第336話 再会、そして

 姉弟の再会を経て、ジュングはアルシナに伴われてニーザの前へとやって来た。小柄な老女はその目をこれでもかと開き、そっと青年の頬に触れる。ジュングはニーザが触れやすいよう、前屈みになる。

「……ジュング、じゃな?」

「はい。ニーザさん、只今戻りました」

「そうか……お帰り。首を長くして待っておったぞ」

 ぽろぽろと透明な涙を流し、ニーザは微笑んだ。

 ニーザはジュングとアルシナの後ろにいたリンたちに目を移し、深々と頭を下げた。驚くほど美しい所作で、圧倒される。

「この度はアルシナのみならず、ヴェルド、更にはジュングまで助けて頂き感謝の言葉も思い付きません。本当に、ありがとう」

「そんなっ。顔を上げてください、ニーザさん」

 リンは慌ててニーザの頭を上げさせる。そして、少しぶっきらぼうにすら見える不器用な笑みを浮かべた。

「俺たちが見たいのは、関わった人の頭を下げる姿ではありません」

「そうですよ。笑ってください、ニーザさん」

 リンと晶穂がそれぞれに言い、ニーザが顔を上げるとジェイスや克臣たちも頷く。本当にそう思っているのだと驚き、ニーザは泣き笑った。

「敵わないね。そうは思わないかい? アルシナ、ジュング」

 ニーザに問われ、アルシナは大きく頷いた。

「ええ。……あの時、ソディリスラに渡って本当によかった。皆さんに会えて、まさか弟まで戻ってくるなんて。私に戦う力があればと何度願っても、それは叶わなかったから。ありがとう」

 アルシナに小突かれ、ジュングも照れ笑いを浮かべる。

「正直、何度も死のうかと考えた。脱走すれば姉さんが殺されると脅されていたし、このまま囚われていても、いつかはたくさんの誰かを傷付ける。あんたたちのこと、最初は信じられなかった。まさか、こんなところまでさがしにくるやつらがいるなんて、思いもしなかったからな」

 でも、とジュングは目を細めた。

「行動で示されて、嫌というほど思い知らされた。こいつらは、味方なんだって。……僕を姉たちに会わせてくれてありがとう。もう二度と言わないから、覚えとけよ」

「何か、面と向かってこれだけ感謝されると照れますね……」

 リンは後頭部をかいて、苦笑した。彼の頭を、ジェイスがわしゃわしゃと撫でる。

「リンが動こうと言ったから、わたしたちは動いた。ただそれだけだよ」

「それは、ジェイスさんや克臣さんもそうするだろうと思ったからです」

「ふふっ。そう聞いておこうか」

 ぐしゃぐしゃにされた守を手櫛で整えるリンに、ジェイスは微笑んだ。そこに重ねるようにして、克臣もまたリンの髪を乱す。丁度、年の離れた弟を兄二人がいじる構図だ。

「……」

 ジェイスを何となく見詰めている姉の姿に気付き、ジュングはアルシナの袖を引いた。

「姉さん、ヴェルド義父さんは何処に?」

「あ、そうだったね」

 来て。そう言ったアルシナに伴われて向かった奥の部屋で、ジュングは横たえられたヴェルドと再会する。眠り続け、目を覚まさないのだ。

 ヴェルドは最後に見た時よりも幾分か痩せ、切り傷や火傷等の負傷をしていた。幸い骨が折れていたり、内蔵が傷付いていたりすることはない。

「でも、義父さんの中にあるもう一つの人格が暴走して、政府軍のみならず里まで燃やし尽くしてしまったの」

「もう一つ、の……?」

 信じられない、という顔のジュングに「本当のことよ」とアルシナは言う。

「だからね、この件が全て終わったら、みんなで里を再興するの。今度こそ、誰にも壊されないように。……竜人の力を失くしていたって、私たちが竜人という誇るべき血筋の者であることは変わりないもの」

