第351話 女神の思惑
天也はヴィルアルトと名乗った女性を見上げ、目を瞬かせた。
「ヴィル、さん。手伝って欲しいこととは?」
「あら、やってくれる?」
「内容によりますよ。それにここが何処か、俺は帰れるのか、その辺りのことをちゃんと教えて頂きたいですね」
緊張と戸惑いを押し込めて、天也はしっかりとした口調で尋ねた。
「良いわよ。きっと、驚くでしょうけど」
そうもったいつけて、ヴィルはくすくすと笑った。天也はベッドに腰を下ろし、彼女の話を聞く体勢に入る。
ヴィルは天也の前に立ち、話し始めた。
「あなたは、ここにいてくれるだけで良いわ。特別に何かしてほしいとかはないの。ただ、あなたがここにいることが重要だから」
「ここに……?」
「そう。──ソディール。ここはあなたが住む地球とは別の、異世界よ」
「───は?」
今度こそポカンと口を開けてしまった天也は、ふと最後に唯文と会った時のことを思い出した。
彼は言っていなかったか。地球とソディールを結び付ける扉は、もう消えてしまうのだと。もしかしたらもう二度と、生きているうちには会えないかもしれないと。
だからこそ、天也はレオラと名乗る青年の問いに答えたのだ。唯文を忘れることなく、覚えておきたいと。唯文に、お前も忘れるなよと伝えてくれと青年に頼んだ。
「ソディールって、唯文たちがいる……?」
心なしか、声が震える。この震えが何によるものなのか、天也自身に判断はつかない。
ヴィルはにこりと微笑みを浮かべ、確かに頷いた。「そうよ」と言葉でも付け加える。
「唯文は、銀の華に所属する男の子でしょう? 彼も勿論、この世界にいるわ。……どうやらわたくしの邪魔をしてくれそうだけど」
「?」
「こっちの話よ。気にしないで」
一瞬ヴィルの顔に影が差すが、すぐに何もなかったかのような笑みに戻る。だから、天也も変には思わなかった。
「あなたは、わたくしの目的が達せられれば、元の世界へ帰れるわ」
「目的? ……あなたは何が目的なんだ」
「それに答える前に、わたくしの地位のようなものにも触れておきましょう。これは、まだ言っていなかったわよね」
ヴィルは身を翻し、ドレスの裾を軽く持ち上げた。優雅な動作でお辞儀をする。
「わたくしは、女神ヴィルアルト。このソディールを創りし創造主レオラの妻にして、
翌日。学校の休みを利用し、唯文たち年少組はアラストの町へと情報収集に向かった。
町への道すがら、春直は首を傾げた。
「でも、女神さまなんてどうやって探すの?」
「それはほら、ほら……。うーん?」
「わかってないじゃないか、ユキ」
「た、唯文兄だって知らないだろう!? 今から考えるんだよ」
「喧嘩しないでよ。言い合っても解決策にはならないんだからさ」
ユーギが仲裁し、年少組はようやく落ち着きを取り戻した。しかしどうやったら女神ヴィルを探し出すことが出来るのかは検討もつかず、途方に暮れてしまう。
それでも動かないよりはましだと、町の入り口にある市場に入り込んだ。
市場は相変わらず活気付き、休日ということもあってごった返していた。子どもを連れた母親や、孫に先導されるおじいさんがいる。
唯文たちは広場の一角に集まり、方針を決定した。
「情報が集まる場所といえば、市場だ。だからここで一時間、それぞれが話を聞いて回る。一時間経ったらこの場所で、もう一度集まろう」
「集める情報は、女神さまに関することで良いんだよね、唯文兄?」
ユーギに確認され、唯文は「そうだ」と肯定する。
「後は、もしもスカドゥラについての話もあったら頼みたいんだ。リンさんたちはそちらについては何も言わなかったけど、気にしているのは違いないから」
「わかった」
「任せて」
「うん、頑張ろう」
ユーギ、ユキ、春直がそれぞれに唯文の言葉に頷いた。そこから、四人の姿が別々の方向へと消えた。
アラストの市場は、大陸一と呼ばれるぼどには広い。野球場やサッカースタジアムと同様の広さがある。
ユーギは一人、市場の南側を歩いていた。
左右には食べ物や雑貨、時には家具などを売る店が立ち並んでいる。調査でなければ、見て回りたいと思うほどにわくわくだ。
「おっ、ユーギじゃないか」
「あ、おじさん。こんにちは」
ユーギを呼び止めたのは、揚げ菓子屋を営む狼人の男性だ。
「何処かに用事かい?」
「そうじゃないんだ。……おじさんは、最近妙な噂とか聞いたことない?」
「妙?」
首を傾げられ、ユーギは言い方を少し変えた。
「ええと……。不思議な出来事とか、初めにて聞くようなこととか」
「銀の華絡みか。……あ、そういえば」
ぽんっと手を叩き、男性は何かを思い出したらしい。
「何かあったんですか?」
「あったとはいえ、噂程度だがな。なんでも、最近神庭の中に人影が見えることがあるんだと。白い服だっていうから、何処かの兵士でもなさそうだ」
「白い服? 確かに変ですね」
ユーギは首を傾げ、この噂を心に止めておくことにした。男性はもう特にないと言うため、ペコリとお辞儀をする。
「わかりました! 教えて頂き、ありがとうございます。じゃあぼくは、もう少し回ってきます」
「おう。あ、最近またしょーもない奴らが彷徨いてるから、銀の華で適当に対処してくれると助かるって団長に伝えといてくれ」
俺たちでも叱りつけるけど、逃げられるんだよ。そうぼやく相手は、荒くれ者や暴漢を指すのだろう。彼らを相手にするのも、自警団たる銀の華の役割の一つだ。
「はーい!」
男性に元気な返事をして、ユーギは更に市場の中を見て回るために小走りになった。
「? 何か騒がしいな」
しばらく進むと、人だかりを見付けた。近付くにつれ、人だかりの真ん中では一人の女の子にちょっかいをかける若者数人の声が聞こえてくる。
人だかりはどうやら、それを遠巻きに見ているらしい。
(誰も、助けに入らないの?)
女の子の声は、確かに怯えている。泣きそうに震えているし、このまま放置するわけにもいくまい。
ユーギは携帯端末をズボンのポケットから取り出し、仲間三人に一斉メッセージを送った。そして、人だかりに割って入る。
「ちょっと通して!」
人々を押し退けて行くと、方々から好き勝手な声が聞こえてきた。
「ああ、君は……」
「よかった。銀の華なら安心ね」
「へっ、あいつらざまぁみろ!」
そちらの声も気になったが、今は女の子を助ける方が先だ。ユーギは深呼吸して、最後の人だかりを越えた。
「おい! ……あっ」
そこで若者たちに囲まれていたのは、昨日ユーギがぶつかった紺色の髪の少女だった。
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