第338話 政府軍を蹴散らせ

 里の外れに来たリンたちが見たものは、想像よりも幾分か悪いものだった。そこにいたのは、五十人以上の兵士と数人の将校、そして砲台。

 おそらく、先程から何度か聞こえた爆発音の正体はこの砲台だろう。鉄製らしいそれには車輪がついていて、何処にでも移動することが出来る。

 そして、ただ一人頑強そうな馬に乗って兵士たちに指示を飛ばす人物かいる。リンたちは知る由もなかったが、その男こそが全ての元凶、カリス官房長官であった。

「もう一度だ、もう一度撃て!」

「はっ」

 法大に火が入り、空気を振動させる音が響き渡る。ユーギと春直、唯文が思わず耳を塞いだ。

「ひぇっ」

 小さな悲鳴を上げたのは春直だ。怯える春直の肩を叩き、ユキが真剣な顔をする。

「このままじゃ、里が壊される。どうにかして止めないと」

「……あの馬に乗ったやつが首謀者ってところか」

 軍から姿を隠すリンたちは、各々木の上や草むらに身を隠していた。時折ガサリと音をたててしまうのだが、政府軍は聞こえていないのか誰もこちらを見ない。

 克臣は木の上に立って背後から軍を見ていたが、音もなく地上に降りてきた。

「歩兵が持ってるのも将校らしき奴らが持っているのも、重火器じゃない。あくまで剣や槍だな。更に獣人はおらず、見たところ全て人間らしい。魔力が使われる心配はなさそうだ」

「おれたちが用心すべきはあの砲台のみ、ですね」

「唯文、それも火さえ封じてしまえばこっちのものだよ」

 ジェイスが黒い笑みを浮かべ、ちらりとユキを見る。その視線の意味に気付き、ユキは首肯した。

「……なら、一気に攻めましょう」

 リンは剣をカチッと鳴らし、冷静に言う。彼の傍で、ジェイスは気の力で見えない弓矢を生成した。

「わたしが奴らの気を散らそう。それから全てスタートだ」

「はい」

 リンたちはそれぞれが草陰を移動し、ジェイスの合図を待った。

 同時刻。カリスは軍の中心にいながら、苛々と膝を指で叩いていた。

 いつまで経っても竜人共が出て来ない。カリスの予想では、里を攻撃されれば防衛と反撃のためにアルシナとジュングが飛び出して来る予定だった。それを確認次第、再び捕獲するのだ。

(何故だ? これだけ砲撃されれば、普通は反撃してくるのではないのか!?)

 しかし、里は沈黙を続けている。既に幾つかの建物を破壊したのだが、致命傷にはならないということだろうか。

 ギリギリと歯ぎしりをする上官のもとへと、将校の一人が足早にやって来た。

「官房長官!」

「何だ」

「はっ。……このまま、攻撃を続けますか?」

「無論。焼き出しても構わん。何なら、殺し尽くせ。我が手に落ちぬというのなら、その力ごと葬り去ってくれよう!」

「―――はっ」

 一瞬咎めるような表情を見せた将校だったが、カリスの一睨みでその考えを頭の奥底へと捨て去った。今ここで反論すれば、自分だけではなく部下やその家族の命すらも危うい。

 それは歩兵たちも同じだ。いや、将校以上にがんじがらめとなっているかもしれない。

 中にはカリスの野望に賛同する者もいるが、半分以上は現状に不安と不満を抱いて立っているのだ。

 それから五分後。全く動きのない里に業を煮やし、カリスはその手を振り上げて全軍に進撃を命じようとした。

 その矢先。

 ―――カンッ

 何かがカリスのこめかみを駆け抜けた。疾風のような風が頬を裂き、何かが遠くの木にあたる。

 カリスの乗る馬が何かに驚き、いななきを上げた。

「何だ、何があっ……」

 何があった。その言葉を全て口から漏らす前に、カリスの目の前の景色が変わっていた。

「だあっ!」

 木の上から飛び降りたユーギが、その下にいた兵の頭を蹴飛ばす。ぐらりとかしいだ男の体を台として、次はその場で回し蹴りを決める。

 同心円状の敵が昏倒した直後、その背後でユキの魔力が炸裂した。

「囲むよ!」

 ユキの創り出した氷柱が軍を取り囲む。逃げ場を失ったと見た兵士たちは狼狽し、焦りのままに武器を振り回した。

 その混乱に乗じたのは唯文だ。むやみやたらと振り回される剣や槍を全ていなし、兵の手から落としていく。更に魔刀の峰撃ちで次々と気絶の山を増やす。

にい、肩借りるよ!」

 唯文の肩に手をかけ、春直がより中心部分に跳び下りる。彼を狙った槍に突かれ、キャスケットを持って行かれた。同時に、ざわめきが広がる。

「こ、こいつ獣人だ!」

「だから何!?」

 春直はえるように言い返すと、爪を伸ばして躍り掛かった。兵の首ではなく、武具のつなぎや結び目を狙う。そこを斬ってしまえば、彼らは無防備となるのだから。服を引っ掻き破らないだけ、感謝してほしいものだ。

 想定通り、ガッシャンという音をたてて幾つもの防具が地面に落とされる。体を守るものを失った兵たちは、大慌てをするが逃げ場などない。

「この野郎!」

 春直たちを倒すしかないと考えたのか、一人の兵が倒れた仲間の槍を奪い取り、春直を刺し殺そうとした。心臓を刺される、それを覚悟した春直の前に、ひらりと舞い降りた影があった。

「こいつに手を出すなよ?」

「克臣さん!」

 槍の柄を叩き斬り、克臣が笑みを浮かべる。それは春直にとっては救いだったが、敵にとっては悪魔の笑みだったかもしれない。

 克臣は大剣を肩に担ぎ、構えを取った。その辺り一帯を吹き飛ばす技を放つ。

「春直、つかまっとけよ! ―――竜閃!」

 剣撃で暴風が吹き荒れ、十人以上の兵が吹き飛ばされる。竜巻を自ら起こした克臣は、背後から来た将校の剣を軽々と受け止めてみせた。

「くっ」

「悪いが、お前らには去ってもらうぞ」

 大剣を構えて将校を睨みつける克臣。彼の表情に怯えを見せた将校は、下腹部に違和感を覚えた。

 同時刻。リンは複数の兵と斬り結びつつ、中央を目指して駆けていた。急所を外し、剣や槍を持てないよう適度に傷つけながら倒していく。

「どけ!」

 前方に立ち塞がった複数の兵に光の疾風を叩きつけて、通路を開いた。更に向こうには、馬に乗って瞠目する男の姿がある。

「貴様か!」

 リンはタンッと大地を蹴り、男の頭上へと跳んだ。

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