救出作戦
第326話 牙城
時は、ニーザのもとから二手に別れた直後に遡る。
ジェイスたちと別れ、リンは晶穂とユーギ、克臣、春直と共に
リンたちは森を抜け、小さな町に足を踏み入れた。そこで首都に関する情報収集と行き方を調べるのが目的だ。
「牙城へは、この町から汽車で行けるらしいぞ」
昼食を買い出していた克臣からの情報を頼りにして、今一行は汽車の中にいる。四つの肉巻きおにぎりをユーギと春直が仲良く分け合い、年長組の話を静かに聞いていた。
リンがニーザに貰った地図を広げ、晶穂と克臣が覗き込む。アルシナたちの仮の隠れ里は、当然のことながら地図上にはない。
汽車の出発点となった町・
「……ここが、牙城。ジュングを助けに行くにしろ、まずはここで更に情報を集めましょう。俺たちは、何も知らな過ぎる」
「政府やら軍やら、何となく日本と名称が似てるよな。だから、目指す場所も国会かもしれないぜ?」
具だくさんのおにぎりをほおばりながら、克臣が笑う。所謂、山賊握りのようなものだ。口の右側に米粒が付いている。
「でも、政府が軍を出して一般人を襲うなんて」
眉をひそめる晶穂の手には、米粉のコッペパンサンドがある。このもちもちとした食感に、最近ハマっているのだ。
「この国じゃ、大きなニュースにもならないんだろ。鎖国体制っていうのもあるのかもしれないけど、全てが中央の言う通りって印象だな。ほら、新聞にもそんな記事はない」
売店で買い求めた新聞を振り、リンは言う。食べかけの塩むすびを脇に置き、改めて地図を見た。
「さっき車内アナウンスがありましたけど、牙城まではあと三十分くらいです。何をするにも体力は必要ですから休んで……」
「あんたら、牙城に行くのかい?」
突然話しかけられ、リンたちは顔を上げる。こちらを通路から覗き込んでいたのは、太めの体格をした男性だった。パーカーを着ていて、フードを頭に被っている。とある駅に停車した直後だったため、この駅から乗って来た客なのだろう。
リンが「そうです」と返答すると、一行をしげしげと見て、ユーギと春直を指差す。
ちなみにリンたちは、六人掛けという広いボックス席に座っている。この汽車は車体が横に広く縦にも長いため、こんな座席が幾つもあるのだ。
「そこの二人、獣人だろう? 牙城に行くなら、帽子か何かで耳を隠しておいた方が面倒がないぞ」
「牙城には、獣人がいないんですか?」
晶穂の問いに、男性は軽く頷く。
「嬢ちゃん、そうなんだ。いないわけじゃないんだが、肩身が狭い。国中に魔種も獣人も人間もいるが、何故か首都にはほとんど人間しか住んでないんだよ。だから、お前さんも気を付けろよ。魔種は見た目じゃ区別がつかないから、獣人よりは安全だがな」
「あ、はい。ありがとうございます」
最後にリンを指差した男性は、そのまま通路を歩いて行った。彼を何となく見送っていたリンは、小さく「あっ」と声を上げる。
「どうかしたのか、リン」
「いえ。さっきの人、猫のしっぽがありました」
茶色のふわふわとしたしっぽが、ズボンから覗いていた。彼は猫人なのだろう。
晶穂が目を瞬かせ、次いで微笑む。
「もしかしたら、自分と重ねて気遣ってくれたのかもしれないね」
「そうだな」
牙城に着いたら、まずは帽子を調達しなければ。とりあえず、ユーギと春直は駅に下りた直後から耳としっぽを隠しておくことになった。唯文が日本の学校に通っていた際に使っていた術だ。
しかし二人はまだ術を使いこなすことは出来ないため、もって数十分しか隠せない。そのタイムリミットまでに帽子を購入するのだ。
「売店に売ってれば良いのにな」
「そんな都合よくいかないよ、ユーギ」
春直にたしなめられ、ユーギはだよねと笑った。
そうこうしているうちに、牙城に到着するというアナウンスが車内に流れた。
帽子を売っている店は、案外駅のすぐ傍にあった。というよりも、駅ビルの中に入っていた。
ユーギには青いキャップを、春直は薄茶のキャスケットだ。
二人にそれぞれ帽子を手渡し、リンはほっと息をつく。
「これで、人間の子どもにしか見えないだろ」
しっぽをズボンの中に隠し、二人は帽子を被った状態でターンしてみせた。
「ねね、似合ってる?」
「帽子、初めて被りました」
「うん。よく似合ってるよ、二人共」
晶穂が二人の頭を撫で、可愛い可愛いと笑みをこぼす。ユーギと春直も嬉しそうに顔を綻ばせた。
駅ビルを出て、街の中へと踏み出す。そこは日本の首都東京には及ばないものの、都会といって差し支えない建物群が並び立っていた。
「うわぁ~」
「大きい……」
ソディリスラのアラストなどしか知らないユーギと春直は、目を見張ってキョロキョロと周りを見回す。リンたち三人も久し振りに日本でいう現代的なビル群を目にし、圧倒される。
日本と違うのは、向こうではあり得ない色の髪や目を持つ人々が普通に闊歩していることくらいだろうか。それから、自動車は走っていない。
「とりあえず、あそこにある案内図を見に行きましょう」
リンが指差した先には、大きな掲示物がある。それは、首都内の主要地点が写真付きで記された地図だった。観光案内図のようなものだ。地図の中から政府中央機関を探す。
「あ、ここです!」
背伸びをして頭を上げたことで落ちそうになった帽子を手で押さえ、春直が指差す。そこには日本の霞が関のように、省庁の名が羅列されていた。
「俺たちが目指すのは……ここだな、たぶん」
克臣が指したのは、省庁の中心部にある大きな建物だ。その名称は『中央議会』といった。記載によれば、リンたちが降り立った駅から徒歩でも一時間くらいの距離である。
リンは地図の道筋を指でたどり、ぐっと拳を握り締める。
「ここに、ジュングがいるのか」
「早く救い出さないとね。ジェイスさんたちが、きっと隠れ里でヴェルドさんを助けているはずだから」
晶穂の声も、わずかに硬さを帯びている。緊張しているのかもしれない。
だからリンは、晶穂の頭を軽く撫でてやった。ボッと顔を赤らめる晶穂に苦笑し、表情を改める。
「だな。―――行きましょう」
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