眠りし血の目覚め

第369話 街で聞き込み

 パキンッ

 ヴィルの手の中にあった白玉が、また一つ割れた。ヴィルは目を瞬かせ、軽く息をつく。

「残念。また一つ、使徒を失ってしまったわ」

「それにしては、楽しそうじゃないですか?」

「あら、天也。いたの?」

「いたのも何も。俺はここから出られないんでしょう?」

 天然とも取れるヴィルのボケに嘆息し、天也は彼女が覗き込んでいた水鏡を横から覗いた。そこには何処かの鉄道の駅らしき風景と、唯文たちの姿が見える。

 懐かしい親友の姿に、天也は目を細めた。

(唯文……元気そうだな)

 唯文が天也の通う高校に編入して来たのは、天也が一年生の時だったか。それ以来、最も近しい友人として付き合ってきた。

「……会いたい?」

「えっ?」

 気がつけば、天也の目を覗き込むヴィルの姿があっ。天也は目を見開き、ゆっくりと戻す。

「近付かないでくれません?」

「つれないわね。でも、安心して、嫌でも後で会うことにから」

「……」

 ヴィルはふふっと軽く微笑むと、手のひらの中の

 をまた一つ、空へと掲げた。




 アルジャの町にはまだ雪が残り、日影には雪だるまが鎮座する。ソディールを照らす日の光は、少しずつ春の陽気を演出してくるようになっていた。

 リンたちは二手に別れ、町での聞き込みを開始した。主な目的は、見慣れない人を見たか尋ねることだ。

 スカドゥラ王国の者たちが入り込んでいれば、地元民はすぐにわかるだろうと考えた。

 リンは晶穂、ユーギ、春直と共に飲食店が集まる地区へと足を伸ばした。夕方であることもあってか、食事場所を探す人々が多く見られる。

「君ら、見ない顔だね。よかったらうちに寄って行かない?」

 声をかけてきたのは、焼肉屋のプラカードを持った犬人の青年だった。リンは待ち合わせをしているからと断り、その代わりに尋ねてみた。

「お兄さんはこの辺りの人ですか?」

「ああ、そうだよ。ずっとこの町で暮らしてるけど」

「俺たち、アラストから来たんですよ。それで人探しをしていまして」

 アラストから来たと言うと、客引きの青年は目を見開いて驚いた。

「アラストといやぁ、もっと南の町だよな? よくこんな辺鄙な所に……」

「ちょっと用がありまして。……それで、俺たちみたいな余所者、最近他に見たことはないですか?」

「余所者、なぁ。……あ、ちょっと!」

 青年が声をかけたのは、近くで同じ店のプラカードを持って客引きをしていた若者だった。彼は猫人らしく、細長いしっぽをぴしりと振った。

「何だよ?」

「お前この前、余所者を見たって言ってなかったか?」

「……あ、ああ。言ったな」

 ぽんっと手を打った若者は、リンたちに気付いて首を傾げた。この人たちは? と青年に尋ねている。

「何でも、人探しをしてるんだと。なあ、あの話を教えてやったらどうだ?」

「宜しければお願いします」

「わかった。じゃあ、こっちに来てくれ」

 若者は客引きを青年に任せ、リンたちを連れて横道に入る。そこは人通りの少ない脇道で、幾つかの木箱が転がっていた。

 プラカードを木箱の一つに立て掛け、若者は別の木箱に腰を下ろした。

「おれは犬人のダヤン。あんたらは?」

「俺はリン。そして晶穂、ユーギ、春直。早速で申し訳ないですけど、ダヤンが見た余所者について教えてくれませんか?」

 いいぜ。ダヤンは歯を見せて笑い、腕を組んで話し始めた。

「おれが余所者を見たのは、二日前だ。山にハイキングをしに行ったんだが、その途中で危なそうな連中を見たんだよ」

「危なそうな連中?」

 ユーギが小首を傾げると、ダヤンは「ああ」と頷いて見せた。

「剣や銃なんかで武装した、兵士みたいな連中だったよ。キョロキョロとずっとしていたから、あいつらも何か捜してたのかもしれないがな」

 複数人で行動し、そのグループが幾つもあったのだと言う。彼らがこちらに危害を加えることはなかったが、一般人ではないように見えたのだ。

「おれは怖くてその後は見ていない。だけどおれの知り合いには話しかけた奴もいてな。そいつはこの森で何をしてるんだって訊いたらしい」

「向こうは何て答えたんですか?」

「何でも、宝探しをしているんだと言われたらしい。……全く、あの鬱蒼とした森の中に何があるっていうんだろうな?」

 同意を求められ、リンは曖昧に頷く。

「成る程、わかりました。ありがとうございます、ダヤン」

「良いって。じゃあ、おれは仕事に戻らせてもらうぜ」

 再びプラカードを担ぎ、ダヤンはその場から姿を消した。

 後に残ったリンたち四人は、ダヤンが残した話を精査する。彼が言ったのは、ほぼ確実にスカドゥラ王国の兵士のことだろう。やはり、神庭近くまでたどり着いているのだ。

 リンは腕を組み、これからのことを思った。

「スカドゥラが探している宝は、甘音のことだろう。それに、出来れば奴らが神庭を探し当てるのも阻止したいところだが」

「下手に接触したら、後々面倒なことになりそうな気もするけど……?」

 晶穂の指摘に、リンは「そうだな」と同意する。リンとて、好き好んでスカドゥラ王国と事を構えようという気があるわけではない。

「俺たちの最大の目的は、甘音を神庭へと連れていくこと。そして、ヴィルとレオラが仲直りしてくれること、くらいか」

 戦う必要が出て来ない限り、スカドゥラ王国の動向は放置する。ただし、とリンは付け加えた。

「仲間を傷付けて来れば、話は別だな」

「そういう時は、思いっきり倒せば良いんじゃないかな。みんな実行しないけどさ」

 ユーギの正直な言葉に、リンたちは苦笑するしかない。

「とりあえずは、ジェイスさんたちと合流しよう。宿でそれぞれが得た情報をまとめて、共有しようか。出発は、おそらく明日の朝だな」

 リンたちが取った宿は、喧騒を離れた穏やかな地区にある。そこで、ジェイスたちと合流するつもりでいる。

 ジェイスたちは市場の方で聞き込みをしているはずだ。彼らが新たな情報を携えていると信じて、リンたちは改めて表の道へと足を踏み入れた。

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