葉に、リンたちは絶句する。

 ゆっくりと言葉を呑み込んだリンは、何故と尋ねた。レオラから聞いた神話の真相の中では、初代姫神であり古来種の祖である天歌に無差別な暴力性を感じなかった。

「何故、そこまでの暴力性を持ったんだ?」

「最初は封血を守るためでした。それがいつしか歪んだのか、自分を守るために他の犠牲をかえりみなくなっていったらしいのですよ」

 過去、血からを暴走させて仲間を殺してしまった者もいたという記録が残っている。生き残りによる、震える文字の記述だった。

 だから、とゴーダは言う。

「彼にまでそんな悲しい思いをさせたくはありません。もう十分しているのですから」

 ゴーダの言葉に、晶穂は頷いた。心に大きな傷を負い、ようやくその穴を埋めつつある春直が、また傷つくことは避けたい。

「具体的に、春直はどんな訓練をすることになるんだ?」

 克臣が話をもとに戻すために話題を提供する。それに準拠し、ゴーダは話し始めようとした。

「お待たせ致しました」

「ああ、ありがとうございます」

 しかし、丁度店員が注文した品を持って来たために中断する。コーヒーや紅茶、ジュースと一口サイズのカップケーキが幾つか、テーブルに置かれた。

 それぞれに行き渡らせ、店員も下がる。ようやく、コーヒーを一口飲んだゴーダが話し始めた。

「最初は、封血を意識することから始めるでしょうね。そして、血を操るという段階へと進みます」

「ただ、あたしたちの中で封血を持つ人なんていないから、全て伝えられてきた書物によるけどね」

 ツユの補足を聞き、唯文が「そうか」と合点する。

「封血を伝えていたのは、春直のオオバ村など一部だけでしたっけ」

「そう。古来種の里にも、封血を持つ人は全くいない。だから、うまく行くという保証もない」

 ツユの一言には、不安が見え隠れする。彼女たちとて、上手くいくという確信があってのことではないのだ。無責任なようだが、可能性に賭けるのである。

 紅茶を喉に流し、ツユは「でも」と呟くように言った。

「我が儘というか、今更な感じは拭えないけれど、あたしたちはソディールを守るとあなたたちに誓った。それを違えることは絶対にない。……あたしは命を救われた。だから、今度は春直のことを助けたいんだ」

 真剣な表情で言い切ったツユに、晶穂は「ありがとう」と微笑んだ。ツユがこれ程までに考えていてくれたこと、それが嬉しかったのだ。

「わたしたちも、甘音を神庭へ連れて行かなくちゃいけないんだ。それには、春直の存在は不可欠だから。……あの子が自分自身を許せるよう、戻ってきてくれるよう願ってるよ」

「必ず、あなたたちの所に帰すよ。ね、ゴーダ」

「勿論。そのために、僕らが出来ることをするんですから」

 これにより、しばらくの間は春直を古来種の里に預けると決まった。彼が封血を自分の力とすることが出来るよう、訓練するのだ。

「後は、クロザが春直とどう話しているかが問題ね」

「大丈夫でしょう。クロザも、出来ることを精一杯やってくれるはずですから」

 この頃、クロザは里の資料室で春直に読ませる書籍を漁っていた。春直が次に起きる前に、と真剣な顔をして物色している。

 クロザがそうしていることは知らずとも、ツユもゴーダも友を信じて疑ってなどいなかった。

「それはそうと……」

 ゴーダの目が、ジュースに口をつける甘音に注がれた。

「彼女は? さっきはアマネと呼んでいましたが」

「ああ、説明する」

 今度はこちらの番だ、とリンが手にしていたアイスティーのグラスを置いた。そして、自分のことだと姿勢を正した甘音を手で示す。

「彼女は甘音。創造主によって、神と人とをつなぐ役割に任ぜられたんだ。その役割を担うために、アルジャの更に北にある神庭を目指している」

「神庭……。話には聞いたことはありますが、存在していたんですね」

「ゴーダ。お前たちの間では、どんな風に伝わっているんだ?」

 克臣に問われ、ゴーダは「そうですね」と思い出しながら口に出した。

「ソディールの北の大陸より更に北、世界の端に存在する未開の地で、誰も立ち入ることの許されない神のみぞ知る世界だ、と」

 不可侵を義務付けられたような神聖な場、それが古来種の中での神庭の位置付けだという。そのような見方はリンたちとあまり変わりなく、神庭が誰にも正体を知られずにいたのだと改めて実感した。

 しかし、ということは古来種に尋ねても神庭の場所まではわからないということになる。リンは当てが外れたことを残念に思ったが、自分の足で探せばいいかと思い改めた。

「しかも、スカドゥラ王国の連中も神庭を狙っているらしいんだ。やつらをどうにか追っ払わないと、安全に送り届けることは難しいだろうな」

 ジェイスは先程の兵士たちの様子を思い出し、眉をひそめる。それに同意しつつ、克臣は呑気にミルク入りのコーヒーを飲み干した。

「やることは一つだろ。俺たちでスカドゥラ王国を黙らせればいい」

「簡単に言うね、克臣さん」

 呆れ顔のユーギに、克臣は「簡単だとは思っちゃいないさ」と笑ってみせた。

「どちらにしろやらなければいけないなら、それをする。ただそれだけのことだからな」

 ぽいっとカップケーキを口に放り込んだ克臣に、リンは笑うしかない。彼が言っていることは間違いないのだから。

 リンたちの話を聞いていたゴーダとツユは、苦笑顔で飲み物を口に運んだ。

「そちらに関しては、あまり手伝えることはなさそうだ。でも助力が必要なら、いつでも声をかけて下さい」

「ええ。いつでも飛んで行くから」

「助かる。ありがとう」

 リンが礼を言うとゴーダとツユは驚いた様子だったが、二人共笑みを見せてくれた。

 スカドゥラ王国の情報と春直の鍛錬の報告をするため端末のアドレスを交換し、一行は店を後にした。

 用事を済ませるというゴーダたちと別れ、リンたちは一度宿に入った。スカドゥラ王国についての情報を集め、分析する拠点とするためだ。

 春直が戻ってくる前に、出来る限りの情報収集をすることが必要だろう。リンたちはまた幾つかに分かれ、町へと繰り出していった。

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