第365話 光の糸と硬い爪

 次の駅まで、残り四分。

 互いに睨み合っていても埒が明かない。大蛇から離れた克臣が合流したのを機に、リンは杖に溜めていた力を一部解放した。

「―――くっ。絡め捕る!」

 向かい風がきつい。しかし、屈するわけにはいかない。

 光りの糸が何本も放たれ、大蛇の頭を捕らえる。更に口を塞ぎ、目を閉じさせた。

「――――!」

 暴れ回る大蛇に引っ張られるが、リンは負けじと足を踏ん張った。杖を握る手に力を籠め、こちらに来いと引っ張る。もう綱引き状態だ。

「リン、そのまま耐えてくれ!」

「はいっ」

 ジェイスはリンの傍を駆け抜けると、タンッと汽車の屋根を蹴る。猛烈な風が彼を押し戻そうとするが、そんなものにわずらわされている暇はない。

 ジェイスは白銀の翼を広げた。風にあらがい、大蛇との距離を詰める。

 両翼を動かし、リンに絡め捕られたまま自由にならず苛立つその顔面に近付く。サバイバルナイフを構え、その目に突き刺そうとした。

「――ジェイスッ!」

「!」

 克臣の声が飛ぶ。ジェイスがハッと気付いた時には既に遅く、横殴りに吹っ飛ばされた。衝撃に目の奥がチカチカしたが、それでも汽車から振り落とされる寸前で体勢を立て直した。

「教えてくれて助かったよ、克臣」

「礼なんて悠長に言ってる場合か!」

 怒号と共に、克臣がジェイスの前に立ちはだかる。彼の大剣が受け止めたのは、大蛇のしっぽだ。その尾は通常の蛇の二回り以上の太さがあり、克臣が歯を食い縛って耐えている所から考えると相当に力も強い。

 どうやらジェイスを吹っ飛ばしたのは、大蛇の尾だったようだ。

「うわっ」

「リン!」

 声のする方を見れば、リンがバランスを崩して蛇に引っ張り込まれる直前だった。蛇は首を思いっ切り振り、リンを振り回す。

「馬鹿野郎! 糸を離せ!」

 克臣は大蛇の尾と格闘しながらも、宙を舞うリンに叫ぶ。しかしリンは、決して手を離さない。そして何を思ったか、翼を広げて無理矢理空中に停止した。そこから蛇の頭を引く。

 蛇は尾と頭を同時に動かさなければならなくなり、苛立ちを募らせていく。その苛立ちはしっぽの力になり、克臣は押されてジェイスに受け止められた。

「あ」

 ジェイスも受け止めそこね、二人して尻もちをつく。上になってしまった克臣は、急いで立ち上がった。ジェイスも何事もなかったかのように立ち上がり、膝を軽くはたいた。

「わ、悪い」

「全く。わたしにそんな趣味はないんだけど」

「俺にもないわ! ってかそちらの人に失礼だわ!」

「それもそうだね」

 苦笑したジェイスは、リンはどうしたかと首を巡らせる。するとリンはまだ空中にいて、綱引きを続けていた。

 大蛇の口元が淡く光る。プチンと光りの糸が一本切れた。更に幾つもの軽い音がして、徐々に大蛇の口が開いていく。

「駄目か!」

 リンは糸を消し、新たにシールドを展開する。そしてそのまま、大蛇の口に向かって突進した。

 大蛇が攻撃態勢を整える前に、最も弱いであろう口の中に攻撃をすればいい。リンはその勝利への最短距離を目指したのだ。

「―――ッ」

 しかし、大蛇の側も馬鹿ではないし愚鈍でもない。

 同時に自由になった大蛇の口が大きく開き、そこに光る球体が生じる。エネルギーを塊であるそれは、パリパリッと火花のようなものを帯びている。

 その球体がほどけ、光線となるのは一瞬の出来事だった。更に、その光線がリン目掛けて放たれるのも。

「リ―――」

 ジェイスと克臣の声も届かない。彼らの目の前でリンは光線に呑まれた。




「うわっ、気持ち悪い」

「感想が正直過ぎるよ、ユーギ……」

 汽車の五両目で乗客たちを背に立つユーギと春直の前には、五匹の白蛇がいた。あと十匹ほどいたのだが、それらは裂いたり蹴ったりしている間に死んでしまったらしい。らしいというのは、動かなくなった蛇を仲間の蛇が丸呑みしているからである。

