第350話 ドーナツを食べながら

 ユーギから間を空けて、春直とユキ、唯文も帰宅した。それぞれにリンからのメッセージを貰っていたため、最後に帰ってきた唯文などは息が上がっている。

 荷物を部屋に置いてやって来た唯文に、食堂で待っていたリンは苦笑して迎えた。

「唯文、そんなに急がなくても大丈夫だったんだぞ。今日は委員会があったんじゃないのか?」

「図書委員の放課後当番だったんです。あれ、ニ時間くらい拘束されるんですよね……」

 苦々しい顔をする唯文の肩をぽんっと叩き、ユキが苦笑いをする。

「唯文兄は、くじ引きで図書委員になったから」

「ああ、なるほど」

 本人の意志ではないということだ。普段の唯文ならば読書も好きな少年だから、何の問題もなく時間を潰すことが出来るだろう。

 悪いことをしたな、とリンは内心反省した。緊急もは言え、普段通りに彼らが帰ってくるのを待つべきだったか。

「悪かったな、みんな。急かしてしまったらしい」

 リンが素直に頭を下げると、年少組は慌て出した。唯文が目を瞬かせ、春直は「そんなことないです」と言い募る。

 一番に帰ってきたユーギも、二人に同意してうんうんと頷く。

「ぼくも、むしろ楽しみに帰ってきたんだから!」

「それはぼくも。だから、兄さんが気に病む必要はないよ」

 最後にはユキに締め括られ、リンは少し嬉しそうに苦笑いした。

「お前たち、優しいな。ありがとう」

 そんな会話をしながら食事は進み、みんなが食べ終わった頃を見計らっていた晶穂が顔を出す。彼女はジェイスが食堂に預けていた紙袋を胸に抱えていた。

「みんな、これ食べながらリンの話を聞いたら良いって。ジェイスさんから」

「あ、ドーナツ!」

 最初に手を出したのは、中身を知っているユーギだ。彼の言葉を聞いて目をキラキラとさせるユキと春直、そして密かにしっぽを振る唯文を見て、晶穂はふふっと笑った。

「ちゃんと人数分あるから。取り合いしたら駄目だよ?」

 そう言うと、大きめの皿に紙袋の中身を移した。直径五センチくらいのミニドーナツが大量に、様々な色を持って出てきた。

 それぞれのトレイを片付け、テーブルの上はおやつで染まる。

 そこへ丁度やって来た克臣とジェイスは、嬉々としてドーナツを手に取る年少組の姿を目にした。二人は顔を見合わせ笑い合うと、こちらに気が付いたリンたちに手を振る。

「話は終わったのか? リン」

「いえ。今からしようかと思っていたところです」

 そう返事をして、リンは今朝の出来事をそこにいたメンバーに話した。

 まずは、スカドゥラ王国が神庭かみのにわを狙っていること。更にはレオラとヴィルの夫婦喧嘩の仲裁をするために、何処かに行ってしまったヴィルを探し出さなくてはならないことを。

 全てを聞き終え、ユキはぽつんと呟いた。

「何と言うか……盛り沢山?」

「その通りだと、俺も思う」

 弟の言葉に、リンは頷くしかない。

 国と神が相手なのだ。前者は放置することも可能だが、ソディールに住む者として放っておくことも出来ない。

 何故なら、神庭は今まで何度も狙われ、守られてきた神聖な場所であるから。そして神庭を侵すということは、同時にソディリスラをも侵攻するということを意味する。

 チョコ味のドーナツを口に放り込み、ユーギはぐっと両手を握った。

「スカドゥラ王国は攻めてきたら追い返すとして、ヴィルさんは早く見つけてあげたいよね」

「ユーギ、追い返すと簡単に言うけど、相手は国家だぞ? おれたちの知らないような武器を使われたらどうするんだよ」

 唯文の苦言に、ユーギはからりと笑った。

「大丈夫。だってぼくらには仲間がいるもん」

 みんながいれば、百人力だよ。そう言ってもう一つドーナツをつまむユーギに、唯文は「軽いなぁ」と笑うしかない。

「でも、本当に攻め上ってきたら戦わなきゃ。ですよね、団長」

「そうならないことを願ってるよ、春直」

 不安げな春直にそう答え、リンはテーブルの上で指を組んだ。

「スカドゥラについては、サディアやテッカさんに引き続いた調査を頼んでいる。俺たちは、まずヴィルさんを探すぞ」

 まさか、スカドゥラ王国の中枢に乗り込むわけにもいくまい。それこそ、外交問題に発展しかねないではないか。

 方針さえ決まってしまえば、後は調べ探し尽くすだけだ。目下は、ドーナツを美味しく食べることの方が大切だが。

 ジェイスが持ち込んだ大量のドーナツは、一時間もかからずにこの世から姿を消してしまった。




「う……?」

 夢を見ていた気がする。美しい装飾の施された扉を開き、一歩踏み出す夢だ。

 上半身を起こし、周囲を見渡す。ここは何処かの建物の室内らしい。

 ベッドの横にはぼんやりと明るいライトが設置され、落ち着いた色目の絨毯が敷かれている。更に幾つかの書棚と机と椅子、天井まである窓には紺色のカーテンが下がっている。

 半開きになっていたカーテンの外を見たくて、少年は絨毯に両足をついた。てくてくと窓辺に向かい、カーテンを引く。

「うわぁ……」

 それは、息を飲む景色だった。

 純白の大地に、たくさんの枯れた木々が乱立している。時折まだ葉を散らさずにいる木もあるが、冬の北国といった印象が強い。

 キラキラと太陽光に輝く樹氷が、彼には眩しく映った。

「あら、起きたの」

「?!」

 少年が振り返ると、そこには美しい女性が立っていた。銀色の滑らかな髪を膝の長さまで伸ばし、ブルーサファイアと同じ色をした瞳が微笑む。

「おはよう、石崎天也いしざきてんやくん」

「おはよう、ございます……。あなたは、誰ですか?」

 見たことのない景色に、唯一度だけ出会った女性。それらを前にして、天也の心は酷く緊張していた。

 それらを見て取り、女性は柔らかく微笑んだ。

「わたくしの名は、ヴィルアルト。皆はヴィルと呼ぶわ。……あなたに、手伝って欲しいことがあって、つれてきちゃったの」

 ごめんね。茶目っ気たっぷりにウインクするヴィルに、天也は唖然とした。

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