第328話 潜入

 中央議会の建物は、程なくして見つかった。

 幾つもの高層建造物の中でも、異彩を放つ独特の建物だ。国民の融和を表現したという角のないデザインは、少し非人工的な機械的な印象を与える。ギリシャの神殿のような幾つもの太い柱で支えられた低層の姿は、神聖ささえも漂う。

 流石に国の重要機関であるためか、門の前には何人かの警備員がおり、周辺も巡回している。簡単には侵入できそうもない。

 リンたちは少し離れた誰も住んでいない建物の屋上に登り、議会の様子を観察していた。手元のパンフレットに目を落とす。

「国民から選ばれた数十人の議員が、あそこで日夜議論を交わしているらしい。一応開会期間というものはあって、今は閉会中か」

「閉会期間は半年。って一年の半分休み?」

 驚く晶穂に、克臣が伸びをしながら応じる。

「その代わり、政府機関が重要事項を担うらしいぞ。……これ、議会要るのか?」

「まあ、他国の事情に首を突っ込むのは得策じゃないですよ。俺たちは、ソディリスラ政府の用人でもないですしね」

「むしろ、政府自体ないよね」

 ユーギの言葉に、一同は頷いた。間違いない。

 戦いになった時、無関係の人々を巻き込む危険性はない。しかし、どうやって中に潜り込むかが課題なのは変わらなかった。

「ここに、見学受付中って書いてありますよ?」

「え? 何処だ」

 リンが身を乗り出すと、春直が「ここです」とパンフレットの最終ページを指差す。確かにそこにはこうあった。

『閉会中、議会内の見学案内をしています。議員の皆さんが普段どんな生活をして仕事をしているのか、見てみませんか?』

「募集は……常時受付中、か」

 見れば、門の傍に受付窓口がある。そこで申し込めば、先着順に議会内を案内してくれるということらしい。

「ここで選べる選択肢は二つだな」

 克臣が指を二本立てる。

「一つ目は、この見学中に隙を見て案内役を撒き、ジュングを探すこと。二つ目は、強行突破すること」

「二つ目のリスクが大きすぎるんですけど」

 苦笑するリンの言葉に、克臣は何食わぬ顔で「そうか?」と首を傾げた。

「気のせいだろ。それに、リスクはどちらも同じだ。捕まったら、その時点で終わり」

「違いないですね」

 リンは改めて、パンフレットに書かれた議会の見取り図を眺めた。

 中央議会は、大昔には収容所として使用されていたという。その頃のことを知る人は最早いないが、地下には牢が幾つも並んでいるとか。

 立ち入り禁止となってはいるが、地下へ続く階段は現存していた。リンは、その階段を示すイラストを指した。

「ジュングがいるとすれば、この先の可能性が一番高いでしょうね」

「簡単には命令に頷かないだろうからな。牢に繋ぎ、精神的に追い詰めていくって寸法か。……全く、人間のやることはエグいな」

 やれやれと肩をすくめた克臣は、腕時計を見て文字盤を指した。

「受付時間終了まで、後二時間ってところだ。ここが、判断の分かれ目になろうな」

「なら、克臣さんがおっしゃった一つ目で行きましょう。案内を頼み、地下へ続く階段の場所を把握したら、案内役を撒きます」

 リンは即決し、全員で示し合わせた。

 まず、内部構造を知るために案内役の後をついていく。更に階段の場所を把握したら、リンの合図で五人が別々の方向へ走り出す。これによって、案内役が慌てればこっちのものだ。

「最も大切なのは、誰一人として捕まってはいけないということです。誰一人欠けず、ジュングを取り戻し、ジェイスさんたちと合流しましょう」

 リンの説明に頷き、克臣は右手の人差し指を立てた。

「とりあえず、リンと晶穂、ユーギと春直、それから俺の三つに分かれよう」

「三組ですか? 全員バラバラではなく?」

 晶穂が首を傾げると、克臣はパンフレットの地図を指差した。

「別にバラバラでも良いんだが、ほら見てみろ。どう見ても、五つに分かれた道はない。ここに丁字路があるから、ここが無難だろ」

「議会の真ん中だね。……うん、ここなら何処を通っても階段にたどり着けるよ!」

「じゃあ、絶対着かなきゃですね」

 春直が、自分の手をぎゅっと握って気合いを入れる。ユーギもうんうんと頷き、気合いの入った笑みをみせた。

「ぼくと春直は獣人だからね。みんなよりも早くたどり着いてみせるよ!」

「なら、競争ってことか。それくらいの気持ちでいる方が楽だな」

「ですね。……絶対、アルシナさんのもとに帰しましょう」

「ああ。約束したからな」

 五人は互いの武運を祈り、行動を開始した。




 無事に官房長官との通話を終えた男は、背後の声に耳を澄ませた。

「よく出来ました」

 将校は首もとに突きつけられていた何かの存在が消えたことを知り、へなへなとその場に座り込んだ。心臓が不自然なほどに鼓動する。これは決して、恋などという生易しいものではない。

 恐怖、ただ一択である。

 どうして見えもしない『何か』にそんなに怯えなければならないのか。将校は歯噛みしたかった。

「お前たち、この国の政府軍を敵に回して無事で済むと思うなよ……?!」

 ようやく絞り出した脅し文句も、青年に一蹴されてしまう。青年は白銀の髪を風に遊ばせ、微笑んだ。

「残念ながら、わたしたちはこの国の住民ではありませんからね。その脅しは効果がない。……ああ、ですが」

 黄色い瞳を持つ青年は、将校の前に立つとスッと背後に広がる隠れ里を指差した。この国の中枢に棲む人物が欲して止まない、未知の力を秘めた人々が隠れ住む里だ。

「この里につながる人々に害を及ぼした時───その程度の怪我では済みませんよ?」

「くっ……」

 青年の傍に立つ少年は二人。一人は水色の瞳を持つ利発そうな子供、そしてもう一人は珍しい犬の耳を持つ獣人だ。

 彼らは、将校の部下たちを全て拘束している。一人目の少年が創り出した氷のおりによって。

 焦げ茶色の髪の女もいたが、こちらを睨み付けるだけで何かをしてくることはない。

 次いで、将校の端末に次の使令が下った。無機質な機械音が伝達したのは、首都での討伐作戦だ。

 その画面をじっと見ていた将校の肩を、白銀の青年が軽く押した。

「仕事なのでしょう? 後ろを振り返らずに去ってくれますかね」

「……言われずとも、お前たちと今後関わりたくもない」

 将校は青年の手を弾き、部下たちを急かして走り去った。完全に彼らが見えなくなるまで、青年たちはその場を動かずにいた。

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