第370話 男の料理

 宵闇が迫る時刻、リンたち四人は宿屋へとやって来た。先に着いていたジェイスと克臣か手を振る。彼らと共にいるのは、ユキと唯文、甘音の三人だ。

「すみません、待たせましたか?」

 リンが駆け足で近付くと、兄貴分二人は「いや」と否定した。

「よかった、ちゃんと迷わず来たね」

「受付は済ませてある。行こうぜ」

 先導され、宿の戸を開ける。

 今回リンたちが一夜の宿を取ったのは、地元に古くからあるという小さな宿だった。一夜限りを売りにした平屋の住宅を、民宿として貸し出している。

 部屋割りはジェイスと克臣、リンとユキ、唯文と春直とユーギ、そして晶穂と甘音だ。

 一度各部屋に荷物を置き、居間に集まる。そこで食事をしながら、今後の方針を決めようというのだ。

「今夜は俺が作るから、楽しみにしとけよ?」

 そう言って腕捲りをしたのは、なんと克臣だった。この宿では、希望しない限り食事は自炊となっている。ちなみに希望すれば、弁当を届けてもらえるのだ。

「え、克臣さんって料理なんて繊細な仕事出来るんだ?!」

「思いっきり失礼だな、ユーギ」

 すっとんきょうな声を上げたユーギに、克臣は苦々しい顔を返す。彼の手には、人参に似た赤っぽい野菜が握られている。宿に来る前に買ってきたらしい。

「だって、見たことないなって」

「確かに。ほとんど真希ちゃんに任せっぱなしだからな、克臣は」

「ジェイスまでかよ……。お前は俺が料理出来ることは知ってるだろ?」

「ああ。大学時代、何度か食べさせてもらったよ。ユーギ、克臣は上手く作るから安心していいよ」

「……ジェイスさんがそう言うなら」

「渋々だなお前」

 仕方ねぇなぁ。そうぼやきながら、克臣は料理に取り掛かる。青いエプロンがあったためにそれを着け、手を洗って気合いをいれた。

 キッチンの棚にあった鍋をコンロに乗せ、その隣で野菜と肉を切り始める。その作業をじっと見ていたユーギたちに、克臣はヒラヒラと手を振った。

「見られてたら集中出来ないから。先にそっちて情報交換しててくれ」

「わかった。楽しみにしてるからね!」

「くどい」

 ユーギに指を差され、克臣はげんなりしつつも表情を変えた。真剣な面持ちで包丁を動かす。

「じゃあ、みんなこっちへ」

 ジェイスに促され、それぞれに居間のソファーに座る。トントンと小気味良い音が響く中、情報交換会が始まった。

「まずは、リンから聞こうか」

「わかりました」

 リンは頷くと、飲食店街でダヤンに聞いた数日前の出来事を話す。

「その人、ダヤンが山で武装した人々を見たそうです。余所者であることは確からしく、よく覚えていました」

「成る程。その武装した人々が、スカドゥラの兵士である可能性は捨てきれないね」

「あ、それから。その人の知り合いが別の日にも見たって」

 春直が手を挙げ、ジェイスに発言許可を求める。了承されると、ちらっとリンを見て彼の許可も得る。

「春直、そのまま続けてくれていい」

「はい。……その知り合いは、何か捜しているのかと訊いたそうです。すると、その人は宝探しをしているんだ、と答えたとか」

「宝探し……。宝ってやっぱり」

 ちらり、とユキの目が甘音へと行く。甘音自身もわかっているのか、神妙に頷いた。

「わたしが神さまとつながっているから、ですよね。きっと」

「そう、だと思う」

 春直は遠慮がちに頷いた。

 甘音は次期姫神候補であり、神とソディールとをつなぐ役割を担う。彼女がどんな言葉を天上へ送るかによって、ソディールの未来はどちらにも転ぶのだ。

「じゃあ、今度はわたしたちの方だね。わたしたちは、商店街へ足を運んだんだ」

 情報は、人の口から口へと伝わっていく。人通りの多い場所をと選んだのが商店街だった。

 幸いにも賑わう中、ジェイスたちは二グループに別れた。一つはジェイスと甘音とユキ、もう一つは克臣と唯文だ。

 ジェイスたちは目についた駄菓子屋へと入った。思わず目を輝かせる少年たちを放置し、ジェイスは奥にちょこんと座る老女に話しかけた。

「こんにちは。お聞きしたいことがあるのですが、宜しいですか?」

「何だい? えらく美人だね、あんた」

「あはは……。お褒めに預かり光栄です」

 船を漕いでいた老女は、ジェイスの顔を見て驚いた顔をした。それに若干苦笑しつつ、ジェイスは最近他所よそから来たと思われる人を複数人見ていないかと尋ねた。

「他所もんかい?」

「ええ。出来れば旅行者ではない、変だなと感じるような人だと」

「そうだねぇ」

