第355話 背中を押す手

「……情報過多なんだが」

 何度か髪を荒くかき、リンは呟いた。情報が多すぎる。

 リン自身は良いとして、ちらりと見ればユーギや春直は渋面を作っているし、唯文や晶穂も少し遠い目をしている。ジェイスは苦笑し、克臣はガシガシと後頭部をかいて、ユキは目を瞑っている。

 リン同様に全てを呑み込んだジェイスが、レオラに提案する。

「レオラ。少し、みんなのために情報を整理させてくれないか?」

「ああ、構わない。それくらいの時間はあるし、我も甘音あまねに言っておかなければならないことがあるからな」

「助かる」

 レオラと甘音が席を移動し、ジェイスは仲間たちを見回した。

「ちょっと急展開だね」

「ジェイスさんー、ぼくちょっとついて行けてないです」

 ユキが正直に手を挙げ、同様な声がちらほらと聞こえる。ジェイスはリンと顔を見合わせ、苦笑いを浮かべるしかない。

「とりあえず、今わかっていることを一つずつ明らかにしていこうか」

 リンはジェイスに同意した。指を折りながら、一つずつ事実を挙げていく。

「そうですね。……まずは、スカドゥラ王国が神庭かみのにわを狙っていること。その一番の狙いが、宝物であること」

「更に、神庭の宝が姫神ひめがみという、天界の神にソディールでの出来事を伝える役割を持つ人を指すこと、かな」

 晶穂も指で数えながら言い添える。リンは頷き、もう一本指を折った。

「そうだな。それから、姫神は神庭の奥地に立っているという命のに祈りを捧げることがすべきことだ。先代の樹への祈りが小さくなってきたために、新たな姫神候補である甘音が必要となった」

「……俺たちは、スカドゥラ王国から守りながら、甘音を神庭まで送り届けることが決まったという段階か。あと、ヴィルって女神を探しつつだな」

「克臣、お前わりと理解しているな」

「ジェイス、ちょっと嫌みが入ってるぞ」

 幼馴染の遠慮ない言い方に、克臣は眉を潜めた。

「それは悪かったな。……しかし、こうなるとスカドゥラ王国との対峙というか戦闘は避けられないということになるね」

「俺としては、みんなを危険にさらすのはあまり嬉しくありませんが……」

 銀の華が組織されたのは、みんなが平和に暮らせる世界を創るため。その途方もない父の夢は、今やリンの夢でもあり、目標だ。

 逡巡しゅんじゅんを見せるリンに、克臣が励ますように言った。

「だが、この戦いは新たなたくさんの犠牲者を出さない未来のための戦いでもある。そうじゃないか?」

「言い訳がましいですが、そうですね」

 未来のために現在をないがしろにするのは、気分が良くない。今の延長線上に未来があり、未来は今があるからこそ存在し得るものだから。

 しかしそれを言っても何にもならないことは、リン自身がよくわかっていた。

 渋面を作るリンに寄り添うように、晶穂が彼の手に触れた。ちょんっと触れ合った指から、温かなものが流れてくるようだ。

「リン、あなたは独りじゃないよ」

「……ああ。独りじゃないよな、晶穂」

 独りで全てを背負い込むなと言いたいのだろう。晶穂の気遣いに感謝し、リンは迷いを振り払うようにかぶりを振った。

 リンは再び顔を上げ、頼れる仲間たちの顔を順に見た。どれも前向きな表情をして、後はお前だけだと背中を押してくれる。

「やろう、兄さん。世界を救うなんて、かっこいいじゃん」

「そんな大がかりなものなのか? だけど、ユキの言う通りです。折角頼られたんですから、応えないと」

「ぼくも、出来る限りお手伝いします」

「折角甘音と仲良くなれたんだ。友だちのために出来ることがあるなら、ぼくもやりたいよ」

 ユキを始めとして、唯文、春直そしてユーギが声を上げる。やる気に満ちた年少組に、リンは笑うしかない。

「全く、人の気も知らないで」

「でも、これくらい楽観的な方が良いんじゃない?」

「晶穂の言う通りだね。悲観的になっても、わたしたちがすべきことは変わらない」

「だったら楽しんじまえよ、リン」

「──はい」

 リンは大きく頷くと、丁度戻ってきた甘音とレオラに全てを了承したことを告げた。甘音はほっとしたのか、胸の前で 両手の指を胸の前で祈るように組んだ。

「ありがとうございます、皆さん」

「よし、これで行けるな。──甘音が神庭に旅立ったと知れば、あいつも動き出すはずだ」

「あいつ?」

 ユーギが首を傾げると、レオラは困った顔をした。

「ヴィルだよ。あいつは昔からずっと……姫神を恨みの対象にすえているからな」

 レオラによれば、ヴィルは神話で語られる時代のいさかいにより、姫神に良い印象を持っていないのだとか。

「諍いというのも変だが、元々は勘違いから始まったんだ」

「勘違い?」

 春直が首を傾げると、レオラは少し遠い目をして過去を掘り返す。

「……お前たちは、自分の先祖がどうやって生まれたか知っているか?」

「神話が真実であるのなら。……魔種と人間、獣人は創造主たる男神と女神から。そして、古来種はもう一人の女神と創造主の間に生まれた。女神は創造主の浮気に怒り、人々に神子の力を授けて戦った。神話はそんな内容だよな」

 すらすらと語るリンに、レオラは「ああ」と頷く。

「間違いない。ただし、地上に伝わり残っている話はな」

「……真実は違うとでも言うのか?」

「それを教える前に。……神子」

「はい」

 レオラに指名された晶穂は、小首を傾げて一歩前に出た。

「リンが語った神話を聞いて、我についてどう思う?」

「どうって……」

 正直に告げて良いのかわからず迷いを見せる晶穂に、レオラは「正直にで良い」と答えを求める。

「大体、想定はしている。だから、正直に答えよ」

「では……。奥さんがいるのに、浮気なんて最低だなと思いました」

「まあ、そうだろうな」

 神の怒りに触れることを覚悟で言った答えに、レオラは特に感慨もないようだ。きょとんとする晶穂に、レオラは礼を言うに留めた。

「この神話において、我は正直悪役だ。しかし、真実は違うのだと言ったら、お前たちは信じるかな?」

 そう自嘲気味に微笑み、レオラは新たな神話を語り始めた。

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