北への戦路
第362話 新衣装
「じゃあ、後を頼みます」
「頼まれた。……必ず、やり遂げて帰ってこいよ」
文里に鼓舞され、リンは強く頷く。
全ての支度を終えたリンたちは、留守を預かる文里や一香と共に玄関ホールにいた。
それぞれが身に着けているのは、サラが贈ってくれた衣服だ。箱に入っていた手紙に寄れば、彼女が仲良くなった針子の女性たちに協力を仰いで作り上げたのだという。
「本当にびっくりしたよ、サラ」
「ふふっ。じゃあ、作戦大成功だね」
出発直前、晶穂は礼を伝えるために水鏡をつないだ。服の礼を言った後に突然の贈り物に驚いた旨を報告すると、サラは楽しげに笑うだけだ。
「どうして突然?」
「だって、王様や皇太子様から聞いていたから。スカドゥラ王国という南の軍事国家が神庭を狙ってこちらに攻めて来るかも知れないって」
やはり、ノイリシア王国でも警戒態勢に入っているのだという。街中はそうでもないが、軍事面での強化が急がれ、食料の備蓄も増やしているとか。
「エルハも毎日のように訓練に参加したり皇太子であるお兄さんの下で仕事をしたりして、夜遅くにしか帰って来ないんだ」
サラの恋人であるエルハは、イリス皇太子の腹違いの弟だ。故郷の国に帰ってからも忙しく立ち回っているらしい。
「エルハさんに、あまり無理し過ぎないようにって言っておいてね」
「あたしもよく言うんだ。晶穂からもって伝えとくね」
困ったように笑い、それからサラはふと表情を改めた。
「……晶穂たちは、今から北に向かうんでしょう?」
「そう。甘音を神庭に送り届けなくちゃ。それから、ヴィルさんも探さないとだからね」
「あの衣装には、あたしとエルハたちの『無事に帰って来て』っていう思いをたくさん詰め込んであるから。……絶対、無事にみんな帰って来てね。待ってるから」
「ありがとう、サラ」
水鏡の向こうの親友に手を振り、晶穂は通信を終える。
そして振り返ると、ベッドの上に置かれた自分宛の衣装を持ち上げた。全体像を見て、少し顔をしかめる。
「でもこれ……わたしに着れるかなぁ?」
晶穂の衣装は、以前の巫女デザインの踏襲である。しかし肩を露出させるホルダーネックの黒い布地で胸元を覆い、白い着物ははだけさせるようなデザインだ。
袖は上部を糸でつなぎ、広い袖口につなげている。また
長い灰色の髪は、腰辺りで組み紐を使い一つにまとめて垂らした。
「可愛いですよ、晶穂さん」
「そ、そうですか? なんか、こういう服って聞慣れないのでむず痒いです」
一香に褒められ、晶穂は顔を赤くする。照れている晶穂の傍に、ユキが駆けて来た。そして、無邪気に誉め言葉を投下する。
「うん、すっごく似合ってる。綺麗で可愛いと思うけどな」
「ユ、ユキ……。きみ実は、人たらしなんじゃ」
「?」
一瞬将来が不安になった晶穂だったが、気を取り直してユキの全身を見る。皆お互いに衣装はこの場で初披露となるのだ。
「そう言ってわたしばっかり褒めるけど、ユキも魔術師って感じが出ててかっこいいと思うよ」
「本当? ありがとう!」
ユキは黒のローブに茶色のベルトを巻き、全体的にはシックな印象がある。その襟元には彼の瞳と同じ水色のピンが刺さり、暗くなりがちな全体の印象を明るくしていた。
ローブの中はと言えば、割とシンプルな黒に水色の十字線が入ったシャツとズボン姿だ。腕には銀と水色のブレスレットをつけている。
他のみんなはどうかと見回すと、ジェイスと克臣が真希と話している。
ジェイスは聖職者のようないで立ちだ。髪が白いためか、今回の衣装では藍と黒を色の中心に据えている。
首元まで覆う襟は長い丈を持つ上着へとつながる。濃い藍色のそれの上腕付近には、何故か武士の鎧に不可欠な大袖に似た小型のものが付いている。大袖とは、甲冑の肩から上腕を守る道具だ。
更に手には手甲がつき、彼がただ者ではないということを示している。
隣で笑う克臣は、前回と同じく武士の甲冑をイメージしたデザインとなっている。
「あ、じゃあぼくは唯文兄たちのところに行ってくるよ」
「うん、後でね」
ユキを見送り視線を移せば、年少組が集まっている。
唯文は騎士といった印象だ。とはいえ、甲冑のような重々しいものではない。
そんな西洋の服装に、佩くのは魔刀である。それは彼が父・文里から譲り受けたものである。
ユーギは蹴り技を得意とするためか、足を使いやすいよう全体的に軽装だ。一行の中で春直と同じく最年少ということもあり、少年らしい衣装デザインとなっている。
元気なオレンジ色を主に置き、手首が出るくらいの長さに整えられた袖上部は同色の紐で編まれている。更に長めに設計されたベルトが全体に動きをつけ、
春直はユーギよりも大人しめのデザインだ。
ユーギと共にいる甘音にもサラは衣装を作っており、それは淡い桃色の巫女風衣装だった。苦しくなく動きやすいようにと帯はベルトであり、裾は腰までしかなく、その下には
「あ、じゃあ私はこの辺りで」
「え?」
一香にとんっと背中を押され、晶穂は前にこけそうになった。元々みんなの衣装を見ていたのだから、足元がおぼつかない。こける、と思った時だった。
「――大丈夫かよ」
ふわり、と晶穂の体が支えられる。衝撃を覚悟して目を閉じていた晶穂は、おそるおそる目を開けた。
「リン……? あ、ありがとう」
「ああ」
晶穂を立たせ、リンはわずかに口元を緩めた。そして晶穂をじっと見つめ、不意に視線を外す。
「……」
「どうか、した?」
こてんと晶穂が首を傾げると、リンは口元を手で覆ったままで呟いた。
「……可愛い。似合ってる」
「―――ッ! ありがと、嬉しい。……あのね」
突然の褒め言葉に、晶穂の頬が染まる。そして、晶穂もリンに囁いた。
「リンも、かっこいい。似合ってるよ」
「……そう、か」
リンの衣装は、騎士や剣士の装いを感じるデザインとなっている。
紺色のジャケットの襟には左右対称の位置に白く丸い石のようなボタンがつけられ、袖は春直と同様に長さが違う。左の短い方は、中に着ている黒いシャツの袖がそのままむき出しとなっていた。
更に黒いズボンには
そしてこれは全員に共通するものだが、リンの場合には銀の華の所属を示す銀色の花をデザイン化したシンボルマークが胸元に縫い付けられていた。このマークは、例えば晶穂の場合は胸元に小さなものが配されている。
照れたリンは、晶穂の頭を軽く撫でた。そして、彼女から目を逸らすと全員を顧みる。
「そろそろ汽車の時間です。行きましょう」
全員が頷き、リドアスに背を向けた。
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