第331話 地下牢の入口

 克臣たちと別れ、リンと晶穂はすぐに警備員に追われる羽目に陥った。一つ目の角を曲がった直後、うっかり鉢合わせてしまったのだ。そこから真反対の方向にひた走っている。

 幸いなのは、今が閉会期間中ということくらいか。

「おいこら、待て!」

「待つかよ」

 リンは晶穂の手を引き、誰ともすれ違わない廊下をひた走る。ジグザグに走り回るが、警備員の数は今や三人に増えていた。彼らが連携しないことを祈りつつ、リンは晶穂をぐっと引っ張った。

「こっちだ」

「きゃっ……」

 二人が隠れたのは、ジュースの自動販売機の影だ。息を潜め、警備員の動きに注視する。

「静かにしててくれ」

 リンの右手が晶穂の口を塞ぎ、左手は彼女の背にある壁につけた。それからリンは、廊下側に目を向ける。更には敵の目から隠れるため、リンと晶穂の体は密着している。その状況自体に、晶穂は内心パニックになっていた。

(不謹慎っていうか、状況にそぐわないのはわかってる。でもっ、これは無理っ!)

 ドクンドクンと早鐘を打つ心臓を抱えた胸を押さえ、顔をそらすことも出来ずに晶穂は固まっていた。

「おい、居たか?」

「いや……。撒かれたらしいな」

 仲間の言葉に、警備員の一人が腹いせに壁に拳をあてた。

「くそっ。あいつらを捕まえて牢に放り込めば、褒美を幾らでも貰えるって話だったのにな」

「八つ当たりするなよ。それに、幾らでもは流石に言い過ぎだ。俺たちにとっては幾らでもに見えても、実はそんなことないんだからさ」

「そうかもしれないけどさぁ」

「それに、もう向こうに行っていた連中が戻ってくるらしいぜ。後は、あいつらの領分だろ」

「だな。俺たちは、いつでも逃げられる用意と心積もりをしておけば良いんだよ」

 そんな会話を交わしながら、警備員たちは去っていく。

 リンはほっと胸を撫で下ろしながらも、彼らの言葉を気にしていた。

「『向こうに行っていた連中』か。向こう……何処かに遠征でもしていたのか? あとは、その正体がわからないな」

 ふむ。独り言を呟きながら、リンは考えに没頭しかける。

「り、リンッ」

 しかし、それを遠慮がちな声と小さく震える細い手が止めた。リンの胸を押すその手は、晶穂のものである。

 自分が晶穂を壁ドンし、更には口を手で塞ぎ、そして抱き締めるように密着していることに気付き、リンは大慌てで体を離した。

「ご、ごめん……」

「だ、大丈夫……たぶん」

 互いに顔を真っ赤にしたリンと晶穂は、数秒かけて心臓を落ち着かせた。深呼吸を繰り返し、同時に「ふぅ」と息を吐いた。

 まだ赤みを帯びたままの顔で、リンは晶穂の手を引く。

「行こう。克臣さんたちを待たせてはいけない」

「うん」

 二人は今度こそ警備員たちに見つからないよう、道を選んで目的地である階段へと到達した。


 カタン、カタン。時折、地下水が床で弾けるピチャンという音も聞こえる。その中を、リンと晶穂は地下へと下りていた。

「……ここが、地下牢」

「広い」

 階段が終わると、そこは湿ったカビ臭さが鼻をつき、コケ等が生える空間だった。明かりもないに等しいため、何処まで続いているのかはわからない。しかし、この廊下はまだ先がありそうだ。

 誰かいないかと見渡すと、壁にもたれた克臣と目があった。克臣が片手を挙げる。

「よう、お二人さん。無事にここまで来たか」

「追いかけられましたが、どうにかですね。……あれ。ユーギと春直は一緒じゃないんですか?」

「あいつら、俺が来た時にはもういなかったよ。おおよそ、冒険心と好奇心が先走って先へと進んだんじゃねぇか? ジュングを探しつつ、あの二人も探せば良いだろ」

 克臣の言葉に、リンは肩をすくめる。

「仕方ないですね。克臣さんから見て、生き物の気配はありますか?」

 リンが言いたいのは、ジュングはいるとして、他にも囚人がいるかどうかということである。この場所が廃された地下牢であると言われていても、裏では使われているという可能性を鑑みたのだ。

 克臣の答えは、否である。

「正直、生物の姿も気配も感じない。ユーギと春直がいるとわかっていても、不安になる程だ。この地下牢、相当に広いぞ」

「なら、尚更早く見付けないとです! 時間が経てば経つほど、見付けるのはきっと難しくなりますよ」

「晶穂の言う通りです。まずは、進みましょう」

 三人は暗闇に目を慣らして、リンの光の魔力で小さな明かりを浮かべた。この明かりに気付いて、ユーギたちが駆けてくることを願って。


 同じ頃、ユーギと春直は地下の通路を真っ直ぐに進んでいた。幾つもの牢屋の跡があり、壊れかけた格子戸が並んでいる。

 春直は少し不気味に思い始めてきて、ユーギの服の裾を掴んだ。振り返ったユーギが、春直の顔を見てにやりと笑う。

「どうしたの、春直? 顔、青いよ」

「ユーギは怖くないの? 誰もいないし、音もない。やっぱり、団長たちが来るのを待ってた方がよかったんじゃない?」

 春直が怖気付いた顔で戻ろうと催促する。

 二人は当初リンたちを待とうとしていたのだが、好奇心と怖いもの見たさに負けて足を踏み出してしまったのだ。最早、降りてきた階段も見えない。

「待ってた方がよかったかもしれないけど……もうここまで来ちゃったし。先にジュングっていう人を探し出して、その人を安心させてあげようよ! ぼくたちが来たからもう大丈夫だって」

「前向きだなぁ……」

 少し呆れを含んだ笑みを浮かべ、春直は突き進むユーギの後について行く。廃された地下牢であるから、ジュングという人以外には誰もいないと踏んでいた。しかし。

 ―――……ダ。

「春直、何か言った?」

「え? 何も言ってないけど……。ユーギじゃなかったの?」

「ぼくじゃないよ。ぼくは春直だと思って……」

「ぼくも、ユーギだと」

「……」

「……」

 聞こえてきた声のような音を、互いの声だと勘違いしていた二人。顔を見合わせたものの引くに引けず、そろそろと足を動かしていく。

 その時だった。

「―――ひっ」

「う、わっ」

 暗闇の中で、何かが光ったのだ。

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