「僕もやるよ。今度こそ、僕が姉さんを守ってみせる。……あんなやつにさらわれてなるもんか」

「ありがとう、ジュング。それと、最後に何か言った?」

 ジュングの「あんなやつに」のくだりが聞こえなかったらしいアルシナに、ジュングは首を横に振った。

「何にも」

 そう言って笑い、ジュングは改めてヴェルドの顔を覗き込む。それは落ち着いていて、幸せな夢を見ているようにも見える。

 アルシナの言う通りにもう一つの人格があるとするならば、そちらを目覚めさせるべきではないだろう。そう思った直後、アルシナが「ああ」と何かを思い出したのか声を上げた。

「どうかしたの、姉さん?」

「いえ。ただ、義父さんは目覚めても大丈夫だと思っただけよ」

「大丈夫? そんなはずないだろ。だってどちらの人格が目覚めるか……」

「大丈夫。だって、ジェイスさんが片方の人格を焼いたもの」

 アルシナによれば、ジェイスが鳥人としての魔力を行使して魂を片方焼いたらしい。その凄さに驚きつつも、ジュングは素直に喜べないでいた。

 何故なら、アルシナの口からジェイスの名が飛び出したからだ。彼は、ジュングから姉を奪いかねない危険人物なのである。

 わずかにジュングの目付きが変わったことに気付かず、アルシナは皆のところに戻ろうとジュングの背を押した。


 ニーザ宅の居間では、リンたちがそれぞれに起きた事柄を報告し合っていた。そこに合流したアルシナとジュングに、簡潔な報告が成される。

 議会での出来事を聞き、アルシナが目を見開く。

「議会の地下に、牢があったんですね。しかも、そんなところにジュングを閉じ込めていたなんて……。彼らは一体、私たちに何をさせようというのでしょう?」

「竜人の伝説を信じ、その力を操ろうと考えていると思って間違いないでしょうね。ジュングを捕らえたのは、アルシナさんを始めとした竜人の里の人々の牽制のためと考えるのが自然かと」

 アルシナの疑問にそう返したジェイスだが、さっきからこちらを睨みつける視線に気付いている。目を合わせるとそっぽを向かれてしまうため、対応に内心苦慮していた。

(わたしは、ジュングに何かしたのか……?)

 考えども、答えは出ない。報告会の後、本人に直接訪ねてみようと考えを改めた。

 話は隠れ里の復興へと移り、ニーザが明日の朝に仮里の人々に呼び掛けると決まった。

「じゃあ、皆さんが到着する頃に氷柱を解いておきますね」

「ええ。頼みましたよ、ユキ」

 ユキが残した里を囲む氷柱は、現在進行形で残ったままだ。放火したくらいではびくともしない。まさに鉄壁だ。

 これまでの報告も今後の過程も話し合われ、解散となったのは明け方近くになってからだった。ジェイスは、寝室に入ろうとするジュングを呼び止める。

「ジュング」

「……なんだよ」

 ニーザ宅にて全員の寝室があてがわれ、それぞれの部屋に戻って行く。ちなみに年少組は一括りにされ、克臣とジェイス、アルシナとジュングが同室だ。

 リンと晶穂はと言えば、ニーザが気を利かせようとしたが、恥ずかしがった二人に断られてしまった。そのため、リンはジェイスと克臣と同室、晶穂はニーザの部屋で寝具を借りた。

 隣同士の部屋をあてがわれたジェイスとジュング。二人の間に、妙な緊張感が流れた。

「わたしが、きみの気に触れるようなことをしただろうか? 覚えがないんだ。よければ、教えてはくれないだろうか」

「……ッ」

 率直な問いに、ジュングは思わず声に詰まる。しかし好都合と、深呼吸して真っ直ぐに目を合わせた。

「僕と戦え」

「は?」

 ジュングが何を言っているのかわからず、ジェイスは当惑する。それにもかかわらず、ジュングは続けた。

「僕と戦え。僕はお前に勝って、姉さんを絶対に渡さない!」

「何を……」

 ジェイスがジュングに尋ねるまさにその時だ。

 ―――ドーンッ

 近くで、何かが爆発する音が響き渡った。

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