第334話 敵前を駆け抜けろ

 館内には、リンたち以外誰もいない。こそこそと動いても、監視カメラに映っている可能性もある。それならば、と彼らは素早く行動していた。

「あと、数百メートルか」

 遠くに玄関ホールが見えてきた。もう少しで外だと教えてやると春直とユーギの顔に喜色が走る。

 あと十数メートルだというところで、時折窓の外を見ていた晶穂が声をあげた。

「ねえ、あれ見て!」

「どうし……っ、やっぱりか」

 足を止めて晶穂の指差す方向を見て、リンは形の良い眉をひそめた、

 丁度議会を囲む塀の更に向こう。そこに武器を持って揃いの制服を着た男たちが、塀の中へ向かって整列していた。

「あの警備員たちが言ったことは、本当だったってことか」

「リン、あれって……」

 瞳を揺らす晶穂に、リンは頷く。

「俺たちの敵は、国家ってことだな。ノイリシアでは国側にいたけど、まるっきり立場が逆だ」

「国……。改めて、凄いのを敵に回しちゃったね」

「怖いか?」

 そう尋ねるリンに、晶穂は否定の意味を込めて首を横に振った。彼女の瞳は震えていない。

「ううん。わたしたちは、ジュングをアルシナさんのもとへ返さないといけないから。今は、それだけでいいよ」

「ああ。……必ず、突破するぞ」

 リンは晶穂に笑いかけた後、全員へ向かってそう言い切った。

 玄関ホールに立ち、外に広がる殺気の渦を検知する。リンはこれからの行動を皆に指示した。

「まず、俺が魔力を使って敵の目眩ましをする。向こうが怯んだ隙に、強行突破するんだ。光は敵側に向かって撃つから、こちらが眩しいということはない。ユーギと春直は、ジュングを連れ出すことを最優先に。俺と晶穂、克臣さんは三人が走り抜けるだけの時間を稼ぐ。良いですか?」

「それで行こう。俺に任せろ」

 克臣が謎の自信を持って言うと、晶穂も拳を握り締めた。春直が緊張した顔で笑い、ユーギは張り切って飛び出してしまいそうに気合い十分だ。そしてジュングは、二人の少年の手を離さないようにと改めて握り締めた。

 外へとつながる扉には、鍵がかかっていない。リンたちが中に居ることを知っていて、あえて逃げ道として残してくれたのだろう。

「袋の鼠だとでも思ってんのかな」

 克臣は大剣を肩に担ぎ、にやりと笑った。

 扉に手を掛け、リンがカウントを開始する。その手には、魔力を効率的に放つための杖が握られていた。

「三、ニ、一……行くぞ!」

 ───カッ

 詠唱なしで放出された光の渦は、見る間に辺り一帯を飲み込んだ。

「な、何だ?!」

「眩しいっ」

「何も見えないぞ」

 方々ほうぼうで悲鳴じみた声が聞こえるが、知ったことではない。

 克臣は大剣を頭上から振り下ろした。

「竜閃!」

 眩しさで混乱する人々に、更なる光が浴びせられた。しかも今度は、目映い竜が縦横無尽に飛び回って彼らを翻弄する。

「行け!」

 克臣の号令で、ユーギが駆け出す。それにつられてジュングと春直も走り出した。光の二重攻撃に苦悶する中、ぽっかりと空いた道を通っていく。

 しかし三人の背中を、いち早く目を慣らした兵が狙っていた。

「───クソガキがっ」

 手持ちの拳銃を構え、一番後ろを走る春直を狙う。

「危ないっ」

 彼の狙いに気付いた晶穂は、咄嗟にその背中に体当たりした。男の体がかしぐ。

「うわっ」

 不意を突かれた男は拳銃を取り落とさないようにと、バランスを崩しつつも拳銃を握り締めた。そのためか、弾は狙いとは外れて明後日の方向へと飛んでいく。

「くっ……このアマッ」

「きゃっ」

 男は晶穂の長い髪をひっ掴むと、乱暴に引っ張った。その痛みに悲鳴を上げた晶穂は、そのまま体勢を崩して地面に倒される。

「あぐっ」

「くっ……クク。よく見りゃ整った顔してんじゃねぇか? 遠くの娼館にでもうっ……」

 それ以上、男が言葉を発することはなかった。

「怪我はないか、晶穂!?」

「リン……」

 涙目になっていた晶穂の目の前に、リンが立っている。その顔は逆光となって見辛いが、かなり怒っているように思えた。

 リンはくるりと晶穂に背を向けると、背骨に飛び蹴りを食らって悶絶している兵士を見下ろした。

「……命は助けてやる。ね」

「───ひっ」

 リンの感情の籠らない、否、怒りのみの声色は、年上の男といえどもひきつった悲鳴を上げるより他はないらしい。顔を真っ青にした男は、這いつくばるようにしてその場を去った。

「……ふぅ」

 一つ深呼吸して、リンは晶穂の前に片膝をついた。彼女の顔にかかった上を払い退け、目を合わせる。

 そこに、先程の悪魔のような声色の青年はいない。あかの瞳には、晶穂を気遣う色が浮かぶ。

「怪我は?」

「大丈夫。少し、擦りむいただけだから」

 そう言って、晶穂は肘と膝を指差して苦笑した。

「里に戻ったら、ニーザさんに薬を貰うから」

「……わかった。さっさと終わらせるぞ」

 リンは立ち上がると、晶穂に手を貸した。彼女を立たせ、ぐるりと周りを見渡す。

 ユーギたちが数人の兵に囲まれ、身動きが取れなくなっている。克臣は縦横無尽に駆け回り、楽しげに大剣を振り回していた。彼のもとには、戦意を失った兵の山がある。

 克臣は、適当に気絶者を増やして合流するはずだ。リンは、何よりもジュングを無事に逃がすことを優先した。

「晶穂、無理せずについてきてくれ。絶対に、それ以上の怪我はさせない」

「わたしも、誰にもみんなを傷付けさせないから」

「おう」

 晶穂は速足で行きながら、足元に神子の陣を展開した。彼女の神子としての力の進化は目覚ましく、花を幾つも重ねたような陣を中心に、癒しの力が渦を巻く。

 渦は敵を遠ざけ、味方に癒しを与えていく。更に、防御壁としての力も強く、彼女にただ人は触れることすら難しい。

 克臣、リン、ユーギ、春直、ジュング。それぞれに温かな癒しの膜が出来、敵からのダメージを軽減させる。

 リンは晶穂から離れ跳躍すると、闇色の翼を広げた。剣を構え、ユーギたちの真正面に降り立つ。

「団長!」

 パッと顔を明るくしたユーギに苦笑し、リンはじりじりと距離を詰めてくる敵に向かって突進した。

 まさか上空から援軍が来るとは思わず、兵たちは混乱していた。その間を縫うように、リンの峰打ちが決まっていく。

 本物の峰打ちは人を殺せるほどの威力を持つらしいが、リンのそれは一時的に敵を昏倒させるのみだ。同心円状の敵は全て、倒れ伏した。

「……凄い」

 視界は塞がれているが、音と気配で何が起きているかは想像がつく。思わず素直な感想を口にしたジュングの両手を、それぞれにユーギと春直が取る。

「今のうちに、行くよ!」

「早く、里へ行きましょう」

「ああ。頼む」

 森の中へと駆け出した三人を追い、リンたちもまた敵を牽制しつつ走り去った。

 しかし、牽制など必要なかったはずだ。何故なら議会前に待機していた軍人の全てが、その場に倒れていたのだから。

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