第353話 小さなお客さま
唯文たちに全てを任せたユーギは、少女の手を引いてリドアスへと走り帰って来た。いつものように元気な挨拶もせず、とりあえず戸を押し開ける。
丁度玄関ホールには誰もいなかったが、戸が開いた音を聞きつけたのか部屋から晶穂が顔を出す。丁度、部屋の掃除をしていたのだ。
「おかえ……ユーギ!? どうしたの?」
「あ、晶穂さん、ただいま……あの、ね」
話し出そうとすると、ユーギは「ごほっ」と咳をした。あまりにも慌てていたためか、まだ心臓が疾走している。
晶穂は彼の傍に膝を折り、背中をさする。
「ごめんね、まずは落ち着かないと。ユーギ、こっちに。それに……あなたも」
少女は晶穂の求めに応じ、素直に彼女の後ろについてきた。
三人が向かったのは食堂だ。ようやく呼吸の落ち着いてきたユーギと少女を座らせ、晶穂はジュースを取りに行く。
柑橘系のジュースをコップに二杯入れて持っていく。すると、ユーギのしっぽがぴくんっと反応した。
「お疲れさま、ユーギ。これ、ゆっくり飲んで。水もお茶もあったから、必要なら言ってね」
「ありがとう、晶穂さん! ほら、きみ……」
「
そういえば名前も聞いていなかった。そう思って名を呼べないユーギに、少女は名乗った。
突然の自己紹介に、ユーギは目を丸くする。
「あまね……?」
「そう、甘音です。ユーギくん、助けてくれてありがとうございます」
ぺこり。きちんと九十度に頭を下げ、甘音はユーギに礼を言った。
そんな彼女に対応するのは、晶穂の方が早い。晶穂は甘音の前にヒザを折って微笑んだ。
「甘音ちゃん、初めまして。わたしは晶穂。ここは、銀の華っていう自警団の本部なんだ」
「自警団?」
「そう。このソディリスラと呼ばれる大地に住む人々を守るのが、わたしたちの役目。だから、安心して良いよ」
「……そっか、わかりました」
見たところ、年齢は十歳前後というところか。怖い思いをしたのか、わずかに体が震えている。
それでもほっとしたのか、甘音はぎこちなく微笑んだ。
「うん。……もう少ししたら、ユキたちも戻ってくるよね。リンたち呼んでくる。ユーギ、ちょっと宜しくね」
「ユキたちは、ぼくの代わりに不良と対峙してくれてるんだ。だから、もう少ししたら帰ってくるよ」
「わかった。待ってて」
晶穂が食堂からいなくなり、静かになる。まだ食堂が賑わう時間帯ではないためか、人もいない。
ユーギはちらりと甘音の顔を盗み見た。
紺色のポブヘア少女は、その丸い目を彷徨わせている。物珍しいのか、食堂の中を忙しなく。
「ね、掴まれてた手首、痛くない?」
「うん。怪我にはなってないし、青くなってもいないです」
甘音が見せてくれた手首は、確かに赤くなってはいたがしばらくすればもとに戻りそうだ。だから安心というわけでもないが、一先ずは肩の力抜いても良いだろう。
ユーギは安堵して、にこりと微笑んだ。
「よかったぁ。……でも、何で襲われてたの?」
「それは……」
物音が幾つも聞こえ、甘音の意識はそちらへ向いた。ユーギも顔を上げると、晶穂と共にリンたち三人と唯文たち三人がわらわらと入ってくる。
ユーギの隣にいる甘音を目にし、克臣がユーギの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「おっ、ユーギ。女の子助けたんだって?」
「助けたというか、引っ張ってきたって感じだよ」
髪を乱す手を押し退け、ユーギは置いていった仲間たちに目を移す。
「みんな、任せてごめん。大丈夫だった?」
手を会わせて謝るユーギに、唯文は問題ないと手をヒラヒラさせた。
「ユキが逃げ場を失くして捕まえて、後は市場の人たちに任せてきたから大丈夫だろ。あの人たちもたまには働かなきゃな」
「とりあえずは大人しくしてたし、もうあんなことはしないと良いけど」
「ちょっとやり過ぎたかなって春直とも言ってたんだけど、いい薬になったんじゃないかって唯文兄が」
くすくすと笑うユキと、少し困った顔で笑う春直。彼らの様子から、少々おイタが過ぎた青年たちの末路が見えるようだ。
ジェイスは一度遠い目をしてから、甘音の前にしゃがんだ。白銀の髪に黄金の瞳を持つ整った顔立ちに見つめられ、甘音の頬がわずかに染まる。
「たった一人の女の子をここまで怖がらせたんだ。それ相当の罰は必要だろうね。えっと、きみは……」
「甘音、です」
膝の上で両手を握り締め、甘音は名乗った。ジェイスは「偉いね」と彼女の頭を撫でて、自らも名乗る。
「わたしの名は、ジェイス。あれが克臣。それから、唯文、ユキ、春直。そして、団長のリン」
ジェイスの目配せに応じ、リンも甘音の前にしゃがむ。目線を少女と同じくらいにして、精一杯柔らかい声を出す。
リンの紅い目は、どうしても初対面の人には怖く見えるらしいのだ。恐怖の上塗りをしないよう、甘音に対峙しなければならない。
「初めまして、甘音。俺がリン。……とりあえず、きみがどうして襲われたのか、その辺りから教えてもらえないかな?」
「あ……はい」
素直にこくんと頷いた甘音は、小さな声で己のことについて話し始めた。
「わたしは、ある目的があってアラストに来ました。それで、道に迷って……キョロキョロしながら歩いて、前を見ていなかったから。……おもいっきりぶつかっちゃって」
それからは、ユーギが目撃した通りだ。因縁をつけられ、責められて捕まってしまった。
「……因縁をつける、よくあるパターンだな」
若者たちは虫の居所が悪かったのかもしれないが、後の祭りだ。
リンは甘音の頭をぽんぽんと軽くたたく。
「怖がらせて悪かったな。あいつらは市場の人たちに任せるけど、ここに来たからにはもう怖がらせるようなことはないから」
「はいっ」
にこっと笑った甘音は、ぐるりと食堂を見回した。
「……ここって、銀の華の本部なんですよね?」
「そうだよ?」
「なら、ここです」
ぴょこん、と甘音は椅子から立ち上がった。その場にいた全員が、彼女の言った意味を理解しかねた。
「えっと……甘音、どう言うこと?」
ユーギが問うと、甘音はキョトンとした。そして、何かを察したのかパッと笑顔を浮かべた。
「ここなんです。わたしの目的地は」
「……え?」
誰か一人の呟きは、その場にいた全員のものでもあった。
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