 ちなみに丸呑みする姿を見て、ユーギは「気持ち悪い」という感想を漏らした。

 念のため、乗客たちにはこちらを見ないようにと念押ししてある。普通の感覚で考えれば、ただの蛇をいじめている子どもの図でしかないからだ。

 しかし、冗談を言い合っていられたのもここまでだ。

「うわっ」

 側転の要領で、ユーギが躱す。白蛇の口から放たれた紫色の液体を避けるためだ。

 その液体は席の背もたれに付着する。するとその生地の部分がドロリと溶けた。

 座席を振り返り、春直はひっと喉を鳴らす。そして、頬をひくつかせた。

「あれ喰らったら、死ぬかも?」

「じゃあ、負けられないね!」

 最初に相手をした十匹の蛇は、こちらの小手調べだったのか。ユーギはそんなことが頭をよぎったが、すぐに切り替えた。

 狭い通路、そして敷き詰められた座席。奥には守らなければならないたくさんの乗客たちがいる。

 五匹のうち二匹が中心にとぐろを巻き、三匹が二匹を守るように布陣を組んだ。互いが一歩も引けないという場が作り上げられる。

 ユーギは靴のつま先でトントンと床を叩き、隣で爪を出す春直と頷き合う。目の前の蛇たちから、必ず無力な人々を守り通す。それが、晶穂たちとした約束だ。

「行くよ、春直」

「うん、ユーギ」

「―――ッ」

 シャーッという威嚇に近い音が蛇たちから聞こえる。彼らも彼らで、親であろう巨大白蛇を守らなくてはならないのだろうか。だとすれば、手加減は要らない。

 二匹が口を開け、真っ赤な舌と口腔を晒す。そこから放たれる液体を合図に、ユーギと春直は同時に地を蹴った。

「はあっ!」

 ユーギは通路を駆け、正面突破で盾役の一匹を蹴り飛ばす。ほぼ同時に発射された液体を紙一重で躱し、落ちて来る蛇を床に蹴りつけた。

 グシャッという音がして、一匹が潰れる。

 春直は座席の背もたれの上を移動し、もう一匹の攻撃を躱した。春直が通った後は、蛇の液体で溶けている。

 シュウシュウという酸で物が溶けるような音がするのを背に聞きながら、春直は防御役を務める残り二匹の討伐に動いた。

「たあっ」

 少々荒く動いたところで、春直やユーギのような小さな体は天井にぶつからずに動ける。春直は軽く跳ぶようにして移動すると、跳びかかって来た白蛇一匹を爪で引っ掻く。

「――ダメか」

 白蛇の体には傷がついただけで、裂くまではいかない。やはり、最初の十匹とは違うようだ。

(だからって、諦めないよ!)

 大切な友人が傍で同じように戦っている。それが、春直に力をくれる。

「もっと、強くなる。ならなきゃ、駄目なんだ!」

 春直は、自分が年少組の中で最も弱いことを自覚している。ユーギのような脚力もなければ、ユキのような魔力も、唯文のような魔刀を扱う技術もない。それが悪いことでもいけないことでもないことは、春直自身は理解しているのだ。

 それでも、足を引っ張る存在にはならない。

「ああああぁぁぁぁぁっ!」

 春直は雄叫びのような声を上げ、鋭い爪を振るった。その瞬間、彼の体の奥で何かが拍動した。

 ――どくん

 瞬時に爪が硬度を増し、跳びかかって来た白蛇を両断する。

「えっ」

 驚く暇もなく、春直は別の蛇の体も真っ二つにした。一部始終を見ていたユーギが、春直を褒めそやす。

「凄いじゃん、春直! あと二匹だよ!」

「あ、うんっ」

 何が起こっているのか完璧には理解出来ないまま、春直はその疑問を頭の隅に追いやった。

 今すべきは、この蛇の殲滅せんめつだ。


 タイムリミットまで、あと三分。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る