第327話 見えない影
確かに汽車で出会った猫人の言う通り、町行く人々の姿を見る限り、人間しかいない。時折獣人らしき人とすれ違うが、その誰もが何かを被っていた。それは帽子だったりスカーフだったりするが、頭を隠しているという役割は同じだ。
何度か人とぶつかりそうになりながら、ユーギは後ろを歩くリンたちを振り返った。
「ねえ、中央議会ってどんなところなのかな?」
「お偉方が集まって、会議し続けてるんじゃねぇか? 議会っていうくらいだから。そこで国家の縦横事項が決まるんだろ」
「でも、克臣さん。この国は鎖国して、政府軍まで持ってるんでしょ? もう議会は機能してないって可能性もあるよ」
「……お前、意外と鋭いな」
「意外は余計だよ」
克臣が本気で驚いた顔を見て軽く頬を膨らませたユーギは、リンに意見を求めた。
「どうなの? 団長」
「そうだな……。俺もユーギの意見に
町の中で、たまにだが軍人らしき人物を見かける。一人ならば見回りをしているのかと思うが、複数人で武器を持ち集まっている様子は物々しい。銃や剣を装備し、何かを探しているのだろうか。
あまりこの場所に留まるのは良くないかもしれない。リンは彼ら軍人から目を逸らして、地図を見上げた。
「とりあえず、俺たちは政府軍に目を付けられるわけにはいきません。早く先へ行きましょう」
「うん。早くジュングを助け出さないとね」
両手を握り締めて意気込む晶穂に頷き、リンたちは中央議会を目指してその場を離れた。
まさか、自分たちの様子を何気なく見ている目があるとも思わない。男は頭に被ったフードに手をかけ、何食わぬ顔をして人混みに紛れた。
後には、ただ普段の生活を続ける人々の群れが流れていくだけだ。
トゥルルルル……
電話を取り、男─カリス─は向こうの報告を聞いてわずかに驚いた。眉を上げ、目を丸くする。
「何? それは本当か」
『はいっ。竜人の隠れ里は、氷の柱に囲まれて近付くことが出来ません!』
「氷の柱か……。竜人の神通力には、そんなものを創り出す力はなかったと思うのだが。まあ、いい。火の玉は見えるか?」
どうやら電話の相手は、竜人の隠れ里を襲撃しに向かった軍の将らしい。彼らの目の前には人の背の高さを優に越える氷柱がそびえ立ち、里の中を窺うことは不可能だった。
氷柱があるためか外気は冷たく、指先がかじかむ。また氷柱に向けて爆弾を投げつけたが、びくともしなかったという報告を受け、カリスは内心舌を巻く。
『いえ、前回のような熱量は感じられません』
「そうか。ならば、勝手に死んだと考えるのが妥当だな……使えるかと思ったが、所詮は燃えカス程度ということか」
竜人という伝説上の存在だった者たちが、この国にまだ存在している。これを使わない手はないと仕掛けた企てだったが、確保した一人と逃げ出したもう一人を残して使える駒は数少ない。
カリスは一人頷き、電話の向こうの相手に指示を出す。
「了解した。きみは全軍で牙城へ帰還せよ」
『承知、致しました』
通話を切ろうとした時、カリスはふと相手の声に違和感を持って尋ねた。
「それはそうと、きみは今、凍えているのか?」
『何故、そうだと?』
「いや……。声が震えている気がしてな。氷の柱があるくらいだ。こちらでまだ仕事もあるから、体調など崩すなよ。追って連絡する」
『はっ……』
電話を切り、カリスは目の前に立つ男に視線を移した。彼の顔は部屋の暗がりに隠れ、よく見えない。
「きみが来てくれてよかった。敵の動きを事前に知ることが出来たのだからな、礼を言う」
「いいえ。カリス様のお役に立てるのであれば、光栄ですので」
謙遜した男は、わずかに口端を上げた。
「それに、彼らはあなたの敵ではございますまい。軍一つを差し向ける必要などないのでは?」
男が指摘したのは、カリスがこれから隠れ里を襲撃せずに帰ってくる一団を再び出撃させようとしていることについてだ。相手は十人にも満たない人数だ。それほどの人員は別のところに割くべきだろう。
男の指摘に、カリスはうんうんと頷いてみせた。彼が誰かの意見に、素直に耳を傾けるのは珍しい。
「きみの言うことは最もだ。だが、彼らに関しては、私も少し調べたからこその布陣なのだよ」
カリスは執務用の机の上に、何枚かの写真と資料を広げた。写真は隠し撮りなのか、被写体が正面を向いているものはない。
カリスに許可を取り、男がその内一枚を取り上げる。そこに写っていたのは、春直だった。
「こんな子供に銃を向けなければいけないとは。世知辛いですね」
「子供だと思って油断すべきではないのだよ」
嘆息する相手に、カリスは嗤う。
カリスが手に取った写真に写る人物は、リン。更に晶穂やジェイス、克臣の写真まである。主要な銀の華のメンバーがそれぞれ写っていた。
「我が野望を阻む者は、何人であろうと、末路は同じだ」
写真に一枚一枚、赤インクのペンでバツ印をつけていく。その印が何を示すのか、答えを知っているのはほくそ笑むカリス唯一人だ。
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