第330話 vs警備員
ゼファルによって休憩場所として指定されたのは、ホール脇のベンチスペースだった。飲み物や土産物の販売店があり、女性が店番をしている。
「ここで十分程休憩を取って、上院を見に参りましょう。その後、最後に閣僚や首相の執務室にもご案内します」
執務室は建物の二階にあるという。閉会中の現在、閣僚や首相は別の場所にある建物で仕事をしているのだ。それらに興味がないわけではなかったが、今はそちらにかまけている時間はない。
ゼファルが誰かと連絡を取るために離れたタイミングで、五人は目で合図を交わした。ユーギと春直はお手洗いに行くのを装い、克臣は何となく惰性で歩いて、リンと晶穂は改めてレリーフを見に行く体で。
少しずつ、示し合わせた丁字路に近付いていく。全員の頭の中には、この建物の地図が入っている。実際に階段の場所も把握しているから、より明白だ。
「お待たせしま……おや、皆さま何処へ」
ゼファルの声が背後で聞こえた。リンたちは少し足を速め、物陰に隠れる。身軽なユーギと春直を先に行かせ、リンと克臣、晶穂の三人はゼファルの動向を注視した。
「あの人を困らせて、申し訳ないね」
警備員に何かを話しているゼファルを見ながら、晶穂が呟く。その言葉に愁いが含まれ、彼女の良心が痛んでいるのだとわかる。だがリンは、ただ「そうだな」と答えることしか出来ない。
晶穂もそれをわかっているから、緩く頭を横の振った。気丈にふるまい、微笑む。
「きっと、こちらにもうすぐ気付くよ。早く行かなくちゃ」
「ああ。……克臣さん、またあとで」
「必ず」
克臣は二人の頭を撫で、踵を返した。春直とユーギが去った方向とはまた別だ。
見れば、警備員が数人集まっている。そろそろ限界か。
「行こう、晶穂」
「はい」
リンと晶穂もまた、二組とは別の道を歩き出した。
真っ直ぐであった道が、緩く曲がる。このまま何事もなく進めば、地下へ通じる階段の前に出るはずだ。
ユーギは周囲を警戒しつつも、未知の興奮を味わっていた。
「春直、この先で合ってる?」
「うんっ、この先に階段があるはずだよ!」
興奮しているのは、春直も同じらしい。上気した頬と真剣な眼差しが真っ直ぐ前を見据えている。
ここまで誰にも会わなかった。誰にも見咎められることなく、リンの言葉を実行出来るかもしれない。
緊張感と興奮、そして使命感が胸を覆う。二人は気が逸り、よく確認せずに階段の前に飛び出した。
走って荒く乱れた息を整える間もなく、二人の服が後ろから掴まれる。
「やはり、か」
「―――! 離せ!」
「離してよ! ……あっ」
春直のキャスケットが取れそうになり、慌てて両手で押さえた。
ユーギと春直はジタバタと暴れるが、その手足が相手に届くことはない。彼ら二人を捕まえたのは、警備員の格好をした男二人組だった。
「やっぱり、あの方がおっしゃった通りだったな」
「ああ。そして、こいつらの他にも仲間がいるんだろ?」
「ここで待ち伏せてれば捕まえられるだろ? 何せ、この下に目的地があるんだからさ」
「そうだな。こっちはただのガキだし……」
警備員が急に大人しくなった子どもを見下ろすと、彼はこちらを睨み付けていた。その迫力に、警備員が怯む。
「な、何だよ……」
「……っ!」
「いてぇっ」
ユーギが服が破れることも厭わずに体を反転させ、警備員の股の間を蹴り上げた。警備員は悶絶し、その場にしゃがみこむ。狼人のユーギの蹴力は段違いだ。
それを見てゾッとしたもう一人の手元が緩むと、それに気付いた春直が反応する。
「たあっ」
「くっ……このガキッ」
春直の拳が、警備員の胸を圧迫する。苦しげに胸を押さえてこちらへ手を伸ばす彼を見捨て、春直はユーギと共に地下へと下りていった。
「……はぁ。大丈夫か?」
二人を見送り、警備員は仲間の背中をさすってやった。まだ痛みが残るらしい同僚は、よろよろと立ち上がった。
「くそっ。油断したか」
「落ち着けって。それに、あそこに入ったなら、もう俺たちの仕事は終わりだ」
「わかってるさ。……この地下は迷宮だ。生きて出てくることはないだろうよ」
二人の警備員はその場を去り、己の仕事に戻っていった。
その数分後、今度は克臣が周囲を警戒しながらやってくる。既に警備員を三人程気絶させた克臣は、その内一人の制服を拝借していた。そのためか、見学者や案内役に気に留められることもない。
ちなみに制服を盗られた警備員には、自分の上着をかけて物陰に隠してきた。それほど寒くはないし、風邪をひくことはないだろう。
誰もいないことを確かめて立ち入り禁止のロープをまたごうした時、制服の胸ポケットに入った無線が震えた。
「何だ? ……はい、こちら」
『やっと出たか。議会内を怪しい五人組が逃走中だ。見付けても決して一人で立ち向かうなとのお達しだぜ』
「……了解」
克臣は無線を切ると、それを再びポケットに仕舞った。どうやら自分たちが入り込むことはわかっていたらしい。
ちっと舌打し、克臣は階段の一段目に足をかけた。
(ここで待っていても、襲ってくださいって言ってるようなもんか)
階段の下で待っていよう。克臣はそう決めて、ポケットに入っていた無線を取り出した。ここに、所謂GPSがついていたら、場所を把握されてしまうかもしれない。
「……」
克臣は無線器を地面に叩きつけて、素早く地下へと消えた。
『……聞こ……るか?』
ザザ、と砂嵐の音をさせつつ無線のスイッチが入る。まだ壊れてはいなかったのだ。話し主は、先程と同じである。
『さっき、遠征していた軍が戻ってくると連絡があったぞ。奴らのことは彼らに任せておけば大丈夫だ。……聞いてるか? おい!』
いくら呼びかけられようと、それに反応すべき人物はいない。しばらく待って諦めたのか、無線のスイッチはプツンと切れた。
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