第380話 横柄には論破を

 リンたちの前に現れたのは、迷彩柄の服を着た十人の兵士だった。そのどの手にも銃や弓矢、剣等といった獲物が携えられ、こちらを驚きの表情で見つめている。

「お前たち、この森で何をしている!?」

 その中の一人に詰問するような声で問われ、ムッとしたリンが前に出ようとした。しかし、ジェイスに遮られる。

「何を、とはご挨拶ですね。わたしたちは旅の物者です。ここは誰のものでもない自然の森。誰の所有地でもないのですから、わたしたちが居ても差し支えないのでは?」

 表面上はにこやかに応対するジェイスに、兵士はあなどったのか横柄な態度を取り始めた。

「誰の所有地でもない、だと?」

「ええ。……それとも、違いますか?」

「違うに決まっている!」

 話している兵士は、一個隊の長なのだろう。他の兵に顎で示し、何か紙を広げさせる。そこには、スカドゥラ王国の紋章が大きく印刷されていた。

「この森は、王命によってスカドゥラのものとなった! 我らスカドゥラ王国兵以外、許可を得ない者は立ち入ることまかりならん!」

 胸を張り、高々と言い放つ兵士を見て、ジェイスはやれやれと肩をすくめた。

「虎の威を借る狐とは、まさにあなたのことだね」

「何を……」

「いつから、ですか?」

「は?」

 ジェイスの問いに、兵士が固まる。畳み掛け、ジェイスは尋ねた。──笑みを浮かべて。

「いつ、誰の同意を受けてこの森はあなた方のものとなったのでしょう? ここソディリスラで、そのような話を耳にしたことはありません。また同意したという話も聞きません。……お教え願えますか?」

「え、えぇ……」

 この兵士にも、ようやくわかったのだろう。ジェイスの笑みは、決して友好的なものではないと。

 彼らの様子を後ろで見ながら、リンたちは苦笑いを浮かべるしかない。こういった交渉ごとは、ジェイスが一番適している。

 言葉に窮する兵士から離れ、ジェイスは穏やかに微笑んだ。

「では、あなた方の虚言ということですね」

「!? な、何を言う。ここに確かに王のお言葉が……」

「ああ、ごめんなさい。凍らせて割っちゃった」

「───?!!」

 リーダー格の兵が驚き振り返ると、王命書を掲げていたはずの兵が倒れ、そばには粉々になった氷を手放す少年の姿があった。水色の瞳をいたずらに光らせる少年は、ユキである。

 ユキの行動に気付いていたジェイスだが、あえて好きにさせておいた。森をスカドゥラ王国の手に渡すわけにはいかないから。

(少々、強引だけど)

 どちらにしろ、スカドゥラとは敵対する。それが早いか遅いかの差しかない。

「このっ」

 兵たちがユキを捕らえようとするが、すばしっこく逃げ回る彼を捕まえることなど出来はしない。それどころか、氷の魔力行使によって足下を氷漬けにされる始末だ。

 ひらりと舞い戻ったユキの頭を撫で、ジェイスは怒りで顔を赤くする兵に尋ねた。

「さて、どうしますか? 残念ながら、わたしたちはあなた方にこの森を渡すわけにはいきません。大切な森ですので。……即刻、出ていって頂けますか?」

「───ちぃっ」

 兵は苦々しく顔を歪めると、後方を見て「おいっ」と叫んだ。すると部下の中に炎属性の魔種がいたのか、小さな火がポッと灯った。

 火で氷を溶かすと、リーダー兵は忌々しげに命じた。

「撤収だ! 国王へ報告するぞ」

「おおっ!」

 部下たちを引き連れ、兵は舌打ちを残してその場を去った。その後ろ姿に塩でもきたかったが、ジェイスの隣ではユキが舌を出して嫌悪感をあらわにしていた。

 静けさを取り戻した森の中で、リンはジェイスに近付く。

「ジェイスさん、あいつら……」

「ああ、スカドゥラ王国の兵士だね。……こんなところにまで、本当に侵攻していたとはね」

「あんなに煽るようなこと言って……途中から楽しんでましたよね、ジェイスさん」

「バレたか」

 くすくすと笑うジェイスに、リンは肩をすくめて見せた。リンも、きっと同じような対応をしたという自覚があるために何ともコメントしづらい。

 ちらりとユキを見れば、てへっと小さく舌を出された。彼も悪乗りした口だろう。

「ユキ」

「でも兄さんも、同じことしたでしょ?」

「……否定しない」

 素直に認め、リンは苦笑する。この場にいる誰が前に出ようと、結果に変わりはないだろう。

 リンは話柄を変え、ゴーダに話を振った。

「あいつら、最近現れたのか?」

「ええ。ここ一週間か一ヶ月か、どちらにせよ最近のさばるようになりましたね」

 ゴーダも、森で何度かスカドゥラ王国の兵を見かけたらしい。ただ何が目的かわからなかったために、放置していたのだ。

「でも、リン団長たちはその理由を知っているようですね?」

「……ああ、知ってる」

 リンが神妙に頷くと、ゴーダはツユと顔を見合わせ頷き合った。町の方向を指差す。

「ならばなおのこと、情報の交換が必要です。急ぎましょうか」

「わかった、行こう」

 一行は足を速め、アルジャへ向かって歩き出した。

「……」

 甘音は晶穂らの後を追おうとして、ふと足を止めた。くるりと振り返ると、静謐せいひつな森が広がっている。

 知らず知らずのうちに、喉を鳴らした。

(この先に、神庭があるんだ……)

 甘音が向かうべき神庭は、森を抜け山脈を越えた先にある。そこで待っているであろう孤独を思い、少し寂しい気持ちを感じていた。

「甘音?」

「どうしたんだよ、行くよー」

「あ、はーい」

 晶穂とユーギに呼ばれ、甘音は彼らに顔を向けた。

 今はまだ、まだ見ぬ先に憂いを思う時ではない。甘音はそう思い直して、地を蹴った。




 アルジャの北部にある森を出たスカドゥラ王国の一行は、ベースキャンプ地である町の郊外に戻って来た。隊長の男は苛々と貧乏揺すりを続け、部下に呆れられている。

「くそ、くそ、くそっ」

「隊長、落ち着いて下さいよ」

「これが落ち着いていられるか!」

 部下に一喝した男は酒を一杯だけあおり、無線のスイッチを入れた。しばらく雑音が聞こえていたが、徐々に明瞭なスカドゥラ王国の言葉が聞こえてくる。

「おや、ヨーラス隊長。何かあったかな?」

「こ、これはメイデア国王様。ご機嫌麗しゅうございます」

 ヨーラスは姿勢を正した。酒の酔いも一気に醒めてしまう。

 メイデアはスカドゥラ王国の若き女傑であり、女王であった。彼女の武勲は数知れず、生ける伝説的武将という噂すらある。

 ヨーラスがしどろもどろになりつつ口上を述べると、メイデアは鬱陶しそうに「挨拶は良い」とぶった切った。

「そちらの首尾は? 神庭は見つかったのか?」

「そ、それが……」

 メイデアはヨーラスの報告を聞き終わると、ねぎらいの言葉をかけて通信を切った。彼女はヨーラスの心の底から安堵したらしい声色に、苦笑を漏らす。

「全く……。我が意を遂行し切れない、か」

 わずかに嘆息しながら、ヨーラスの言っていた邪魔者を思う。彼らは一体何者だろうか。

「まあ、いい。――邪魔をする者は、全て消えるのだからな」

 メイデアは手元にあったワイングラスを傾け、楽しそうに微笑んだ。

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