第379話 古来種との再会
リンの目の前に姿を現したのは、古来種のツユとゴーダだった。
確かにこの森は古来種の里に続いてはいる。しかしまさか、とリンは驚くしかない。
「リン? どうし……」
どうしたの? そう尋ねたかった晶穂だが、視線は赤髪の少女に釘付けとなる。長かった髪を肩までの長さに切り揃えた少女は片手を挙げ、にこやかに振った。
「久し振り、晶穂」
「ツユ……?」
「ええ」
間違いなく本人だと頷くツユに、晶穂は思わず詰め寄った。
「あなた、もう体は大丈夫なの? あの時、ダクトに……」
「お蔭様でね。まだ激しい動きは出来ないけど、当面の命は保障されたわ。……これも、あなたたちのお蔭ね。感謝してます」
殊勝に頭を下げるツユに、晶穂は戸惑い苦笑を浮かべた。
二人がそんな会話をしている間に、ゴーダはリンたちの前へとやって来た。後ろ手に束ねた青黒い髪を揺らし、ゴーダは微笑を見せた。
「お久し振りですね、皆さん。お元気そうで何よりです」
「あなたもね、ゴーダ。話すのは水鏡以来か。……クロザも?」
ゴーダと時折連絡を取っているジェイスが前に出て、もう一人の所在を尋ねる。ゴーダは「ああ」と合点して首を緩く横に振った。
「彼は、ここにいませんよ。僕らはアルジャと……あなた方に用事があって」
「わたしたちに?」
ジェイスは思いがけないゴーダの言葉に驚き、目を瞬かせた。そして、後ろで控えるリンと克臣たちを振り返る。
「用事、とは?」
リンが尋ねると、ゴーダはふと話柄を変えた。
「そういえば、皆さんは春直を探しているのですか?」
「どうして、それを知っている?」
ゴーダの緑色の瞳を正面から見つめ、リンが堅い声で問う。するとゴーダは苦笑した。
「警戒せずとも大丈夫ですよ。何故知っているのか、という問いに答えるのは簡単です。ね、ツユ」
「ええ」
話を振られたツユは、青い瞳を細くした。
「春直、あたしたちの里で預かっているもの。負傷して衰弱してるから、休ませてるわ」
「え……」
幾つもの声が重なる。呆然と、唖然と。ツユの言葉が彼らの頭で処理されるには時間が必要だった。
「は、春直は無事なの?」
「ええ。言った通り、休ませてるけどね」
ユーギの焦った声色に、ツユは笑みを浮かべて応える。ほっと息を吐いたユーギは「よかった」と笑みをこぼした。
彼女の後はゴーダが引き取った。
「精神、肉体共に疲労の色が濃く、休養が必要でしょう。……彼はあなたたちが自分を捜すことはないだろうと言っていましたが」
「そんなわけないだろ」
間髪を容れず、リンは明言する。踵を返した際の春直の涙で歪んだ顔を思い出す。
「春直は、俺たちの仲間であり、かけがえのない友人だ。何の理由もなく、あいつが他人を傷付けるはずかない。なのに……」
なのに、どうしてそんなことを言うんだ。悔しげに歯噛みするリンの後ろから、ジェイスの声が飛んだ。
「リン。春直はそれを考えられないくらい、動揺していたってことじゃないかな?」
「ジェイスさん。……動揺?」
「そう。春直にとっても、思いがけない出来事だったはず。あの臆病で優しい春直のことだ。きっと、自分を責めて
「そう、ですね」
納得し、リンはゴーダに向き直る。
「俺たちは、今すぐ春直を迎えに行きたい。だけど、それはあの子をより追い詰めるのか?」
「それを決めるのは彼自身。だけど、僕たちに少しだけ時間を頂きたいのです」
思いがけない申し出に、リンは目を瞬かせる。
「時間、とは?」
「春直に、自分の中に目覚めつつある封血の力の操り方を伝えておきたいんです」
封血。その言葉に、晶穂の体がビクッと反応する。神子である晶穂にとって、封血は命の危険に直結するものだ。
「……封血に、何かあるんですか?」
遠慮がちに尋ねた晶穂に、ツユは大きく頷く。
「あるのよ、これが。ね、ゴーダ」
「ええ。そして、今回の暴走の原因でもあるのです」
「―――俺たちにも、詳しく教えてくれないか?」
春直の暴走の原因が封血にある。それを知り、リンが少しだけ身を乗り出した。見れば、ジェイスたちも真剣な表情でゴーダたちを凝視している。
ゴーダは「勿論」と微笑むと、町の方面へと体を向ける。
「ここでは落ち着いて話すことも出来ません。町に用事もありますし、アルジャへ向かいながら話しましょう」
「わかった。春直が無事なら、俺たちはそれでいい」
リンの了承を得て、ゴーダはツユと共に森の中を歩き出した。彼らの後を、リンたちが追う。
「封血が何のためにオオバなどに残されたのか、皆さんはご存知ですよね」
「ああ。神子の力を削ぐためだろう?」
「その通り。そして血をつなぐことで力を増し、現代になり、神子の力は封血によって弱体化することが確かめられました」
ゴーダの視線が、わずかに晶穂を捉える。春直の封血の力によって気を失い、晶穂はクロザに連れ去られた。その時のことを思い出したのか、晶穂の顔色が少し青白くなっている。
「……」
リンは「大丈夫だ」と言う代わりに、彼女の手をきゅっと握った。それだけで、晶穂の胸に巣食う不安の色が薄くなる。
晶穂は、ありがとうの気持ちを込めて握り返した。
前を向いたまま喋るゴーダは、獣道を辿って行く。通り慣れているのか、立ち止まり迷うようなそぶりを見せない。
「封血を持つことは、神子と対峙することを示します。万が一の事態に備え、封血には戦う力が備えられました。それが『
操血は、文字通りに血を操る力のことだ。全身を駆け巡る血を武器の形に具現化することが出来、武器生成の他に身体強化の力を得られる。
ただし、とゴーダは言う。
「春直の封血は力を使うことなく守護に徹してきました。ですから、決壊する時が偶然訪れたのです」
「決壊。ということは、あの赤い瞳の春直は操血の力の暴走によって動いていたということですか?」
晶穂の問いに、ゴーダは肯定を示した。
「文献によれば、封血の力は一度己の物としてしまえば暴走することはなくなるらしいのです」
春直に封血操る術を身につけさせ、今度こそ古来種の野望を叶えることも出来るだろう。しかし、クロザたちはそちらにではなく春直自身のために知識を伝えようとしている。
「春直自身が望めば、あなた方のもとへと戻る前に修練出来ます。――いえ、しなければ再び春直自身が傷つくことになりかねません」
「俺たちも、春直が何度も傷を負うことを許さない。……俺からも頼もう。春直がもう一度立てるよう、力を貸してやって欲しい」
「頼まれるまでもありませんよ」
ゴーダは微笑すると、ふと足を止めた。草むらの先にアルジャの町が見える。
「さあ、そろそろ。……?」
何かに気付いたゴーダが目を細める。そして、リンたちの方を振り返った。
「何かいる。気を付けて下さい」
ガサリ。ガサリ。徐々に近付いて来るものは、リンたちの姿を捉えて足を止めた。
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