第375話 涙の雨
何処かへ走って行ってしまった春直を探すため、リンたちはすぐに周辺を捜索した。
「いましたか?」
「いや。見つからないよ」
「何処に行ったんだ、あの阿保は」
リンの問いに、ジェイスと克臣は首を横に振る。唯文とユキも戻って来たが、周辺にはもういないようだった。
しゅんと肩を落としたユキが呟く。
「何処に行っちゃったんだろ、春直……」
「かなり混乱してたからな。自分でも何処を走ってるのかわかっていない可能性もあるぞ」
唯文がユキを励まそうと肩を叩く。彼の言葉に、ユキは「そうだね」と頷いた。
集まって話すリンたちから離れ、甘音は晶穂のもとへと駆ける。そこには傷を癒してもらっているユーギが仰向けに寝そべっていた。
「ユーギくん、大丈夫ですか?」
「ああ、甘音。……うん、とりあえずは大丈夫。動くし」
出血は止まり、血を洗い流した。痛々しい傷はそのままだが、ユーギは腕をぐるぐる回して笑う。
ユーギの様子にほっとした晶穂だが、注意することだけは忘れない。
「ユーギ、傷を落ち着かせただけだからね。無茶をすれば開くかもしれないから、気を付けて」
「ありがとう、晶穂さん」
元気に頷いたユーギは、甘音と共にリンたちの元へと走る。それに気付いた克臣が目を見張った。
「お前、もう良いのか?」
「うん。晶穂さんのお蔭で問題なく動けるよ! 早く春直を探そうよ」
「ふふっ。そうだな」
傷付けられても、春直という仲間への信頼は変わらない。重傷を負ったユーギの心情を心配していた克臣だったが、杞憂に終わった。
ぼんぽんっと頭を撫でられ、ユーギは不思議そうな顔をして克臣を見上げた。
「何?」
「いや、なんでもない」
克臣は首を横に振り、さて、と伸びをする。視界の端にジェイスとリンの姿が見えた。
「俺は、一度休んでから捜しに行くべきだと思う。お前らは?」
「正直言えば、すぐにでも追いたいです。でもその後のことも考えると、休むべきでしょうね」
「わたしも賛成だ。心配なのは山々だけど、船を漕いでいたら見つかるものも見付からないよ」
ジェイスの言う通り、彼の傍ではユーギとユキがこっくりこっくりと眠気と戦っていた。それでも捜しに行くと言い張ったが、捜索中に倒れられたらたまらない。
一行は一度宿に戻って出直すことにした。しかしそれも、日が昇るまでの時間に限られる。
日が昇り、一行は春直の行方を捜すために宿を出た。道には多くの水溜まりが出来ていて、数時間のうちに大雨が降ったのだと推測された。
「……春直の涙が降ったみたいだね」
晶穂がぽつんと呟くと、リンは「ああ」と頷く。そして、支度を整えた仲間たちを振り返った。
「必ず捜し出しましょう。俺たちの仲間を」
──タッタッタッ
春直は商店街と市街地を抜け、住宅地を抜けて走り続けていた。途中何度か人にぶつかりかけたが、なんとか接触事故を起こすことなく走り抜けた。
心臓が激しく鼓動し、痛みさえも感じる。もう限界だと叫んでいる。それでも、春直は止まらない。
溢れる涙を拭うこともせず、にじみ見えづらい視界のままで無我夢中で走り続ける。もう、何処をどう走っているのかもわからない。
「はぁ、はぁ。……っ、はっ」
足が痛い。腕が痛い。何よりも、心が悲鳴を上げている。
(どうして、ぼくは……っ、ぼくは何をしたんだ!)
どうして、と何度も問う。何故、大切な友だちを傷付けたのかと自らに問う。
問う。問う。問う。
けれど、答えなど出るはずもない。
自問自答の末など見えない。
あるのは、底知れない悲しさと悔しさ、寂しさだ。
「つっ……はっ、かはっ」
激しく咳き込み、春直は止まった。突然止まったために、心臓が驚いている。余計に咳は激しくなった。
「……う、ぁ」
呼吸が落ち着き、今度は止まらない感情に押し流されそうになる。ぼろぼろと大粒の涙が溢れ出て、止まることがない。
(泣くな、泣くな! 泣いたって、なかったことにはならないんだから。ぼくが、二人を傷付けた事実は変わらないんだからっ)
自分に泣くなと暗示をかけようとするが、ことごとく失敗する。それどころか、より多くの涙が春直の頬を濡らした。
「……っ。うぁぁ……くっ」
とうとう、春直はしゃがみこんだ。すると余計に感情が溢れ出て、声を殺して泣き続ける。
──ポツッ
いつの間にか降りだした雨は、数秒で土砂降りとなった。ザァザァと降りしきる雨の中、春直はたった独りで膝を抱える。
頭の上からずぶ濡れになりながらも、春直はその場を動かない。既に涙か雨かわからなくなった雫に濡れそぼり、顔も目も真っ赤だ。
「……」
どれだけの時間、そうしていただろうか。春直は足の痺れを感じて立ち上がり、ゆっくりと足を前に出す。数歩進み、立ち止まる。
ぶるっと体が震え、春直は自分の体が冷えているのだと初めて気が付いた。服はピタリと体に貼り付き、気持ち悪い。
「雨宿り、しなきゃ」
春直は緩慢な動作で辺りを見回した。そして、自分がいつの間にか森の中に入ってしまっていることに気付く。アルジャの町を抜け、北の山脈につながる森に分け行ってしまっているようだ。
あのまま何もなく仲間たちと共にいられたら、彼らとここに踏み入れたはずだった。けれど、それももう叶わないだろう。
(ぼくは、もうみんなのもとには戻れない)
正気を失った自分が囚われていたものは何なのか、何が自分に起こったのか。それもわからないのに、また傷付けるかもしれないのに、平気な顔をして戻ることなど出来ない。
春直は自分の小さい手のひらを見つめた。爪にはまだ赤いものが残っているが、ほとんど雨で流れてしまっている。
その事実にほっとして、春直は
(だめだ。なのに……)
嘆息しかけ、止める。それからゆっくりと雨の中を進む。木々が傘の役割を果たしてくれ、少しだけ濡れる量が減った。既に濡れ鼠だから関係はないが。
「……あっ」
十数分歩くと、大きな木に
「……さむ」
ガタガタと震える体を抱き締めて、春直は息をついた。暗闇から降りしきる雨を眺め、また涙が流れる。
「会いたいよ、みんな……」
諦めたはずの思いが膨らむ。その気持ちを懸命に隠し、春直はゆっくりと睡魔に
既に深夜を過ぎ、春直の体は疲労の限界を超えていた。
ぼんやりと眠気を迎え入れていく中で、近くの草むらがガサリと音をたてた。
(獣? ……うん。襲われても、もういいかな)
最期が獣に殺されるというものだとしても、それが自分にとっての罰だと春直は受け入れた。そして、眠気に身を任せて眠りの中に落ちていく。
「……、……!」
誰かが呼んでいる。そんな気がしたが、春直はもう目を開けることすら出来なかった。
瞼の裏に見えるのは、優しい仲間たちの顔ばかりだ。
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