第359話 白い怪物

 リンたち三人が見上げた先にいたのは、光のように真っ白なドラゴンだった。シンのような細長い竜ではなく、手足がしっかりとついた西洋のドラゴン。

 体長と同じくらいの大きさの翼を動かし、こちらを凝視している。眼球が収まっているはずの場所は真っ白な空洞だ。それなのに、こちらを見ているとわかる。

「なんだ、あれ……?」

「少なくとも、友好的な気配はないね」

 呆然と呟くリンに応じたジェイスは、魔力でナイフを生成した。それを手に持ち、構える。

敵愾心てきがいしん、殺気みたいなものまで感じる。さっきの地震はこいつの仕業か?」

 克臣もまた、大剣を取り出している。その切っ先をドラゴンへ向けた。呻ることもなく攻撃態勢すら取らずにただそこに浮かんでいるドラゴンに対し、克臣は狙いを定めた。

「何処の手先か知らねぇが、俺たちの仲間を傷付けようってんなら容赦しねぇ」

 言い終わると同時に地を蹴り、助走もなしで跳び上がる。白いドラゴンは天高く跳んでいたわけではなく、人がジャンプすればその肢体に手が届く位置にいた。

 克臣の刃がドラゴンの右足を捉えた、まさにその瞬間だった。

「――うわっ」

「リン!」

 リンとジェイスがいる場所が揺れ、不意を突かれてリンは体勢を崩した。しかし運よくジェイスに引っ張られ、安堵する。

 リンは自分が数秒前までいた場所を見て、ぞっとした。そこには巨大な穴が開き、なにかがこちらを見つめていたからだ。

「……モグラ?」

「モグラにしては、口が大き過ぎるね」

 ジェイスもまた呆然としていて、思わずツッコミを入れてしまう。彼ら二人の前に姿を現したのは、モグラなどという可愛らしいものではない。

 巨大な口、巨大な手とその先についた三本の太く長い爪。それらを持つような白い生き物は、この世界に存在しないはずだった。

「がはっ」

「克臣!」

 ジェイスの横を、吹っ飛ばされた克臣が風のように通り抜ける。そして、リドアスの建物にぶつかった。

 どうやらドラゴンの足を斬ることは叶わず、反対に掴まれ投げ飛ばされたらしい。わずかに壁のへこみが生まれているが、克臣自身に影響はほとんどない。受け身を取って衝撃を逃がしたのだ。

「……へっ。これくらいはどうもないな」

「強がりだなぁ」

 克臣はジェイスの呆れ顔に笑顔で返した。そして、口もとを拭う。

「だけど、なかなかの衝撃だったぜ。あれ」

「……」

 ドラゴンは克臣を見つめたまま、動こうとはしない。攻撃意志はないということか。

 その代わり、土の中から顔を出したモノが奇声を発する。まるで金属がすりあわさったような 、耳をつんざく音だ。

 ──キイイイィィィ

 開かれた大きな口の中に、歯がずらりと並んでいる。地面から飛び出してくるかと思い身構えるが、反対にそれは土の中へ戻ってしまった。

 リンたちは背合わせとなり、全方位を警戒する。

 すると再び地面が揺れ、ジェイスの前にそれは飛び出した。象の二倍はある体躯が、空中から落ちてくる。

「ちぃっ──!」

 このままでは押し潰される。ジェイスは瞬時に弓矢を創り出して引き絞り、続けて三本の矢を放った。

 見事にそれの腹を捉えた矢だったが、落下速度は変わらない。リンはジェイスを突き飛ばすようにしてその場を脱した。

 木々の葉すらも散らす震動を起こし、白い何かは地上に四つん這いで立っている。真っ白だと思っていた体躯には、幾何学模様のような模様がついていた。青い菱形を幾つもの重ね、並べたような模様だ。その菱形から線が伸び、前後の足の爪へと繋がっている。

 カパッと大きな口を開け、それはリンへ向かって突進してきた。地中ではないためそれ程速度は出ないであろうと思われたが、そんなことはない。

「リン、油断するなよ!」

「わかってます! ──はっ」

 リンは杖で自分の前に光の障壁を創り出し、突撃から身を守った。

 しかしそれは突進を諦めず、ぐいぐいと障壁を押していく。リンとそれとの力比べだ。

「ぐ……」

「リン、そのまま粘ってろよ!」

 克臣は体勢を立て直すと、大剣を握り直して走り出す。障壁を破ることに躍起になっているそれの背中はがら空きなのだ。

竜牙斬りゅうがざん!」

 大剣が赤く輝く。克臣はそれを、地面と垂直に振り下ろした。

 ──ガ……アアアァァァァァッ

 まさか背中を斬られるとは思っていなかったのか、それは悲鳴を上げた。

 開いた傷口から血飛沫が飛ぶ、ということはない。その代わり、白い閃光が解き放たれた。

 眩しさに目を閉じた三人は、光が弱まったことを感じてそっとまぶたを開く。

「……いない」

 リンは回りを見渡し、息をついた。

 空中からこちらを見つめていたドラゴンも、克臣に斬られた怪物めいたものも、そこにはいない。消えてなくなってしまったようだ。

 呆然とするリンの肩を、ジェイスが軽く叩く。

「大丈夫かい?」

「はい。……何だったんでしょうか、あれは」

「少なくとも、わたしたちを襲ってきたことだけは間違いないね」

 ジェイスは苦笑いし、自分の大剣をかざす克臣を振り返る。

「あんな技、持っていたんだな」

「あれか? ほとんど直感だよ。今まで光で攪乱かくらんするくらいしか出来なかったからな。これなら、敵を斬れる」

 克臣が元々使えた剣技は『竜閃りゅうせん』のみだ。本人は攪乱だけだと謙遜するが、光を放つ竜は通った場所にあるものを吹き飛ばす。十分に強い技と言える。

 満足そうに刃を撫で、克臣は大剣を仕舞った。

「それで? あの怪物みたいなヤツは何もんだ?」

 戦いで荒れた地面を踏み締め、克臣が問う。しかし、リンもジェイスもそれに対する明確な解答は持ち合わせていなかった。

 リンは首を緩く横に振り、小さく息を吐く。

「わかりません。わかりませんが、俺たちにとっては新たな脅威……」

「──リン!」

「晶穂?」

 リンの声を聞き、ジェイスと克臣もリドアスへと顔を向ける。そちらからリンたちへ向けて走ってくる、一人の娘の姿があった。

「さっき、大きな生き物がいましたよね。あれが震動の正体ですか?」

「だと思う。だが、もう姿もないから……」

「わたし、見たんだ」

 リンの言葉を遮り、晶穂が身を乗り出す。晶穂の必死な顔に、ジェイスは首を傾げた。

「見たって、何を?」

「……あのドラゴンの背中に、誰かがいたんです」

「あそこに、人がいたのか?!」

 ジェイスの肩を引くようにして身を乗り出した克臣に、晶穂は頷く。

「光を放っていたから眩しくて、きちんとは見られていません。……だけど、あれは何かの意志によってわたしたちを襲ったに違いありません」

「……一度、中に戻ろう」

 リドアスにはユキや甘音らがいる。彼らと共に、改めて今後のことを話さなくてはならないだろう。

 リンの後について、ジェイスと克臣、そして晶穂は従った。


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