第363話 大き過ぎる乗客

 リドアスを出て、アラストの汽車の駅で待つ。数分して、黒煙を吐き出しながら汽車がやって来た。それに乗り、リンたちが目指すのはアルジャの町だ。

 五両編成の汽車だったが、リンたちが乗った五両目には彼ら以外に乗客がいない。貸し切り状態だった。

 汽車の窓側を陣取った甘音が、目を輝かせて指を差す。

「向こうに見える、あの湖。もしかしてソイ湖?」

「そうそう。甘音はあの向こうに行ったことある?」

 ユーギが尋ねると、甘音はふるふると首を横に振った。

「ない、です。おっきな湖の向こうには、何があるんですか?」

「湖より大きな砂漠があるんだ。そして、更に向こうもあるんだよ」

 だよね、とユーギは唯文に同意を求めた。素直に頷き、唯文は補足する。

「砂漠はロイラ砂漠っていう名前が付いているんだ。意外と色んな生き物も住んでる」

「へえ……。歩いてみたいな、砂漠」

 湖が見えなくなった後もしばらく続く砂っぽい風景を、甘音は飽きもせずに凝視している。

 そんな彼女に飲み物を手渡し、ユキは座席の背もたれから顔を覗かせた。彼ら年少組の席の裏は、リンたち年長組の席となっていた。

「兄さん、ここからアルジャまではしばらくあるよね」

「そうだな。あと……数時間ってところか」

 腕時計を見て、リンは答えた。ロイラ砂漠を越えれば、目的地まではもうすぐだ。

 北の地方に近付いていることもあり、少しずつ体感気温が下がる。車内は暖房が効いているが、外はそういうわけにもいくまい。

「晶穂、上着は?」

「大丈夫。もう春だし、平気。ありがとう」

「わかった」

 リンはジャケットにかけた手を下ろし、向かいの席で地図を見ているジェイスに話しかけた。

「ジェイスさん、確認ですか?」

「ん? ああ。古来種の里へは、アルジャから山道に入らないといけないからね。迷って時間を浪費するわけにはいかない」

「ジェイスは真面目だよな。俺なんて、細かい地図を見てたら頭痛がしてくる」

「克臣の剣は大味だからな」

「そうそう……って、何言わす」

 思わずノリツッコミをしてしまった克臣が軽くジェイスを睨むが、当人は何処吹く風だ。

 窓の外にはのどかな自然と町並みがあって、疾風のように流れていく。

「リン、アルジャでも町で情報収集しておいた方が良いんじゃないか? 里は更に奥地だし、あそこに行くまでの町の様子なら地元の人の方が適任だろう?」

「そうですね。じゃあ、アルジャについたらまず……」

 そう言って、詰めを話し合おうとした時だった。

 ──ガコン

 汽車が急停止した。そこにいた全員がバランスを崩す。

「うわっ」

「きゃっ」

「くっ。みんな、無事か?」

「何とかな。だが、何があった?」

 停止した車内で克臣が立ち上がると、車内アナウンスを告げる鐘の音が鳴り響いた。

『お乗りの皆様、申し訳ございません。只今、状況を確認しておりますので、しばらくお待ち……』

 ブツン。運転手の言葉はそのまま途切れた。

 同時に、前方の車両でおびただしい数の悲鳴が起こる。それを聞いて、甘音はビクッと体を震わせた。

「何だ?」

 リンは立ち上がり。急いで前の車輛との連結部分の戸へと急ぐ。

 手動式の戸をスライドさせようとした瞬間、向こう側から開く。目の前には、恐怖を顔に貼り付けた男性が立っていた。

「あの、どうし……」

「た、助けてくれ! 白い化け物が……!」

「白い化け物!?」

 男性がコクコクと何度も頷き、後方を指し示す。隙間から覗けば、確かに大きくて白い何かが隣の車両の窓からこちらを覗いていた。

 その車内には、腰を抜かしたり抱き合ったりしている乗客たちがいる。幸い、化け物は彼らを襲うことはなく、ただ見つめているだけだ。

「あなたはこちらへ。──っ、他の皆さんも! こっちにはいませんから!」

 リンの言葉に、男性はほっとした顔をして駆ける。また、隣の乗客たちも顔を見合わせてこちらへ走ってきた。

 乗客は総勢二十人程いるだろうか。彼らを背後にかくまい、リンはジェイスと克臣と三人で前線へと立った。

「晶穂、ユキたちと一緒に乗客を頼む」

「わかった。気をつけて」

 こちらを信頼した晶穂たちの首肯に、リンは「ああ」と返す。

 汽車の中は、広いわけではない。通路では三人で横に並ぶことも不可能だ。天井も低く、克臣の大剣を振り回すのもやりにくい。

 更には公共交通機関だ。おいそれと傷付けて良いものでもない。

 とりあえずは、車内に入れないことが最重要課題だろう。尻尾が反対側の窓を打つ。

 ジェイスは気の力で小さなサバイバルナイフを創り、構える。

「とりあえず、こいつを中へ入れないよう立ち回らないとね」

「ええ。でないと、他の車両にも影響が出かねません」

「ジェイス、次の駅までは?」

 大剣を横に構えた克臣が問う。ちらりと車内の電光掲示板を見たジェイスが「あと五分」と答える。

「その間に、あいつを車両から落としちまえば良いってことだろ? 俺たちなら大丈夫だ」。

 空元気と同じくらい信憑性のない言葉に、ジェイスとリンは苦笑した。しかしそんな根拠のない自信であっても、やり遂げなくてはならない。

 リンは杖を出し、いつでも攻撃を放てる準備に入る。

「落とせば、汽車の速さに追い付けないかもしれない。少なくとも、すぐに追いすがって来ることはないでしょうね」

「ご名答だ」

 克臣は笑い、ほぼ同時に通路を駆け出す。

 彼ら三人の走る先に陣取るのは、巨大な白蛇の胴体だ。車両の連結部分に這い、頭は車両の上にもたげている。

 光を集めたような白い眼光でこちらを睨み、咆哮を上げた。

「───!」

 空気をビリビリと震わせるのは、女神の眷属故か。太陽のもとで輝く体をくねらせ、蛇は克臣を迎え撃った。

「はっ」

 克臣は車両の戸を開け放ち、その上部を掴んで汽車の上に跳び上がる。その背を蛇の尾が打とうとするが、気付いた克臣が大剣で受け止める。

「克臣さん!」

 窓から顔を出し、リンが叫ぶ。風で吹き飛ばされた声だが、克臣にはちゃんと届いた。

「大丈夫。受け切ってやるさ! お前らも早く上がって来い」

「全く、無茶をする」

「ほんとですね」

 苦笑いするジェイスに同意し、リンは彼と共に窓に手を掛けた。汽車は一切スピードを変えないが、運転室が無事だという証拠だと信じた。

「くっ」

 風の強さに歯を食い縛り、リンは汽車の背を掴んだ。彼の隣には、ジェイスがナイフを構えて体を低くしている。

 彼らの目の前には、こちらへの敵意を剥き出しにした美しい大蛇がとぐろを巻いていた。

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