第360話 彼らを見つめていた者は

 リンたちが室内へと戻ると、食堂がざわめいた。すぐにユキが飛び出してくる。

「兄さん! みんなも怪我はない?」

「ああ。少してこずりはしたが、な」

 リンがちらりと食堂方面へ目を向けると、年少組が入口にかじりつくようにしてこちらを見つめていた。どれもこちらを心配している目だ。

「ユーギ、春直、唯文。俺たちは大丈夫だから、そんなに不安そうな顔するなよ」

 苦笑しつつ手を振ってやると、彼らは口々に興奮気味に喋り出す。

「だって、こっちの窓からも外は見えたんだ!」

「白いドラゴンと、白いもぐらみたいな生き物。あんなの、見たことないです……」

「おれたち、あの閃光の中で人影を見ましたよ」

 唯文の言葉に、リンはハッと顔を上げた。晶穂は強く頷き、リンの袖を掴んだ。

「わたしたちみんなが見たんだ。だから、見間違いじゃないと思う」

「わかってる」

 年少組四人と甘音、それからリンたち四人が向かい合わせに座る。再びあの震動が着ては堪らない。緊張して、皆真剣な面持ちだった。

「お前たちも窓から見たのなら、言う必要もないだろうけど……。白いドラゴンと地中を進む怪物めいた何かとの戦いを強いられた。とはいえ、ドラゴンの方はこちらが手を出さなければ見ているだけだがな」

「俺は自ら突っ込んで、返り討ちにあったけどな」

 けらけらと笑う克臣だが、しきりに肩を気にしている。それに気付いたジェイスが隣に座る克臣の右肩をデコピンで弾いた。

「痛っ」

「克臣。お前、肩見せてみろ」

「くそ、バレたか」

 克臣は渋々と言った様子で、シャツをずらしてみせる。するとそこは、打撲したのか内出血していた。

「克臣さん、そのままでいて下さい」

 立ち上がった晶穂が、克臣の後ろに立つ。そして、手のひらを彼の傷を覆うようにしてかざした。

 すぐに肩が温かくなり、気付いた時には痛みがましになっていた。ふう、と息を吐き、晶穂は微笑する。

「流石に全て治すことは出来ませんが、痛みは取りました」

「おお、助かったよ。ありがとな、晶穂」

 医者みたいだな。克臣がそう言うと、晶穂ははにかんだ。

「本職の人には敵いませんけどね。幸い、わたしは癒しの力が使えますから」

 出来ることは全てやりたいのだと言う晶穂の頭を、リンが柔らかく撫でた。そして、気遣う言葉をかける。

「……あまり、力を使い過ぎるなよ? 前に、使い過ぎて晶穂がぶっ倒れただろ」

「ふふっ、そうだね。気を付けます。ありがと、リン」

「……ん」

「―――こほん。とりあえず、話を戻そうか」

 ジェイスが話の舵を元に戻し、リンと晶穂はびくっと反応した。彼らの顔がわずかに染まっていることをあえて指摘せず、ジェイスは唯文に話を振った。

「唯文たちは、最後に光りが放たれた時のことを見ていたと言っていたね? その時のことを、わかる範囲で良いから説明してくれないかな」

「わかりました」

 首肯した唯文は、一度深呼吸して話し始める。

「おれたちは、あの窓からリンさんたちの戦いを見つめていました」

 唯文が指したのは、食堂にある大きな窓だ。リドアスの外側に向いている窓からは、玄関前の風景を見ることも出来る。

「白いドラゴンはリンさんたちを見つめるだけで、主体的に動いていたのは地面の化物の方でしたよね。そして、それが克臣さんに斬られて割れた。その後閃光が弾けて……こっちも眩しかったけど、ドラゴンを見た時気にならなくなりました」

 ドラゴンの背中で動く影があったのだ。逆光で明確な表情等は確認出来なかったが、人の姿をしていた。

 そして、と前置きをした唯文は、それまで一言も話していない甘音の方を見た。

「……彼女が人影を見て驚いたんです。甘音、何か知っていたら教えてくれないか?」

「え? えっと……」

 明らかに動揺し、目をさ迷わせる甘音。まだ十歳程の女の子を追い詰めるのはかわいそうなのだが、今は人影の正体を知りたい。唯文は出来るだけ圧をかけないよう、表情と声色に気を遣った。

「言いたくないのなら、言えるようになってからでも良い。でも、出来れば今教えてくれないか? これからきみを神庭に連れて行きたいけど、敵の姿がわからなければ対策のしようがないんだ」

「う……」

 リンたち年長組は、あえて口を出さない。自分たちでは自分を責めている、と甘音に勘違いされ怯えられるかもしれないからだ。

 真剣な面持ちの唯文と目を合わせることが出来なくなり、甘音は目をそらす。その先には、心配そうに甘音を見守るユーギの姿があった。

「ユーギくん……」

「甘音、きみのわかる範囲で良いんだ。なんとなくこう思う、だけでも良いんだよ」

 不安げに揺れる瞳の甘音に「もう良いよ」と言うのは簡単だ。しかし、ユーギもこのままでは甘音を含めた自分たちの危険が増すだけだと理解している。あえて、甘音に正直に話すよう促した。

「大丈夫。何があっても、ぼくらがきみを神庭まで連れて行くから」

「……。わ、かりました」

 逡巡しゅんじゅんし、甘音はようやくコクンと首肯した。小さな声でたどたどしく話し出す。

「あの。ドラゴンの上にいた影、わたしの思い違いじゃなかったら……女神さまだった、と思います」

「女神って、もしかして」

 驚くユーギに、甘音は頷く。

「たぶん、そう。ヴィルさんだったと思うんです」

 甘音も逆光であまり見えなかったと言う。しかし透明感のあるドレスと長い髪、そして甘音を見つめる目の強さに、甘音は彼女がヴィルだと感じた。

 驚きからいち早く立ち直ったリンが、唇の下に指をあてて思案する。

「ヴィルって、俺たちが探し出さなきゃいけないあの女神か」

「となると、彼女はこちらを敵として見ていることになるね」

「神との戦いか……。腕が鳴るな!」

「克臣さんは戦いたいだけですよね……。っと、そうだった」

 リンは甘音の前に膝を折り、同じ目の高さとなった。話して良かったのかと迷う甘音と目を合わせる。

「甘音、助かった。ありがとう」

「あ……はい!」

 ようやく笑顔が戻った甘音にほっとして、 リンはくるりと仲間たちを振り返った。

「とりあえず、当面はヴィルさんも敵としておきましょうか」

「それが無難、かな。彼女が何を考えて襲ってきたのかわからない限りは、こちらも迂闊うかつには動けないから」

「本人に聞ければ早いんだがな」

 克臣のぼやきは、その場にいる全員の思いだった。しかし、それを言っても仕方がない。

 気を取り直し、リンは方針を示した。

「今日は準備などをして、明日の朝、神庭へ向けて出発しましょう。まだスカドゥラが動いているという情報もありませんし、まだこちらに風が吹いています」

 全員が同意するのを確認して、全ては明日ということになった。


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