 老女は熟考しているのか、目を閉じて体を揺らす。ジェイスは駄菓子を選び終えたユキと甘音と共に、彼女が目を開けるのを待った。

 どれくらいの時間が過ぎただろうか。甘音が待ちくたびれて舟をこぎ出した頃、老女は「ああ、そうだ」と目を開けた。

「一週間くらい前かね。若い男とその上司らしき男が訪ねて来てね、この町に伝わる伝説について教えてくれと頼まれたよ」

「伝説?」

 甘音が目をこすりつつ尋ねると、老女は「ああ」と頷いた。

「このアルジャで伝説といやぁ、北の森の宝物ほうもつの話くらいなもんだね」

「北の、森の」

 甘音の瞳が震える。それに気付くことなく、老女は懐かしむように語り始めた。

「大昔から、アルジャの北の森の奥には、何でも叶えてくれるという宝が眠っているのだというよ。その宝の存在は、わしが子どもの頃には既に伝わっていてね、しかし誰も見たことがないんだ。宝は玉だという人もいれば、剣だと噂する人もいる。……だがわしは、そのどちらでもないと思っているよ」

「どちらでもない? 何でですか?」

 ユキが身を乗り出すと、老女は目を細めて微笑んだ。好奇心旺盛な子どもが好きなのだという。

「何故そう思うかって聞いたね。何故って、玉や剣でありそれを誰も見たことがないのだったら、この地に話が伝わるはずがない。わしは宝は生きていて、誰かと出逢ったことがあるのだろうと考えているのさ」

 ただの夢想だがね。老女はそう言って笑った。

 ジェイスは曖昧に微笑みながら、老女の考えに舌を巻いた。彼女の夢想と称する考えは、あたっていると言っても過言ではない。

 宝とは姫神のことであり、姫神は生きているのだから。

「……あなたは、その話を訪ねてきた男たちに話したんですか?」

「ああ、話したよ。わしの夢想と共にね。そうしたら、そいつらったら表情を変えてね。真剣な顔をして出て行ったよ。『やはりそうか』って言いながらね」

「ちなみに、彼らの服装は?」

「丁度、兵士とかそんな恰好だったね。剣をぶら下げて、ちょっと怖かったよ」

「そうですか。……わかりました、ありがとうございます」

 ジェイスは微笑み、ユキと甘音の背を押した。彼らが駄菓子を精算し終えるのを待ち、店を出る。

 考え事をしているジェイスに、ユキは尋ねた。

「ジェイスさん。やっぱり、スカドゥラ王国の手が……」

「ああ。入っていると考えて、間違いなさそうだね」

 克臣たちと合流しよう。そう言って、ジェイスとユキ、甘音は二人と合流したのだ。

「おれも、良いですか?」

 ジェイスが話し終わったのを見計らい、唯文が手を挙げる。彼は克臣と共に商店街の自治会長の店に入ったのだという。

「その自治会長、わりと話し好きで。おれと克臣さんはかなり世間話に付き合わされたんですけど、最後に少しだけ有益な話を聞けました」

 なんと、森で白い服を着た女性を見たというのだ。しかもその服は、ドレスか正装のようでもあった、と。

「聞けば聞くほど、儀式用の服のようでした。だからもしかしたら、会長は森で姫神、もしくは女神の姿を見たのかもしれません。……ただ」

「ただ?」

 何かを渋る唯文に、リンは先を促す。

「……見たのは、もう何十年も前だとか。最後の最後にそう言われて、おれも克臣さんも思わず力が抜けましたよ」

 すみません、あまり役に立たなくて。耳を伏せて謝る唯文に、リンは首を横に振った。

「役に立たないなんてことはない。つまり、北には姫神か女神が立ち入る場所がある、ということだからな。俺たちが目指すべき場所だという証明になる」

「あ……ありがとうございます」

 唯文はぴょこんとしっぽを振った。

 その時、キッチンから美味しそうなにおいが漂ってきた。

「待たせたな!」

 そう言いながら克臣が運んで来たのは、鍋に入ったカレーだ。野菜と肉がたっぷり入ったそれは、湯気をたててテーブルに置かれた。

「美味しそうですね。そろそろ、ご飯にしましょうか」

 晶穂が立ち、食器類を棚から取り出していく。年少組もわらわらと立ち、その食器を並べる手伝いを買って出た。丁度ご飯も炊け、カレーライスが出来上がる。

 カレーライスの付け合わせにと、晶穂がありあわせの野菜でサラダを作った。それらを前にして、ユーギは目を輝かせる。

「美味しそう! 疑ってごめんね、克臣さん」

「良いから食え。うまいから」

 いただきます。

 手を合わせ、全員で唱和する。温かい食事を目の前に、皆の顔には笑顔が浮かんでいた。

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